第37話 人が来てくれる幸せ
忙しい夏のが終わりようやく私の生活に平穏が訪れた。
宰相閣下の訪問の際に私にご褒美を国王陛下名義で何かくれるということだったので、夏場はまだ良いのだが冬場にすぐ暗くなり昼からの外での作業には毎回魔石ランプを持って行かないと帰る時が不安だったので、
「町みたいに魔石街灯が欲しいです」
と、おねだりしてみたのだが、まさかこんなに立派な魔石街灯が三本も貰えるとは思わなかった。
現在集落には国王陛下からの依頼という事で気合いの入っている錬金ギルドの方々と設置工事の職人さん達が作業をしているのだが、錬金ギルドとの接点がなかった私は錬金術師の作った建築用の素材なんて知らなかったので見ていてとても楽しかった。
錬金石粘土なる錬金資材は粉状の土のような物に水を混ぜて粘土状にして好きな形に整えて乾かすと石の様に固くなる錬金術を使った物であり、入っている魔物素材により火に強い物や水に強いものまであるという錬金術が盛んなアグアス王国にて最近発明された最新の錬金資材らしく王様の依頼でなければすぐにこの量を押さえる事は品薄の為に難しかったと工事の職人さんが言っていたのだ。
そんな錬金石粘土で土台を作り、最新型の燃費の良い魔石街灯を設置して貰った集落では入り口から一番外れの私の家まで魔石ランプ無しでも夜間に出歩ける様になり住民の皆も喜んでくれ、特にロッシュさんとミラさんご夫婦には夕方に家畜を厩舎に入れるのを焦らなくても良くなったと感謝して貰ったのだった。
ただ、ひとつ文句が有るとすれば街灯の土台に、
『この地に住むモリーに感謝の品として此を送る…』
というプレートが埋め込まれている事ぐらいである、
『私は静かに暮らしたいだけなのに…こんな恥ずかしいプレートを埋め込まなくても…』
と思っている私だが、ボンゴさん達に、
「便利になったのはモリーちゃんのおかげってみんな知ってるし、集落の人間しかプレートも読まないだろうからね」
などと言ってくれたが、最近集落の人間が増える傾向にあるのが気になるところではあるのだ。
マールの町からロランさんが帰ってきてくれた事もあるが、ギルドの始動は来年の春にこの集落が正式にパルケ子爵領の新しい村になってからなのだが、
「ロラン君と打ち合わせする事があるから」
と、一足先に引っ越して来たシャロンさんや、『もうすぐ村になる!』と、とあるルートで聞きつけ駆け込み転入で店を開く人や、工房を開く職人さんもいる為に、大工の親方達は冒険者ギルドからの注文で小さな酒場と宿屋の建設が終わり、この集落に残る事を決めた弟子の一人を残して、
「そろそろ次の町に…」
などと言っていたのだが、新築の依頼が次々に舞い込み当分はこの集落で親方達全員が残ってくれる事になっており、現在集落は騎士団の方々が作ってくれた石垣の中だけでは土地が足りずに町から人を送り込んで土地を切り開き登録のみで自分の土地するべく開発が進んでいるのだが、私の家や葡萄畑が有る集落の北側ではなくて、少し開けている南側の別荘に向かう周辺かギルドの建物がある集落の入り口付近の東側に集中しているのだ。
残念な事に日当たりが良い北山の側の南斜面に広がる葡萄畑の並びの西側の一番奥にある私の家は集落の端であり、集落とは反対側に広がる小さな池のある草むらは私が引っ越して来た時のままで誰も開発していない場所なのである。
特に変わらない区画に住んでいる私の唯一の変化は、ロランさんというお得意さんが集落に出来て薬草園の作業に張り合いが生まれたてぐらいだろう。
薬草園はロランさんから、
「モリーちゃん、凄いね!栽培が難し解毒草まで…これさえ有れば毒は勿論、マヒでも風邪でも直せるよ。
あと、ポーション作りに必要な薬草を何種類か栽培をお願いできないかい?」
などと言ってもらえ、上手く栽培出来れば生活費の問題はかなり解決…
というか、この秋に私の書いた新作がパルケの町の出版社から発表されると言っていたし、前作分と合わせて今でもかなりの額がギルド銀行に印税として入っているので生活費なら問題がないのだが、あちらは稼いでる気にならないので可能な限り貧乏でも自分の手で稼ぐ喜びを感じて暮らしたいのである。
現在そんな私の一番の問題は、何時もの池の周りで安全に三人娘で狩りをしていてはなかなかレベルが上げ難くなっており、かといってその更に西側に広がる森にリースちゃんは勿論、年下のフーイちゃんは特に連れて行くわけにはいかず、かといって私1人では弱すぎて危ないという事である。
冬越しの為に肉は必要であるので狩りに勤しむこの時期にスルトさん達を頼って、
「森の奥に狩りに連れていって」
などとはお願い出来ないのは理解している。
しかし、見えている近場の森にさえ入ればアタックボアや跳ね鹿などの獲物がこの時期は沢山居ると思うのだが、沢山居るからこそ飛び出て来た魔物に襲われる危険性も高いのである。
『私もフーイちゃんみたいに気配感知が使えたらなぁ…』
と考えてしまうのだが、ある意味自分でも気配感知が簡易版ではあるが使える事は理解している。
しかし敷地内だけの機能では使い勝手という意味では裏の薬草園のみなので使えない機能なのである。
『森を開拓した事にして敷地内にでも出来たらあるいは…』
などと下らない事を考えながら薬草園の手入れをしていると、
「モリーどうだ元気にしてたか?」
と聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると家の入り口の塀の外で冒険者のジャックさんが立っていて、その隣には奥さんのレインさんと娘のメイちゃんが手を振っていたのだった。
庭仕事を切り上げた私は三人を家に招待してお茶にしたのだが、ジャックさん一家はどうもシャロンさんが集落で…というかロランさん絡みで何かやらかしてないか心配だったらしく家族で見に来たそうで、ジャックさんは、
「今年の護衛依頼が早めに終わったからシャロンが引っ越すと聞いて挨拶がてら冬を待たずにコボまで帰って来たんだ」
と言っていたのだった。
いよいよロランさんが帰ってきたので、シャロンさんが親まで召喚してロッシュさん達外堀を固めたい作戦ではないのかな?と勘繰ってしまうのは私だけではないだろう。
ご一家は今日はロッシュさんの所に泊まる予定らしいのだが、メイちゃんとゆっくりお話したかったので、
「メイちゃん、良かったらウチに泊まってよ」
と提案するとメイちゃんもはなからそのつもりだったらしく、
「お父さんはロッシュおじさんとお酒を飲むだけだし、お姉ちゃんはたぶんロランさんを狙ってて忙しいし、お母さんとミラおばさんはそんなお姉ちゃんを眺めるのに忙しいだろうし、モリーちゃんが嫌がっても私はここにお泊まりしたいんだ」
というメイちゃんに、
「嫌じゃないから一緒に寝ようよ!なんなら次来るまでに使ってない部屋があるからメイちゃんのお泊まり部屋も作ろうか?」
などと私が提案すると、メイちゃんも
「私もお姉ちゃんみたいにモリーちゃん家に引っ越そうかな?」
などと言って笑っていた。
『夏場みたいに集落に知らない貴族が沢山来てくれるより、知ってる家族が一組遊びに来てくれるがこんなに幸せな事だとは…』
などと噛みしめながらその夜はメイちゃんともうすぐお貴族様だけでなく町の住人向けに販売が始まる私の新刊の話やシャロンさんとロランさんの話で盛り上がったのだった。
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