第14話
ベッドに横になっても、藍子は眠ることができなかった。
洋介は何を考えているんだろう。何をしているんだろう……。
「まさか……ね」
頭に浮かんだ不安を振り払う。
その時、また足の違和感がした。
「またか」
そう思ったが、いつもと違う気がする。なんだろう、この違和感……。足首から下が動かない。
藍子は、寝たまま、足首を見下ろした。
「!!」
青白い手が、藍子の足首を強く掴んでいた。
必死で逃げようとする藍子の足元で、その手の主がぬうっと姿を現す。
女だ。
足首から、藍子の体を這い上がってくる。
「やめてやめてやめて!! 来ないで!!」
藍子は叫ぶが、声にならない。
体も全く動かなくなっていた。
女は、藍子の首を絞めた。
冷たい、氷のように冷たい手。
「殺される!!」
そう思った瞬間、身体がふっと軽くなる。慌てて、寝室の外へと逃げた。
その後を、女は追いかけてくる。白い、半分透き通った女が。
「嫌ぁあああ!!」
叫びながら、追い詰められた先は、洋介の書斎だった。
バンッバンッバンッ!!
扉や引き出しが全部開けられる。
上から、書類ケースが落ちてきた。
女は、それを指さして、一言いった。
「オマエモコロサレル」
そして、ふっと消えてしまった。
「ハァハァハァハァ……」
恐怖で暫く動けないでいたが、恐る恐る立ち上がって、書斎の電気をつけた。扉や引き出しは閉まっている。
まさか、寝ぼけたとかじゃないよね。
と、足元を見て、ギョッとした。さっき落ちてきた書類ケースがある。
恐る恐る中を見て、藍子は驚愕した。
保険証券が入っていた。
一社分ではない。何社にもわたって。
全て、被保険者は、藍子になっていた。死亡保険金は、合わせて1億を超えていた。
「殺される……本当に、殺される……」
今や、痺れや締めつけ感は全身のものとなった。動かしづらい。体の内側まで痺れているようだ。
逃げよう。とにかく、逃げなくては。
藍子は最低限の荷物を持って、家を出ようとした。
ガチャガチャガチャ
鍵の開けられる音。
洋介が帰ってきた。
顔色が悪く、憔悴している感じだが、目だけが異常にギラギラしている。
「どこに行くつもりだ?」
「あっ……あの……」
「お前も裏切るのか……」
「い、今までどこに……」
「うるさい! そこに座ってろ!」
藍子はダイニングの椅子に座らされた。
洋介は、コップに水を汲んでくると、あの薬の瓶を1本出してきた。
水の中に薬を全部放り込む。
信じられないことに、その薬は簡単に水に溶けてしまった。
「覚悟しろ」
怖い。嫌だ。やめて。
藍子は目をぎゅっと
次の瞬間。
コトンとコップを置く音がした。
「えっ?」
藍子が恐る恐る目を開けると、コップの水を飲み干した洋介が、膝から崩れ落ちていく。
「洋介!!」
藍子が駆け寄ろうとすると、
「く……来るな」
と洋介は言い、
「か、加藤を……呼べ」
と、スマホを渡してきた
「ロ、ロックは……し、知ってるな?」
藍子はパターンロックを解除し、加藤に電話をする。
「加藤さん、大野です! あの、夫が、夫が!!」
何もまともに伝えられない。その間にも、洋介は、苦しそうに唸る。
「わかりました。すぐ行きます」
加藤は、冷静にそう言って、電話を切った。
「加藤さんは、すぐ来るって。なんで?! なんで洋介が飲むの?!」
自分に触ろうとする藍子に、
「お、俺に、ふ、触れるな! す……すわって……ろ……」
洋介は言う。
グワッ、ゲッ、ゴホッゴホッ……
ウォ……オオオオオ……
藍子は、洋介が苦しむ姿を、何もできないまま、ずっと見ていた。
ピンポーン
加藤が来た。
苦しみ悶えている洋介を見下ろす。
「何錠飲んだ?」
「ひ、ひとびん……オェッ」
「足りるわけないだろ」
「あ……あいつにも……た、たりなかった」
「なら、余計だろ。死ななかっただろ? どうやって始末したんだ?」
「く……び、しめ……た」
「殺したのか……。」
加藤はそこで、何か考えているようだった。
藍子を振り返る。
「奥さん、洋介の保険金は入りませんが、構いませんか?」
「えっ?」
「僕がなんとかします。あなたは、このまま、暫く実家にでも避難してください。連絡があるまで、帰ってこないように」
「で、でも、洋介が!!」
「恐らく、警察から連絡が入ると思います。それまで、夫婦喧嘩で家を出ていたことにしましょう」
淡々と話す加藤に、藍子は恐怖を感じる。
「あの、洋介は?!」
「諦めてください。 さあ、早く!」
諦める?!
どういうこと?!
頭の中で叫びながら、藍子は家を飛び出した。
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