第36話 夏の避暑地

転移担当職員さんがこの夏はウチの集落と王都を結ぶ担当になっているらしく、その後も


「ファンです。この本にサインを」


などというごパルケ子爵様の所属する財務卿派閥の貴族家の令嬢やらがパパやママに連れられて来たり、面倒臭いのは、


「ウチの五男が丁度貴女と同じ歳で…どうだろうかパルケ子爵家の養女にして貰った後に我が家へ…」


などという奴が現れる事である。


私も馬鹿ではないので、私の魅力ではなく私の作家としての名前と結婚したい奴が現れることぐらい予想しており、


「その手の輩が面倒臭くなった場合は他国にでも行きます!」


とパルケ子爵様にはすでに宣言しており財務卿であるザクレイ侯爵様からも、


「くれぐれも気を付ける様に」


と指示を受けているパルケ子爵様が何やら彼らに耳打ちすると、その後その家の誰もその話題を出さずに無事に挨拶や顔見せが終了していく。


パルケ子爵様の別荘を訪ねて来る方々の目的には私を見るという事と、私の新作の原稿を発売前に読めるという派閥特典の様なものが目的の一つなのだが、転移担当者が派遣されているこの夏がチャンスと知りながらも中には実際に来るには王都ともパルケ子爵領とも距離があり私を見る程度の事に1ヶ月以上旅をする訳にはいかない派閥貴族もいる様で、夏の間ずっと別荘に滞在していたパルケ子爵様の元にはその貴族達からは手紙等が届けられたのだった。


そして私は会った事もないその手紙の送り主へと、


『あなた様にお会い出来なくて残念です』


の様な定型文のメッセージカードを書かされ、宛名を変えながら20枚ほど書いた時に思わず、


「これは何のおまじないですか?」


と、私にこの作業を依頼したご領主様に聞くと、


「すまん…貴族の見栄の為だ…冬場から始まる社交のシーズンで他の派閥などのパーティーに出た時に、財務卿派閥なのにそなたと親交がないとは言えないだろう」


と、何やら渋い物でも食べたような顔で話してくれたのだった。


別荘に来た方々への挨拶と来られなかった方へのメッセージカード作成に追われた日々を過ごし何とか避暑シーズンも終わりが近づいた頃に、ご領主様の派閥仲間やその関係者チームは終わったのか次は、ご長男のトリスタン様や娘さんであるプリシラ様の町のお友達が別荘に遊びにこられたので同じ様にご挨拶に伺ったのだが、お貴族様の子供ばかりでは無くて、商家や騎士の家庭のお子さん達で堅苦しくなく私としても大変楽しい時間を過ごす事が出来たのだ。


先にトリスタン様のお友達がおみえになったのだが、そのメンバーの中で少し驚いたのはここから片道1ヶ月程かかるマール男爵家のお嬢様がパルケ子爵家のご長男トリスタン様の許嫁として紹介された事である。


『あぁ、だからご領主様は私の事をマール男爵様に事あるごとに自慢していたのか…子供同士を結婚させようとする程に仲が良いのは解ったけど自慢も過ぎると嫌われますよ…』


と、今は町のお屋敷に帰られたパルケ子爵様へと念を飛ばしてみる私だった。


マール男爵家のお嬢様であるクリスタ様には、


「我が町で貴女が受けた仕打ち…全ては我が家の者が至らなかったがゆえ…父もあの時の判断が正しかったのか…いやそれまでに出来た事があったのでは…と…」


と涙ながらに同情して頂いたのだが、色々あって盛りに盛られた私のスラム時代の話がマール男爵家にどの様に伝わっているのか怖くて聞けなかったのは確かである。


私は、


「クリスタ様、マール男爵様が長年スラムを許して下さったので私の母も私も生きてこれました。

最後は不運にもスラムの住民の縄張り争いに巻き込まれましたが、それはマール男爵様のせいでは決してありませんので…」


と如何にマール男爵様のおかげで助かったかをお嬢様に伝えたのだった。


その後にトリスタン様のお友達…というか未来のパルケ子爵家を支えるであろうメンバーにしっかりと媚を売り、次にプリシラ様のお友達が別荘に来られたのだが、ご挨拶に伺った時に私は何やら異様な雰囲気を感じてしまったのだ…


「先生!」


と呼ばれた私は、プリシラ様のお友達である女性達の圧に腰を抜かしそうになったのである。


話を聞けば彼女達はパルケの町で活動する女性作家集団なのだそうだ。


「いや、先生って皆さんの方がお姉さんですし、先輩だと思うのですが…」


という私に、リーダーと思われる女性が、


「いえ、私達はプリシラお嬢様の援助にて何とか作品を書いている身分…いくら年下と言ってもモリー先生とは比べる事が出来ない格下の存在…」


などと言って頭を下げるのである。


私は、


「物語や作品に好きや嫌いはあるけど、格上や格下なんてないですよ。

皆さんが書いた作品を一度読ませて欲しいです」


というと、三人の女性が我先にと原稿を鞄から取り出したのだが、何故かプリシラ様までご自分の原稿を私に差し出したのだった。


『えっ?プリシラ様も創作活動を…あぁ、前に物語の書き方について滅茶苦茶質問をして来たのはこの為だったのか…』


と思いつつ最初に差し出された商家の娘さんだと言っていたリーダーの作品に目を通したのだが…

彼女達に的確なアドバイスが出せるのは多分私では無くて前世の同僚である事だけは確実であった。


『何となくプリシラ様がお綺麗なのに嫁にいっていない理由が解ったかも…』


などと失礼な事を思いつつも、


「なんでこの作品についてのアドバイスを私に?」


と聞くと、


「男装した女性に男だと認識しながらも引かれて揺れ動く若い騎士の描写…この人こそ我らの道を指し示す為に神々が遣わした使徒様だと…」


などと言っているのだが、私はあくまでダンジョン用のスキルのテスト版の実験体として神々に送り込まれた従業員であり、男性同士がをする物語のの為に転生したのではない事だけは確かである。


しかし、何処の世界にも特殊な性癖の方々はいるのだな…と思いながら商家の娘さんであるリーダーの次は商業ギルド職員、その次は鍛冶屋の娘さんの作品と読み進めると、リーダーの作風は心の葛藤をメインのある意味純愛物的な話だった。


『男同士であるが…』


そして、ギルド職員の女性のは厳しい男性上司が新人男性職員に辛くあたるのは実は好きだからで、それを見抜いた新人は仕返しに上司を…しかし、次第に上司は従順に…

という前世であの同僚との親交が無ければ私の心に厳しい内容だったのだ。


しかし、あと二人残っている。


『頑張れ私…』


と、私は男の絡み合いに胸焼けしそうなのを我慢しながら鍛冶屋の娘さんの作品に…

ただ、鍛冶屋の娘さんの作品が一番難解だった為に一瞬、


『何を読まされてるんだ?』


と、客観的に自分を見れる時間が訪れて気分転換になってくれたのだった。


その作品は、ほぼ擬音だった…出会って即開戦される二つの意味でツッコミ要素しかない作品であったとだけ伝えておこう。


そして最後のプリシラ様が一番ヤバイ作品でオッサンが少年を次々と…

この狂気に満ちた作品にどの様にアドバイスしろと?!


『御両親が心配するので頭の中だけで、外部には発表を避けた方が…最悪もっとシャバシャバに薄めて発表を…』


ぐらいしか言ってあげれないのだが、思いついたら誰かに話したい気持ちも解る私は、


「読み手を選ぶでしょうが、表現は人それぞれですので、書きたい世界を書くのが一番かと思います。」


とだけ伝えておいた。


しかし、彼女達の作品で特にリーダーである女性の物は登場人物をイケイケの幼馴染に憧れる設定を男同士でなくて男勝りな女性と気の弱い男性の設定にしただけで、ジャックさん家に居候していた時にシャロンさんの部屋で読んだあの甘々の面白みの薄い恋愛小説よりも遥かに面白い作品になりそうだった。


『文才はあると思うんだけど…書きたい題材を変えてまで売れる作品を書くのも違うか…』


と考える私だった。

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