第32話 変わりゆく里
私が集落に引っ越して来て丸2年の月日が経った。
現在春を迎えた集落には空き家は一件も残っていない。
それは若い木こりのご夫婦が移り住んでくれて、集落の南側の林にて木を斬り倒して土地を広げつつ木材を確保して、ご領主様より依頼された大工の親方さんを含む弟子の五人の方々が集落に滞在してご領主様の避暑用の別荘をはじめ今はギルド関係の建物を建ているので空き家は一軒を残して全て埋まり、その一軒も今年の夏終わりに戻ってくるロランさんの治癒院兼、創薬工房として使う予定である。
なので集落の家は30年ぶりぐらいに全て活用される事となったらしいのだ。
まずは私達がご領主様とパルケの町から帰ってきた年の秋に木材を扱う商会の娘さんと木こりの青年のご夫婦が、領主様の別荘予定地の木の斬り倒し依頼と、別荘用の木材の確保の為に木こり仲間と共に集落へとやって来てくれ、現在大工さん達が住んでいる空き家に別れて住んで、木々が乾いている冬場に寒さも気にせずに半年ほどで別荘予定地は勿論、周辺の木も斬り倒して根っこまで掘り返して行ったのだった。
そして、木こりチームは春には若い夫婦を残して町などに帰り、入れ替わりに春頃に大工の親方達が集落に移ってきてくれて、今は治癒院の予定の空き家にはこの時期はパルケ子爵家の関係者が住んで別荘の設計について大工の親方と何やら話し合いをし、他の大工さん達は木こりの達が斬り倒した木々の選別を開始していたのだった。
この間うちの集落の職人組であるビットさんは木こりの助っ人と、カーターさんは木こりチームの斧やナタのメンテナンスで結構潤い、狩人のスルトさんは木こりさん達の護衛や働き盛りの木こりさん達のお腹を満たすお肉の提供でかなり儲かったみたいである。
そして別荘建設の下準備が全てが整った夏、驚いたことに、
『戦争でもするのか?』
という程の騎士団の方々が馬車などでやって来たのだ。
彼らは比較的涼しい高原にて手際良くテントを設営して、次の日から『訓練』という名前の土木作業に従事したのだった。
パルケ子爵家より来ていた方や大工の親方の指示でアイテムボックススキル持ちが近くの岩山から日に何度も手頃な石を回収してきてはガラガラと石を集落の境に積み上げて、騎士団員の方々が人力で石垣を整え、大工さん達が作った丸太の杭を騎士団の力自慢がハンマーで打ち込み魔物避けの壁を作るというなんとも手際の良い動きであった。
しかも、騎士団の方々は夜は交代制で見張りをしなければならないらしいが、見張りに当たらなかった騎士さんはトマソンさんからボンゴさん家のワインをいっぱい買ってくれ、夜は酒盛りを楽しみ、そしてロッシュさんの牧場のミルクもあのポソポソのカロルナメイトに加工するまでもなく全て買い上げてもらい騎士団の方々の朝の食卓に並んだのだった。
しかし、ミルクよりもロッシュさんとミラさん夫婦が育ていたトラベルホースの子供達が騎士団の方々の目にとまり今年産まれた子馬3頭全てが馬市場に出すよりも少し高値で売れたのでミラさんも嬉しそうであった。
そんなこんなで集落にお金を落としてくれた騎士団の方々は前半と後半とで途中人員の交代をしながらも夏の間ずっと駐屯してくれて別荘周辺程頑丈ではないが、集落周辺にも石垣や木の柵を作ってくれた後に夏の終わりと共に帰って行ったのだった。
そして、その秋からは本格的な別荘の建築が始まり、夏場は石の回収ついでに周辺の魔物を狩っていた騎士団の装備のメンテナンスや大工チームの助っ人で稼いでいた集落の職人組の二人にご領主様の別荘の使用人や警備の兵士さんの部屋ではあるが、家具の注文まで入りカーターさんは家具に使う金具や大工さん達から釘の大量注文を貰って、元気に朝からトンテンカンと頑張って、ビットさんも樽意外を作れる事に興奮して、
「俺の技を見せてやるぜ!」
と楽しそうにタンスやベッドを作っていた。
基礎工事から始まり一般の家よりも頑丈に作られているらしい別荘は年を跨いで翌年の夏前に完成し、その年の夏に二週間ほどご領主様ご一家が避暑に来られる頃には、庭師さんが木々を植えて立派な御屋敷になっていたのだった。
そして、ご領主様が避暑にお見えになっているこの間は毎日の様に私は呼び出され、私が書いている新作の原稿をお持ちしてお喋りする毎日であった。
ちなみにであるが、私の本である『長男令嬢』はなかなかの評判で、次回作を出すのを止められているのだ。
「転写師達がこれ以上は…」
というギルマスからのお願いであるが、
『早く活版印刷でも誰か発明すれば良いのに…』
と思うが、私は絶対面倒臭いので首を突っ込まないと決めている。
しかし、新作は書き溜めて欲しい…私が読みたいからというシャロンさんや、パルケ子爵家の女性陣に熱望されていた為に2作品ほど書き上げた物をお見せしたのである。
「避暑に来た別荘にて今話題のモリー先生の生原稿を読めるとはな…贅沢だ。
これは今年の派閥のパーティーでマール男爵にまた自慢してやらねばな…」
と高原の風が吹き抜ける開けた居間にてパルケ子爵様が楽しげに話し、
「貴方、あまり自慢されますとマール男爵様に悪いですわよ」
と呆れながら奥さまであるエリナリナ様が注意するのだった。
お嬢様であるプリシラ様は、
「来年は弟が王都の学校を卒業して帰ってまいりますのでもっと賑やかになりますわね。
私もお友達にモリー先生を紹介して下さいとお茶会などの度に…来年はお友達も呼んで宜しくて?」
と子爵様に聞くと、
「客間が3つしか無いからな…日にちをずらして来る事になるかも知れないぞ」
などとご領主様が言われており、
『えっ、ご領主様ご一家の避暑とプリシラ様のお友達が別日に遊びに…これは夏の間に私に自由はないのかもしれない…』
と考えて次の夏が来るのが怖い私であったのだ。
それから秋に入り完成した別荘に続いて治癒院予定の家にはギルド関係者が、管理人として別荘へと引っ越したパルケ子爵家の方と交代する様に入居して、大工チームはギルドの依頼で、ギルド支店と職員寮の建設に入っていた。
この間も木こりの夫婦のお手伝いなど集落の職人二人は力仕事などに従事して、追加の木材の伐採や、釘をはじめドアなどの金属部品の作成や、ギルドからの机などの発注でイキイキと働いていたのだった。
そしてもう一人イキイキしている人物が定期的に集落にやってきている…
それはロランさんのハートを射止めるという己の欲望の為にこの新しく出来る商業ギルド支店へと転勤してくるシャロンさんである。
私とパルケの町のギルドの出版部門の橋渡し担当でもある為に留守の場合はコボ村から私の契約の窓口担当をしてくれた商業ギルド職員のチルさんが助っ人に来てくれる手筈になっているらしい。
シャロンさんはギルド建設の視察や私への連絡などにかこつけてロランさんの御両親や集落の住民という外堀から埋めて行く計画らしく、先日なんかは甲斐甲斐しく牧場で前から居たような雰囲気を醸し出しながら働いていたのだった。
『彼女は本気だ…』
と、改めてシャロンさんの真剣なロランさんへの思いも知る事になったのだが…
『あの優しい二枚目が修行を終えて嫁でも連れて帰って来る…などという可能性も無いわけではないだろうに…』
と、少し心配している私もいる。
と、まぁ、そんな日々を過ごし厳しい冬も乗り越えた春の日に、
『チリン』
とギルドカウンターの呼び鈴の音が頭に響いたのだった。
ホラン一家のマーキングのお陰で畑に来る小型魔物はほとんど居らず、
『おっ、久しぶりのホラン一家以外の侵入魔物かな?』
と思うが気配を感じない…
「ん?マスタールームに何かかな?」
との考えに至った私は昼ではあるがベッドに移動してマスタールームに意識を飛ばしたのだった。
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