メイド長

「……ふふっ」

「どうしました?」


 これからのことや、簡単にここ住むにあたっての説明をセレスさんから聞いている時のことだ。

 途中でたまらずといった具合に笑みを零したセレスさんは、首を傾げた俺にこう答えた。


「いくら相手が男性とはいえ、誰かと話をする行為に変わりはないはずなのに……それがこんなに楽しいだなんて思わなかったんです」


 そんな嬉しいことを言ってくれた。

 その言葉に気分を良くした俺は、男というアドバンテージを利用するようにセレスさんの隣に座った……まあ、完全に調子に乗っていた。


「俺も凄く楽しいです。セレスさんのことや、それ以外のことも沢山知れていけたらと思いますよ」

「っ……」


 かあっと顔を真っ赤にしたセレスさんが俯く……可愛すぎる。

 前世の俺はここまで女性に対してイケイケではなかったが、この世界だからこそやれる……っ!

 ちなみに国の女王であるセレスさんに対し、さんづけとかこんな軽い話し方で良いのかと聞いたところ、全く構わないと言われたので一応はこのやり取りを続けるつもりだ。


「……あなたは本当に不思議な男性ですね。こうしてカズキさんと喋っていると、自分が違う世界に居るのではと錯覚します」

「その……セレスさんは今まで、男性と喋ったことはあるんですよね?」

「仕事で少々ありますね……ただその時は、顔や肌を全て隠した状態でしたので息苦しくはありました」

「そりゃ……そうでしょうね」


 そんな大きなモノを詰め込んだ状態は苦しいだろうなぁ。


「それに、偶然に顔を見られて目が合ったら怒号の嵐ですからね」

「なんで見てんだよとかですか?」

「そんなところです」


 現代の目が合ったらイチャモン付けるヤバイ奴じゃん……。

 聞けば聞くほどこの世界の女性は苦労してんだなぁ……けど、それでも女性たちだけでもコミュニティは形成されてこの国のようにしっかりとした文明が発達している。


「俺は酷いことを絶対に言いません……そいつらは馬鹿ですよ。だって俺の目の前に居る女性は、こんなに優しく綺麗で……凄く魅力的な人なんですから」

「カズキさん……っ!」


 よしっ……こんな風にバッチリ好感度を稼いでいくぞ!

 ただそんな風に考えていた俺だが、一瞬セレスさんの瞳に昏い何かを見た気がした……それと同時に、彼女の手がプルプルと震えながら持ち上がろうとしては下がったりを繰り返している。


「セレスさん? どうしました?」

「い、いえ……あのカズキさん。一つしたいことがあるのですが……」

「はい、何でしょうか?」

「だ、だだだだ……抱きしめてみて良いでしょうか?」


 俺はその提案を聞き、頭の中に浮かんだ言葉はこれだ――貞操逆転世界で男性と触れ合えなかったからこその提案キタアアアアアアアアって。


「もちろんです……どどどどうぞ」


 っておい! 俺までどもってどうするんだよ!

 でもこんな美人に抱きしめてもらえるんだぞ? そりゃこんな風に慌てもするっての……ふぅ、落ち着け俺。


「で、では失礼しますね!」

「は、はい!」


 気合を入れるように、セレスさんが大きく深呼吸をする。

 その動きに合わせて大きな胸が持ち上がってぶるんと落ちる……なんて眼福なんだと感動し瞼を閉じた瞬間だった――ふわりと良い香りがしたかと思えば、ぎこちないながらも優しい腕の力で包まれた。


(こ、これは……っ!?)


 背中に回された腕はともかく、それ以上に胸元で潰れる凄まじいまでの膨らみの感触が凄い……これだけであの街を抜け出して良かったと豪語しても良いくらいだ。


「これが……男性の……いえ、カズキさんの感触」

「その……どうですか?」

「不思議ですね……ですが凄く気分が高揚します……あぁ、匂いはどうなんでしょうか」

「匂い?」

「い、いえ……何でもありません!」


 サッとセレスさんは離れた。

 俺としてはもっとあの感触を感じたかったところだけど、あまりがっついて嫌われるのも嫌だしな。


(でも……改めて見ても凄いよなセレスさん)


 物凄いスタイルなのは言わずもがな、そんな体を包むのが露出の激しい布同然の服なんだから……うん! やっぱりあの街から抜け出して心から良かった!

 その後、顔は変わらず赤かったがセレスさんは話を続けた。


「いくら私が居るとはいえ、いきなり男性が居るとなれば大きな騒ぎになります。なのでしばらくはカズキさんの存在は隠します」

「了解です」

「ですが、私がもっとも信頼する者には教えようと思います。先ほど会ったニアというメイド長です」

「あぁ……セレスさんと同じくらい胸の大きかった……あ」


 あ、ヤバイ失言が……。

 しかしセレスさんは少し目を丸くした後、嬉しそうにしながら立ち上がった。


「男性からはだらしがないだけの大きい物体としか言われないのに、やっぱりカズキさんはそんなこと言わないんですね」

「お、大きな胸は魅力的だと思いますから!」

「……私、初めてこの大きな胸に感謝をしました♪」


 少し待っていてくださいと言って、セレスさんは部屋を出た。


「……なんか、夢みたいだな」


 もちろん嘘でも演技でもない本心の言葉に、普通だったら目にすることさえ難しい美女があんなに嬉しがってくれるなんて……どれだけ男に優しい世界なんだここは。


「……………」


 けど……如何に女性よりも男性の方が大事にされるとはいえ、女性を見下して暴言なんかを平気で口にする感覚だけは理解出来ない。

 これはおそらく元の世界の感覚を持っているからかな……もしも記憶が戻らず、俺も周りに同調して女性を下に見るような未来もあったと思うと恐ろしいが、それ以上に男と掘り合ってる未来があったかもしれないのがが何億倍も怖いな……マジで思い出して良かったわ。

 それからしばらく待った後、セレスさんが戻ってきたのだが……もちろんニアさんというメイド長も一緒で、そこで事件が起きた。


「え……? 男性……?」

「ふふっ、驚きますよね。ですが彼は、女性に対して酷いことは口にしないお方ですよ。名前は――」

「……はぅ」

「え?」


 バタッと、ニアさんがその場に倒れた。

 彼女の着ているメイド服は肩から胸にかけて露出しており、スカートも短い……そのため倒れた衝撃で色々と見えそうになったが、それ以上に俺もセレスさんも突然のことに唖然とする他ない。


「取り敢えず……起こしますね」

「あ、よろしくお願いします……」


 セレスさんがニアさんを起こし、ようやく俺たちは向かい合った。

 この人がセレスさんに続き、しっかりと目を合わせた二人目の女性になる……セレスさんの金髪と違い黒髪で、何度も言っているが凄まじくスタイルが良い。


(……セレスさんの目は青くて、ニアさんの目は赤い……ルビーとサファイアみたいだ)


「ニア、事情が呑み込めていないまでも理解は出来るでしょう? 今、あなたが見ているのは普通ではあり得ないことです」

「もちろんでございます。先ほどは見苦しい所をお見せしました」


 ……ここは、俺から自己紹介をしてしまうか。

 俺が彼女の知る男ではないと知らしめる意味でも悪くないはずだ。


「初めまして、カズキと言います。セレスさんとの奇跡的な出会いを経てこの国にやってきました――俺は決して女性に酷いことを言ったりはしませんし、むしろ大好きです! よろしくお願いします!」


 ちょっと……正直すぎたか?

 そうは思ったが満面の笑みを浮かべたセレスさんが口を開いた。


「彼は、本当の意味で敬うべき尊き男性となるでしょう。彼が今言ったように、カズキさんは私たち女性のことを悪く言ったりはしませんし、逆に受け入れてくれる方です。ニア、あなたも自己紹介をなさい――カズキさんの身の回りの世話をすることになるのですから」

「私が……え? 私がですか?」

「えぇ」

「……………」


 そして、バタッとニアさんはまた倒れた。


「……何でですか」


 そう呟いたのはセレスさんで、俺もそう言いたかった。

 取り敢えず……大丈夫かな?




【あとがき】


面白いと思っていただけたり、続きを期待していただけたら評価等していただければと思います!!

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