第13話

 洋介と加藤の間の会話は、はっきりとは理解できかねたが、何かの動物実験の話のようだった。

 「腐っていた」と言っていた猫は、あの時の猫に違いない。足を引きずっていたのは、そのせいだったのか……。

 大きな犬とも言っていた。まさか、あの幻覚と思われた犬……?

 きっと、あの「毒」でやられたのだ、皆。



「本当は人間でやるのが一番早いんだがなあ」

 加藤が言う。

 恐怖が藍子の全身を貫く。

「そんなことできるわけないだろ」

 と、洋介が半分笑って答える。

「お前、奥さんに使いたいって言ってたじゃないか」

 怖い。本気だったんだ、洋介。

「証拠が残らないように、病気に見せかけて、だぞ。」

「だから、正確な数値が必要なんだろ。数グラム間違えば、毒殺されたってバレるからな。まあ、なんの毒かは、わからないだろうけどな。」

「何かわからないんだったらバレないんじゃないのか?」

「さあな。まあ、お前はずっと尋問されるだろうがな。ついでに、殺人だから、保険金だって出ないだろう」


 なんて恐ろしい会話を、平然と交わしているのだ、この二人は。


「少なくとも、奥さんの細かいデータは必要だからな」

「わかってるよ」


 その後は、他愛ない話ばかりで、何も得られそうなことはなかった。



 どう……しよう。どうしたらいい? 逃げるか? いや……でも。

 

 藍子は、毒を飲まされた動物たちのことと、自分の体の違和感が繋がっているような気がしていたのだ。

 カラスの時は、口の中。猫の時は足。犬の時は喉から胸。それぞれに、動物たちの苦痛と、自分の体の痺れや締めつけ感の箇所が同じなのでは……と。


 そんな非科学的なことってあるのだろうか? でも、実際、自分の体には間違いなく「違和感」があるのだ。猫のことも犬のことも知らなかったのに。

 でも、これらが、毒を飲まされた動物たちの「恨み」であれば、何故自分なのだろう? と藍子は考える。



 洋介が自分を殺害することは、困難だろうと、藍子は思っていた。あの薬一つでカラス一羽を殺せないくらいなのだ。一瓶飲んでも死にはしないだろう。

 第一、どうやって、その量を飲ませるのだ? 私の体のデータは、どうやって入手するのだ?


 ハッと気付いた。今年の健康診断の結果が、リビングの棚の上のファイルの中に……。慌てて見に行く。

 大丈夫。夫は、まだここにあることに気付いていない。ビリビリと細かく破いて、台所の隅のゴミ箱に入れ、広告などでゴミを作って、上から入れた。

 これで、洋介は、私の口から聞かない限り、身長、体重すらわからないだろう。



 こうして、洋介の様子を毎日ボイスレコーダーを通して聞いていたある日、異変が起こった。



「待って! 違うって! 弟なんだって」

「俺に隠れてコソコソ電話しなくてもいいだろ?!」

「洋介には関係ないことだってあるじゃん!」

「俺と結婚したいんだろ?! 全部話せよ!」


 洋介と花凛の喧嘩だ。


「弟って、お前の父親の連れ子だろ。血の繋がりなんてないじゃないか」

「仲が良いだけだよ。姉弟だもん、当たり前じゃん」

「お前、ホントは、俺の金目当てなんじゃないの?」

 バンッ!!

「もういい! 洋介なんか知らない!」

「クソッ!」


 花凛が二股? しかも血の繋がらない弟と? 

 確かに洋介は10歳近く年が離れているし、自分が遊ばれているのではないかという不安はあるのかもしれないな。藍子は思う。自分は藍子のことを平気で裏切っているくせに、自分が裏切られるのは許せないのだ。

「まるで、子供だな……」


 

 確かに、昨日、帰ってきた洋介は、何かをずっと考えているようだった。イライラしているのが藍子にもわかったので、何も話しかけなかったのだが、こんなことがあったのか。

 そう言えば、あの後、書斎にこもって何かしていた。中から鍵がかけられた音がした。いつもは鍵などかけたことがないので、藍子は不安を感じざるを得なかったのだが。


 嫌な予感がした。


 書斎に入り、本棚の横の扉を開ける。

「!!」

 薬の瓶がなくなっていた。

「まさか……」


 時計を見上げる。

 いつもなら、もう帰ってきてもいい頃だ。何も連絡がないのだ、残業も、残業と偽った浮気もしていないのだろう。

「洋介? ……何を考えてるの?」


 洋介は、夜中になっても、帰ってこなかった。

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