第35話 静かな戦い

私の忙しい夏が始まってしまった…

初日は打ち合わせも兼ねてパルケ子爵家の方々とご挨拶をしたのだが、今年成人を迎えた十五歳の長男トリスタン様と初めて会ったのだが凄く賢そうな青年であり、


「楽しい物語を読ませて貰いました。私の卒業した王都の魔術学校でも話題になっており本来ならば私の学友などもモリー殿にご挨拶をと望んでおりましたが、父上の話ではどうやらすぐには難しいと…」


と丁寧な挨拶をして頂いたのだった。


「家族より私よりも歳が若い少女が書いた物語だとは聞かされておりましたが…実際に見るまで…いや、見ている今でも信じられない自分がおります」


と言っていたが、私としては、


『トリスタン様のおかげで良い練習になるな…今年の夏は知らないお貴族様達とこのやり取りを何回繰り返すのだろうか…』


などと考えているのだった。


そして、数日後に集落の入り口へ春に訪れた転移スキル持ちの職員さんが、


「到着致しました」


と、三名の身なりの良い方を転移させて来て、その方々が集落の入り口で門番をしていたパルケ子爵家の騎士団の方の案内で別荘へと移動を始めると、転移職員さんは再び消えたかと思うとまた次の方々を連れて来て、それを三回程繰り返すと転移職員さんは集落の入り口でヘニョンと腰を下ろし、騎士団の方々に肩を貸してもらい騎士団の方々の寝泊まりする別荘手前の広場のテントへと担ぎ込まれたのだった。


『魔力切れか何かかな?』


などと思いながら私は引きずられていく転移職員の男性を見送る。


前世でも転移スキルを持っている者はごく希に居たし、魔力を使って数名を登録した場所へ転移出来る能力の為に最上級の冒険者パーティー等では緊急避難用のパーティーメンバーとして低ランクだろうと転移スキルがあれば迎えられていきなり凄い報酬の分け前がもらえるので、スキルをまだ持っていない子供達からは、『あんなスキル欲しいランキング』上位の憧れのスキルだと個人的には思っている。


そんな有能スキルの職員さんがテントでダウンしたという事は、どうやら今回の転移は終了したらしく集まった方々はこの後、お茶会を開いたり夜会などを涼しい高原の別荘で楽しみ2泊程してまた転移で王都へと帰って行かれる予定なのだそうだ。


さて、転移スキルにて王都からやってきた今回のお客様はザムドール王国の宰相閣下と奥方様と文官職の方三名と、

ザムドール王国の財務卿である侯爵様と奥方様とご長男の三名に、

派閥的には宰相様の系列のザムドール王国の文部大臣様と配下の文官職の方に何故かザムドール王国の商業ギルドのグランドマスターという異色の組合せの三名様であった。


私はよそ行きを着て、今回なぜか集落の商業ギルドになる予定の建物に数日前から待機していたパルケの商業ギルドマスターとシャロンさんに両脇を固められながらこの国の偉いさんにご挨拶をする流れになっており、


「パルケ殿…本当にこのような少女が?…」


という宰相閣下の質問から始まり、パルケ子爵様は例の貧しさから現実逃避する為に物語などを夢想していた不運なスラムの少女という私のやや創作で辻褄を合わせた私のプロフィールを紹介してくれたのだった。


しかし大袈裟気味な私の紹介なんかどうでも良く感じるほどに、大袈裟でなくてこのお茶会の席は大人達の戦場であったのだ。


教科書の件で御礼という形で善意から王都に私を招待したい宰相様ご本人と、

今回の教科書の件で識字率の向上の指示を国王陛下より貰った文部大臣様は私を手元に置くか仲間に引き込みたいご様子の文部大臣と手下の文官さんに、文部大臣と教科書の印刷や指導などについてズブズブで、


「王都に先生のアトリエを構えて頂ければ…」


と派閥のトップである宰相閣下とも意見が被る為に私の小説の出版権利ごと引き抜きたいギルド本部の連合チームである。


そして、対するは宰相閣下に私を紹介するだけかと思っていたが文部大臣達の良からぬ動きを知り自分の派閥の自慢である私を引き抜かれたくない財務卿であるザクレイ侯爵様と、その配下であり、お膝元のパルケの商業ギルドからも、


「絶対にモリー先生を引き抜かれない様に!」


と釘を刺され、妻や娘からもパーティーなどで自慢出来るネタの為に私を渡さない様に圧をかけられているご領主様ご本人と、ギルド本部に対抗するべく参上したパルケの町のギルドの連合チームという息の詰まるようなお茶会であった。


宰相閣下としては悪意無く、


「我が国は北はカロルナ山脈に閉ざされ東西に長い国土な上に南にある他国との交流が盛んな地域とそうでない地域の格差が大きく、またそれに伴い文化においても地域差があったのが問題だったのだが、そなたの発明した教科書ならば、ほぼ同じ水準の教科書を各地の転写スキル持ちを使わずともその土地の木工職人などが居ればつくれてしまう。

我が国の識字率を上げてくれる可能性を秘めている事を国王陛下も期待しており、それにスラムから人気作家へと上りつめたそなたの功績はスラムは勿論、貧困層の子供達にも文字を覚えれば…との夢を与えてくれた事を大変感謝しておられて…」


と言って、なんと私を養女にして王都で暮らさないか?みたいな提案をしてくれたのだった。


まぁ、私としては堅苦しそうなので全く魅力を感じない提案である。


そして、それを聞いた文部大臣は、


「それは良い考えで…」


と、スラム出身で独り暮らしの少女に身分と安定した生活を与えたいと思う宰相閣下とは違い、


『取り込むぞ!何としても我らの手駒として取り込むぞ!田舎から王都に引っ張り出せばこっちのモノだ』


との安い作戦が見え見えの文部大臣とギルド本部チームが宰相様に賛成し、


『渡してなるものか!』


と焦る財務卿派閥チームが手を変え品を変えて何とか私の流出を防ごうとしているのだ。


しかし私は男達の醜い争いを横目に、宰相様の奥方様や財務卿夫人にパルケ子爵夫人であるエリナリナ様と少し離れたテーブルで女子会をしていたのである。


ちなみにシャロンさんは男チームの端で本部のグランドマスターに睨みを利かせているのだが…

私の居ないテーブルで私の将来が決められそうなのも嫌なので、わざと皆さんに聞こえる様に奥様方との、


「どうしてここにアトリエを…」


みたいな話の流れを使い私は、


「実は…私は幼い頃に暮らしていたのが活気のある町ではありましたが町外れのスラムでして…薬師の心得のある母のおかげで命に別状はありませんでしたが、人が多い場所やゴミゴミした活気のある場所では咳が止まらなくなり…母の死後は私の事を心配して下さったロランさんという治癒師見習いの方に、お安くお薬を…そしてロランさんの生まれ故郷ならば高原で空気も綺麗で良いからと薦めていただきマールの町のスラム解体を機にこちらへ…

この秋にはそのロランさんが修行を終えて戻ってこられてまた私の治療を…

私は少しでもロランさんのお役に立てればと執筆の合間に薬草園を自宅に作って…コホン、コホン…失礼しました楽しくて少し興奮しすぎました…コホン、コホン…」


などとひと芝居うってやったのだった。


宰相閣下は、


「そうか…その治癒師との絆を断ち切ってまで人の多い王都に連れて行くのは酷というものだ…」


との意見になると形勢は財務卿派閥チームに有利となり私は、


『また何かあれば相談に乗って欲しい…』


ぐらいの立ち位置の外部の知恵者として宰相閣下にお願いされた程度で引き続きこの集落で暮らせる事になったのだった。


まぁ、私の小芝居で奥方チームが私の味方についてくれ、


「確かに王都は栄えておりますが、空気はこちらの方が格段に良いですからね…」


などと言ってくれたのが大きかったと思われる。


あとはギルド本部とパルケのギルドの静かな話し合い…というか睨み合いようなやり取りで、どちらが私の新作を扱うかという議題で何やらやっているのだが、これも私は可能な限り関わらない方針を貫いたのだった。


『関わると面倒臭そうだから…』


そして数日後に無事に皆さんが転移担当職員さんのスキルで王都に帰った後にパルケ子爵様やパルケの商業ギルドチームにも、


「そんな事ならば先に教えてくれていれば…体調は大丈夫なのかい?」


と心配されてしまった私は一瞬、


『何の事?』


と数日前にその場しのぎで言った自分の設定などすっかり忘れていた為に暫く首を傾げた後に、


「あぁ…えっ!?嘘ですけど…あのままなら折角育った薬草も捨てて王都へ連れていかれそうでしたので…」


とあっさり種明かしをすると、皆には呆れられるどころか、


「よし、その話に合わせよう!」


という事になり、シャロンさんは、


「ロラン君もこちら側に引き込むチャンスね…本当にモリー先生には足を向けて眠れないわ…」


と何やら企んでいる様子だったのだが、これで私のプロフィールに『病弱』という属性が追加され作品より作者の方が作り話みたいな肩書きになってしまったが、静かに暮らせるのならば私は別に構わないのである。


その後、本部の商業ギルドに私を引き抜かれない為にパルケの商業ギルドチームがご領主様に、


「出版施設を増設したいので、派閥の方々にお力添えを…」


とお願いしているのだが、彼方は彼方で頑張ってくれるみたいなので私は見守るだけである。


そしてこの後に控えているお貴族様とのご挨拶の日々も、私は可能な限り厄介そうな案件には全力で首を突っ込まないようにしたのだった。

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