第4話

「カラスって、どういうことですか?」

「いやぁ……ええとね、絶対秘密にしてくださいね。洋介が奥さんに話してないなら、知らないふりでお願いしますね」

 加藤はそう言った。どう説明しようかと考えているようだった。

「薬を作ったときの、偶然の副産物だったんですよ。本当なら報告して処分しなければいけないものです。」

「はあ」

 藍子には全く意味がわからない。

「一言で言うなら、『毒』です」

「毒?」

 藍子はビクッとする。

「カラスくらいなら駆除できるような、大した強さはない毒です。まあ、量にもよりますが」

「それを……洋介……夫に渡した?」

「ええ。カラスがゴミ捨て場にたかって、困っているというので、ある意味、実験的に」

 加藤は、淡々と答える。

「カラスは頭が良いので、小さな生魚に、ちょっと細工をするように、やり方を教えました」

「それで……そのカラスは?」

「そのゴミ捨て場には寄ってこなくなったんだったら、上手くいったんでしょうね。何羽が罠に引っかかったのかは知りません。本当はサンプルとして罠にかかった個体が欲しかったのですが、洋介が……旦那さんが探しても見つからなかったようで、残念です」

 ゾッとした。夫とこの人は、平気な顔で、カラスを殺したのだろうか。

「そ、それは……『動物虐待』には当たらないんですか?」

「さあ? 僕達はラットやウサギなんかでも実験しますし。相手が迷惑極まりないカラスだし、法律的にはどうなんだろう?」

 別段、悪いことをしたとも思っていない彼に、藍子は恐怖を感じずにはいられなかった。


 恐る恐る、聞いてみた。

「それを飲まされると、動物はどうなるんでしょうか?」

 藍子の言葉を聞いて、加藤は悪びれる様子もなく答えた。

「何らかの神経に作用するようです。小動物なら、口の中、喉、肺と、腫れて、機能が低下していくようですね」

「……口の中……」



 加藤は、「絶対に秘密にしてくださいね」と言って、去っていった。


 夫に真実を問うべきか否か迷いながら、夫が面会に来るのを待つ。

 その間、また口の中と足の違和感が増してきた。

 どういう仕組みでこうなるんだろう?加藤は、カラスに飲ませると口の中や喉に異常が出てくると言っていた。何か関係が?

「まさか……私が飲まされてる……?」

 そんな疑念に、首を強く横に振り、全力で否定する。

「そんなわけない。あれは火傷がきっかけだもの」

 でも、じゃあ何で? 似通った症状が起こるのだろう。



「いやぁ、ごめんごめん。昨日来るはずだったんだけどさぁ。取引先の部長に捕まって、どうしてもっていうから、つきあいで。いや、接待だよ、接待。今どき、接待なんて流行らないのになあ」


 まただ。

 洋介が昨日来なかったことを責めるつもりは全く無いのに、なんでこの人はこんなにべらべらと言い訳を並べるのだろう。

「嘘つきほどよく喋る」

 また、その言葉が、藍子の頭に浮かんで消えた。


「昨日、加藤さんに会ったよ。病院の庭で」

「え? 加藤って、大毅だいき?」

「……何したの?」

「何って? ……何が?」

 狼狽うろたえた様子はあるが、悪びれた感じはない。藍子は、洋介の態度に恐怖を感じた。

「カラスを……殺したの?」

「ああ、なんだ。あれね。ゴミ捨て場にカラスがたかって、皆迷惑してたからさ、大毅に相談したんだよ。なんとかならないもんかって。そしたら、あいつ、丁度いいものがあるっていうからさ」

「それで毒を飲ませたの?」

「全部に飲ませた訳じゃないよ。何羽かだろ、罠にひっかかったのは。それでビビって来なくなっただろ、あいつら? 『見せしめ』だよ、単なる」

「数の問題じゃなくない?」

「もう、何なんだよ。困ってたから、助けてやっただけだろ? 何が悪いんだよ」


 口の中の違和感が喉まで降りてきた。

「ゲホッゲホッ、ゴホッゴホッ」

 咳が止まらなくなる。

 看護師が飛んで来て、慌てて医師を呼びに行き、処置をされた。点滴を打たれ、藍子はそのまま眠ってしまった。


 洋介は、医師に様態を聞いたが、

「急な興奮状態に陥って、一時的に呼吸困難になっただけでしょう。心配ないですよ」

 そう言われて、帰されてしまった。


「カラスを追っ払っただけじゃないか」

 洋介は、一人、家に帰りながら、吐き捨てるように言った。

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