第7話

 考えないようにしようとすればするほど、余計あれこれと考えてしまう。


 早めにベッドに入ったものの、眠れなくて、結局、不眠時の頓服薬を飲みに台所へ行った。が、洋介が管理しているので、場所がわからず、とりあえず彼の書斎に入る。

 また随分と散らかしている。この中から探せるだろうか。洋介はいびきをかいて寝ているし……。

 

「あ……」


 これは、もしかして、チャンスなのでは、と藍子は思う。


 夫の持っている薬を探して、捨ててしまおう。


 なるべく音をたてないように、素早くいろんなところを探す。それだけは、何処かに、ちゃんと片付けているはずだ。そのへんに雑に置いておくようなことはしない。片付けのできない人は、上から見ただけの範囲でしか物を探さない傾向がある。物を避けてまで探さないのだ。洋介が、まさに、それだった。

 使いたい時にすぐ使えるように、自分が把握できていて、常にそれを置いておく場所……洋介は、多分……

「ここだ」

 カチャッと磁石が軽く離れる音がして、本棚脇の扉が開いた。

「これ……なに……?」

 小さな白い錠剤が、小さな瓶に入って並んでいた。6本? 7本? ……これで一体、洋介は何をしようとしてるんだろう……。


「何やってんの?」


 洋介が書斎のドアを開ける音がした。

 

 慌てて、本棚脇の扉を閉め、全く関係のないところを探すふりをした。

「ねえ、不眠時の頓服薬ってどこ?」

「あ〜、頓服薬探してたの? 何? 眠れないのか?」

「うん。どこに置いた? 洋介、寝てたから、起こすのも悪いなあって思って探してたんだけど」

「あ〜、待って。出すよ。はい」

「あ、ありがとう」

 洋介は、本棚を挟んで反対側の扉の中から、頓服薬を出してきた。


 色も形も、さっき自分が見た薬とは全然違う。あれを飲まされた覚えはない。

 まあ、何かに混ぜられていればわからないけれど……。


 洋介が、

 私を、

 殺す?


 何のために?


 何の目的があってだろう? やっぱり保険金目当てなの? 私を殺しても、相当上手くやらない限り死因がバレてしまうんじゃないの? バレたら洋介が終わりだよ? そんなリスクを負ってまで、お金を手に入れなければいけない理由って何?


 頓服薬を飲んでも、結局一睡もできなかった。



 今、ここにいるのは、危険なのかもしれない……。


 洋介のことは信じたい。けれど、もし、嫌な予感が当たっていれば、あの薬でじわじわと、いや、突然かもしれないが、殺されてしまうかもしれない……。



 プルル プルル プルル プルル……

 突然、家の電話が鳴って、驚いた。こんな朝っぱらから誰だろう……


「……はい、もしもし」

「藍子、ごめん、スマホ忘れた! リビングのテーブルかソファの上、いや……台所のテーブルの上かも、なかったら書斎のデスクの上も見て。で、申し訳ないけど、会社まで持ってきてくれるか? 俺、今から会議なんだよ」

「あ、うん。わかった。でも、着くの10時過ぎくらいになるかもよ?」

「1日中ないよりマシだよ。頼んだ」

「うん。わかった」


 ガチャンと電話は切れた。


 意外にも、洋介のスマホは、すぐに見つかった。台所のテーブルの上に。

 それを自分のバッグに入れ、出かける用意をしていて気付いた。


「ここに、……あるんじゃない?」



 藍子は洋介のスマホをバッグから取り出すと、ゴクリと唾を飲み込んだ。夫とはいえ、他人のスマホなど盗み見るのは初めてのことだ。バレたりしないだろうか……。


 深呼吸を一つ。藍子は、スマホの画面をタップする。当たり前のようにパターンロックの画面に切り替わった。

 スッ、スッ。パターンロックなんて無警戒にもほどがある。自分の目の前で何回も解除されていれば、私くらい馬鹿でも覚えるのよ? 藍子は溜め息をつきながら思った。



 あの薬が加藤かとう大毅だいきに繋がっているのは明白だった。あんなに大量に渡していたとは思いもよらなかったけれど。

 加藤の連絡先を調べて、自分のスマホにメモをする。

 加藤とのメッセージのやり取りがあるのではないかと気付き、メッセージアプリを開いた。

 だが、そこに加藤の名はなかった。

 証拠を残さないようにだ……。藍子は、加藤の入れ知恵だろうと思った。



 ふと、藍子の名前の下に、「花凛」という名と、いかにも女の子らしいアイコンがあるのに気付いた。「かりん」と読むのだろうか。

 未読のメッセージがないことを画面で確認して開く。


 「え……これって……」



 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る