第11話

 休日中、それ以上動きがなかったことを、山本から電話で報告され、藍子は家に帰った。


「もっとゆっくりしてきてもよかったのに」

 洋介が言う。

「あっちはあっちで忙しいから、あまり邪魔もしたくなかったし。はい、お土産」

「ああ、そんなの気つかわなくていいのに」

「まあ旅行みたいなもんだったから」


 土産が買える店など、ちょっと東京まで足を伸ばせばあるのだ。全国の土産が手に入るところが。それも、今回、山本から聞いて知った。

 浮気のアリバイ作りに、よく使われていると聞いて、皮肉なものだと思ったが。



 結局、加藤には電話をしなかった。

 カラスを退治した時に、サンプルを欲しがっていたのを思い出したのだが、それが必ずしも洋介が言うところの「サンプル」とは限らない。洋介も、加藤と同じ学部だったのだ。そんな言葉、普通に使っているものなのかもしれない。

 それに、加藤に聞いて、自分がそれを知っていることがバレた時に、自分に危険が及ばないとも限らなかった。


 彼は、敵なんだろうか? それとも味方なんだろうか……?


 

 2日後のことだった。

 探偵社の山本から藍子に電話があった。

 事務所まで来てほしいとのことだった。


「浮気調査の延長になるのかどうかは、わからないのですが……、こんなものが録れまして……」

 山本は録音したものを藍子に聞かせた。



「無理だな。まだ確実な数値が出ない」

 加藤の声だ。

「犬は上手く行っただろ?」

 犬……?

「犬だけだろ」

「猫だって……」

「あれは車に轢かれたんだろう? それに持ってきた時はもう腐りかけていた……」

 そこで加藤の声が一旦止まった。

「ふん。お前、素適なお土産を持ってきてくれたな」

「お土産?」

 ガサガサガサガサと音がする。

「盗聴器。何でお前のカバンの中にあるの?」

 次の瞬間、「バンッ!」と音がして、何も聞こえなくなった。


「気付かれて、壊されたようです」

「……そうですか」

「これは、浮気調査については関係はありそうですか? まだ調査を続けますか?」

「浮気については関係ないことみたいですが……」

 藍子は戸惑う。

「私も……関係ないことのように思います」

 山本も頷いた。



 洋介の浮気調査は、一旦終了ということになった。

 藍子は、これを洋介につきつけ、慰謝料を請求し、離婚することが可能になった。


 でも、それで終わりにしていいんだろうか? この体に残る違和感が、そう声を上げるのだ。


「もう少し……もう少し何か……」

 と思ったとき、さっきの二人の短い会話を思い出した。

「犬の時にはうまくいった? 猫は腐っていた……」

 犬のことはわからない……でも、猫はあの罠にかかった猫のことだったのでは……?



 その日、洋介は、帰宅するなり、リビングのテーブルの上にバサバサバサッと音を立てて、鞄の中身をひっくり返した。


「何? どうしたの、急に?」

 藍子が走り寄ると、洋介は、藍子の腕をつかむ。

「お前か? お前なのか?」

「何が? 何が私なの?」

 怯える藍子の様子に、洋介は彼女の腕から手を離す。

「いや……なんでもない」

「な、なんで鞄の中身を?」

 藍子は恐る恐る尋ねる。勿論、洋介の不安は知っている。いつ、誰に、何のために、盗聴器を入れられたのかということだ。藍子は、何も知らない、鈍くて馬鹿な妻を演じ続ける。


「さ、探し物が見つからないだけだよ」

 洋介は立ったまま、テーブルの上でグチャグチャになった書類や筆記用具、ティッシュやレシートの束を見下ろして言う。

「少し要らないものを捨ててみたら?」

 そう言うと、藍子はレジ袋を持ってきて、

「要らないもの、こっちに入れてって、はい」

 洋介は渋々片付け始めた。藍子も、レシートなど、ゴミとわかるものは手伝って捨てていく。一方で、

「あ、もう〜、こんなにいっぱい家のペン持ってって〜。洋介のペン以外、返してね」

 そう言って、鞄から出てきた数本のペンを回収して、電話の隣においてあるペン立てに戻す。

 ペン型のボイスレコーダーをそこから抜き取り、素早く自分のポケットに入れた。


 捨てるものを全部捨てても、鞄から何も出てこなかったことに、洋介は半ばホッとしたようだった。

「誰が……何のために……」

 呟いて、自分の顔を見ている藍子に気付き、洋介は、ハッとする。

「い、いや、なんか、会社に忘れてきたのかもしれない。明日見てみるよ。飯にしてくれ」

「わかった」


 洋介は、今、何のための盗聴器なのかわかったのかもしれない。そこはもう手遅れなんだけどね。藍子は虚しく思った。



 それにしても、洋介と加藤の会話はなんだったんだろう。藍子は、洋介がいないところで、ポケットからペン型のボイスレコーダーを取り出してみる。


「ここに全部入ってるのかな……?」

 藍子は、明日、洋介が会社に行った後、聞くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る