第17話 目覚め
森奥にある高原の集落へと引っ越してきたのだが…
私の少ない荷物は待ち構えていた集落の皆さんが総出で手伝ってくれて一瞬のうちに運び込みと配置が終了してしまった。
この集落の皆さんの事は前回の挨拶回りで自己紹介してもらい忘れない様にメモを繰り返し確認したのでしっかり頭に入っているし、ここまでの道中にロッシュさんから集落の話を伺ったので大体の事は理解出来ている。
やはり、この集落は開拓村という認識で間違い無いらしく、ロッシュさん達のお爺さんの代に広い土地を求めて数家族で移り住んだみたいである。
そして、ロッシュさんのお父さんの世代に一度人口も増えてこのまま行けば正式な村へと格上げになるかと思われたのだが同じ時期に開拓を開始したコボ村が川を使った木材の出荷事業が上手くいき発展し始めて、この集落住民も半分程が高原からコボ村に移り住み、コボ村だけが正式な村へと格上げになったのが30年程前らしいのだ。
それ以来、ここは空き家が目立つ寂れた集落としてコボ村の傘下の開拓村的な位置づけのまま現在に至るとの話だった。
今住んでいるのは、ロッシュさんとミラさんのご夫婦が牧場を営んでいるのと、
集落のメイン事業である葡萄農家のボンゴさんとルーシーさんのご夫婦と、三姉妹の長女アンさんと次女のリースちゃんと三女のフーイちゃんに、アンさんの旦那さんであるトマソンさんの二世帯で葡萄からワインを作り、トマソンさんが村へと売りに行っているのだそうだ。
そして、高齢で亡くなったり、あまりの不便さに町へと引っ越したりして益々空き家の増えたこの集落に、
「このままでは高原ワインが無くなる!」
との使命感に燃えて移り住んでくれたのが、家具職人のビットさん夫婦と、鍛冶職人のカーターさん夫婦である。
家具職人と、鍛冶職人なのだが彼らはワインを入れる樽を作るのが主な仕事であり、ワイン作りのお手伝いもしてくれる熱狂的な高原ワインのファンである。
しかし、ビットさんは10年程前に高原狼の群れに夫婦揃って襲われてしまい、ビットさんは身体中に大怪我を負ってしまい、残念な事にその時の怪我が原因で奥さんは亡くなってしまったのだそうだ。
その時の冒険者として正式な登録が出来る歳になり町に出ようとしていた息子のスルトさんは狩人として集落に残り、高原狼などを狩って集落に魔物を近づけない様にする道を選び、この事件からロランさんも治癒師と薬師の2つを修めるという回復の専門家を目指す事を決めたらしい。
鍛冶職人のカーターさんは高原ワインファンクラブの相方の怪我以来、前よりも家族ぐるみの仲になり、お母さんを亡くしたスルトさんのお母さん代わりにカーターさんの奥さんのジュリアさんが色々と世話を焼いてくれているのだそうだ。
これがこの集落の全員であり、ここに薬草園をやると宣言した私と、数年後には修行期間が終了したロランさんが合流するらしいのだが、ロランさんが戻って来たとしても空き家がまだ目立つ状態なのである。
集落に昼過ぎに到着して夕方前には引っ越しが完全に終了し、現在は暗くなってしまった集落は近隣の窓から漏れる明かりもまばらで、集落の外れ気味にある私の新居はロウソクの灯りだけが頼りである。
しかし、寂しい集落の明かりとは裏腹に引っ越してきた私の所に皆さんが、やれ高原ネズミのミルク煮だの、跳ね鹿の干し肉だのと引っ越してすぐに料理をするのは大変だろうと様々な食糧が届けられ、ホカホカのパンまで私の新居のテーブルにカゴに山盛り置いてりテーブルの上だけはお祭り騒ぎである。
「レインさんからの晩御飯セットもあるのに…痛む前に食べきれるかな?…」
と、皆さんからの優しさだけで既にお腹がいっぱいになりそうな私だった。
その夜は少し薄暗いロウソクの灯りの中で晩御飯を食べて、お腹も膨れたうえに暗くて作業する気にもならなかったので私は休む事にしたのだが、スラムでも誰かの声や生活音が四六時中聞こえ、旅の最中でも近くに人の気配があり、ジャックさんの家でも家の中に誰かが居てくれた状態だった事を今更ながら痛感し、
「静か過ぎて落ち着かないな…」
と馴れないベッドの感覚も相まってなかなか寝付けなかったのであった。
「これは頑張って魔石ランプを買わないと夜に出来る作業の幅が狭くなるな…」
という独り言しか聞こえない部屋の中で、ぼーっとしている私は、
「えっ?!自宅を手にいれたけど、私のスキルって!?…」
と、こちらの世界に来た大事な使命を思い出したのだが、スキルが発動した気配が無いのだ。
前世の私のスキルは遠目スキルでありスキルの発動した感覚の様なモノぐらいは理解している。
体の何処に意識を集中させてもウンともスンとも反応がなく、
「自宅警備スキル」
と呟いてみても、
『自宅警備スキルぅぅぅぅ!』
と念じてみても静けさと薄ら恥ずかしさしか私には訪れないかった。
「アホ臭い…今日は寝よう…」
と諦めてベッドに潜り込んだのだが、こちらの世界に来る前にメディカ様達に伺った話を思い出しながら自宅警備スキルとやらの発動のきっかけが解らないかと勝手に頭の中でグルグルと思考が巡り、結局朝方まで眠れなかったのだった。
やっと眠りについて暫くした時に、
「モリーちゃん、おはよう!ミルクもって来たよ!」
と、ロッシュさんの声に起こされた私は、
『今寝たところなのだけど…』
と思いながらもダル重い感覚のまま玄関まで移動すると、ミラさんがロッシュさんに、
「ほら、私達よりも普通のお家の朝は遅いんだから…」
と注意し、ロッシュさんは、
「えっ、でも搾りたてが美味しいんだよ…飲んで欲しいから…」
と、とても一人で飲みきれない量の素焼きのミルク瓶を持って玄関口に立っていた。
私は、
「おはようございます。
すみません、新しい場所と馴れない寝具で朝方まで寝付けなかったもので…普段なら起きている時間だと思いますのでお気になさらず」
と頭を下げて朝の挨拶をすると、ロッシュさんさんは、
「じゃあ、契約とかは午後とかにしようか?」
と聞いてくるので、
「いえ、また来て頂いたりお時間をさいて頂くのは悪いですので、どうか今からお願いします」
と言って二人を家に招き入れるとミラさんが、
「あぁ、そうだ!朝ごはんも持って来てあげた方が良かったわね」
などと怖いセリフをいうので、私は完璧に目が覚めて、
「いえ、皆様から三日三晩食べ続けても余るほどの差し入れを頂きましたので…」
とやんわりとお断りする事ができた。
そしてテーブルにつくと、ロッシュさんは鍋に移し変えてもまだ余る量が入った陶器の瓶をゴトリとテーブルに乗せて、
「これ、搾りたてだから飲んでね」
とニコニコしているのだが、
『えっ?今、先ず飲まないと駄目かな??』
と焦る私は、ユックリと奥さんであるミラさんを見ると、旦那と同じ表情でニコニコしている。
『あぁ、飲めと…』
と理解した私は、
「えっ!飲んでみて良いですかぁ?!」
と少々わざとらしく聞くと、二人はコクコクと頷いているのでキッチンからおろしたてのコップを持ってきたのだが、どう考えてもこの花瓶より大きな瓶から溢さずにミルクを注げる自信がない…
『どうしよう?』
と焦っていると、ロッシュさんがミルクを注いでくれて、ミラさんは、
「次からはもっと小さいのにしないとね」
などと言った後に二人は再び私のミルクのリアクション待ちの体勢に入ってしまった。
私はコップを持ち、二人からの熱い視線を感じつつミルクをゴクリと飲むのだが、そのミルクはお世辞抜きで本当に美味しかった。
「えっ?」
と一瞬驚いた私に二人はグイッと前のめりになり、
「美味しい」
と、私の口から感想がこぼれたのを聞くと、二人ともに
『でしょう!』
と聞こえる様なドヤ顔混じりの満足そうな笑顔になっていた。
そんなやり取りの後でようやくこの家の正式な手続きに入ったのだが、
「本当に土地の代金とかは必要ないのですか?」
と念を押したのだが、ロッシュさんは、
「要らない、要らない!前も言ったけど、前の里長のこの家は集落でも一番古い家だし、土地が欲しければそこら辺の木をなぎ倒して柵でも建てれば後は私が領主様に報告する書類にモリーちゃんの物になりましたって書けば幾らでも土地なんて手に入るからね」
と笑っていた。
ここでは土地は汗水ながせば幾らでも手に入るし、大工さんが居なくて町より建てるのに割高な住居であっても既に空き家が何件かまだ集落に存在する為に、幸運にもこの家はサインを一つ書いただけで正式に私の物になったのだった。
『お母さん…もっと早くこの集落の存在を知っていれば…』
と、嬉しい気持ちと悔しい気持ちでグチャグチャになりそうな私の頭の中に、
「チリン」
と鈴の音が鳴り不思議な感覚を覚えたのだった。
先にロッシュさん達のと契約書の話を優先して、二人が、
「困った事があったらウチに言ってきてね」
と言って帰って行くのを見送った後に部屋に戻り、私は不思議な感覚の原因を探す様に目を瞑り意識を集中させると頭の中に、
『自宅の登録が出来ます。実行しますか?』
との文字が見えた。
私は、
『スキルが発動したのか!』
と理解してユックリと、
「はい…」
と声に出して答えると、鼻の奥より更に奥に何か微かな衝撃を感じた。
すると、先ほどよりも鮮明に自分のスキルの存在を感じる事が出来たのだった。
『ヨシ、使えそうな感じだ…』
と直感で理解したのだが、しかし、まだ何処からか何かが私の頭に流れ込む感覚がある。
『あれ、大丈夫かな?』
と心配になる私は、つぎの瞬間に一度に沢山の何かが流れ込んできたせいで、酷い頭痛と目眩に襲われたのだった。
『これが、生まれ変わる前にメディカ様に言われていた大きなスキルなので体に馴染むのに反動がある場合が有るってやつなの…』
と、思いながら少しずつ遠くなる意識を感じて、
『ヤバいな…死ぬ時の感覚に似てる…』
と恐怖に怯えていた。
しかし、次の瞬間に目の前に広がった景色に私は驚きを隠せなかったのだった。
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