第14話 昔のお話だから

解体してすぐにダッシュボアの牙と毛皮と魔石を村の冒険者ギルドで買い取ってもらうと小銀貨五枚であった。


これで肉もある状態であれば冒険者ギルドで解体してもらった場合でも手元に大銀貨一枚程度残るらしい…


『私の雪かきクエストの報酬がバカみたいに思えてくる』


と、がっかりしてしまうが、今回のダッシュボアもジャックさんの御膳立てがあってこそであり自分ひとりではとても狩る事の出来ない魔物であるので、


『今回の獲物はたまたま幸運だっただけ!』


と思う事にした。


『道理でお肉の方がメインの獲物の肉を私が丸々ジャックさんに渡そうとしたからあんなに拒否されたのか…でも、丁度シャロンお姉さんも帰省したから晩ご飯のおかずの一品になるだろう』


などと思っていたのだが、どうやら私は晩御飯どころではなくて今日のうちにあの小説を書き上げないとイケない雰囲気である。


確かにもうすぐ引っ越すので、メイちゃんの為に書き上げようとは思っていたのだが、3日程しか滞在期間のないシャロンお姉さんからの、


「先生、第4章まで読みました!」


という報告と共に親子でキャッキャと感想を話し合い、思わずメイちゃんが続きを話してしまいそうになり姉妹で喧嘩を始めそうになるも、


「先生のお邪魔になるから…」


と、喧嘩をするのを止めてくれたのだが、安易に、


『お邪魔になる喧嘩は我慢するから早く書け…』


と言っている様なモノであり、元々この部屋はシャロンさんの部屋の為にいく宛も無く、どのみち書き上げるまで何処にも逃がしてくれそうもない。


まぁ、前世で仕事中にギルドカウンターで考えた妄想小説の中でも割りと短めの物なので、最終章である6章を書けば完結である。


私に見たり聞いたりした記憶を鮮明に呼び起こせる〈記録〉というスキルがあればもっと早く書き上げられたのだが、あまりに昔の記憶だった為に所々曖昧で筋書きはそのままだが部分的に抜けた所を新たに書き直したり、その勢いでエピソードを追加したりしたせいで時間が掛かってしまったが、あとはちゃんと覚えているラストシーンまで駆け抜けるだけだ。


『そういえば休日に同僚の部屋を尋ねたらこんな感じで数名の女性に囲まれて青年騎士と中年騎士団長の何とも言えない内容の小説を今の私の様に黙々と書いていたな…』


などと思い出し、まさかあの時の彼女の気分を味わう時がくるとは思わなかった私は手を止める事なく、


「ふははは…」


と乾いた笑いをこぼしながら、


『人生って不思議だ…』


などと感じていたのだが、何故か第5章を読んでいたシャロンお姉さんが読む手を止めて、


「先生、解ります…降りて来たんですね!」


と興奮しているのだった。


これは余談なのだが、私と一緒に殺された同僚は文化に貢献した魂として私と違い正規の採用で暫く天界に住んで天界に暮らす文豪達と作品に対しての熱い議論を交わして、次の人生にて記憶こそ失くして生まれるが身に付いた文才を使い世界の発展に貢献する任務を神々から受けていたのだった。


『彼女の文才で発展する世界とは…』


と少し不安になったのは彼女には内緒にしておいたのだが、きっと次の人生でも元気に何とも特殊な方々にウケる物語を紡いでいると信じている。


などと、時折どうでも良い事を頭の隅で思い出しながらも私は最後まで物語を書き上げたのだった。


最終章は1ページずつメイちゃんからレインおば様に渡り最終的に5章を読み終えたシャロンお姉さんに渡り、三人が読み終えた頃に入り口のドアからジャックさんが、


「ダッシュボアのローストが出来ましたが…」


と、女性陣が晩御飯の支度をそっちのけでこの部屋に集まっていた為に晩御飯を作っていたらしく、


「冷める前にたべよう…」


と呼びに来てくたのだった。


私は一人で料理を頑張ってくれたジャックさんに申し訳ない気持ちのまま食卓へと向かったのだが、他の女性陣も同じ気持ちだったらしく、ダッシュボアのローストを食べると口々に、


「やっぱりお父さんのボアのローストは違うね…」


などと誉めて、それを聞いたジャックさんのニヤニヤが止まらない状態であった。


しかし、お世辞抜きでダッシュボアのローストは絶品であり、ここ最近…いや、こちらの世界に来てから実際に五本の指に入る程の肉料理であった。


なので私も思わず、


「凄く美味しいです!私こんな爽やかな香りの香ばしいお肉を食べた事が有りません!!」


と料理を誉めると、ジャックさんは、


「シャロンが来たら皆に作ってやろうと思ってな…去年の夏に護衛クエストでアグアス王国の王都に行っていてな、そこの名産のスパイスと塩を使ってみたんだ」


と照れくさそうに教えてくれた。


娘と嫁にチヤホヤされてご満悦なジャックさんはお酒が進み早々ベッドに向かってしまい、私も文字を書きまくって目や手首が疲れていたので、


「私も休もうかな…」


などと、言って部屋に行こうとしたのだが、食卓にて女性陣による食後のお茶と小説の感想発表会が始まってしまい寝るタイミングを完全に逃してしまった私は、


「前から聞きたかったんだけど、モリーちゃんはいつあんな凄いお話を考えついたの?」


などのメイちゃんの素朴な質問に始まり、小説の内容の質問や感想などの話題に変わり最終的にはシャロンお姉さんから、


「先生!是非とも我々の商業ギルドに先生の作品を…」


と頼まれてしまった。


「いや、先生は止めてください…」


と先ずシャロンお姉さんにお願いした私だったのだが彼女から詳しい話を聞けば、この周辺は林業が盛んで発展した地域であり同時に植物紙の産地らしいく、木材で作った家具などより簡単に遠くまで運べる商品として出版物に力を入れているのだそうだ。


しかし、田舎である事もあり出版物を作る能力は有るが万年作家を王都などの都会の商業ギルドに囲いこまれて、都会の商業ギルドの出版物の作成の依頼で細々やっているのだそうだ。


この世界には印刷の技術はまだ広がっていないらしく、お手本から書き写す事により写本を販売するシステムで、書き写して売った本の利益の半分以上はオリジナルの出版元に支払われる為に売れっ子の作家を自分のギルドで押さえない限り同じ作業の手間で稼ぎに大きな差が生まれてしまうと教えてくれたシャロンお姉さんから自分の務める商業ギルドからこの作品を出版したいと懇願されたのだった。


『いや昔読んだ本のあっちこっちから登場人物を引っ張ってきて勝手に妄想した物語だが…オリジナルの作者は前世の世界の方々だし、私が天界に居た時間も加味すれば少なくとも百年以上も昔のお話だから著作権はきっと向こうの世界でも既に切れている…と思う…

まぁ、これに限ってはほぼ私のオリジナル作品であり同僚の書いたあの何とも言えないシリーズの原案としても認められたのだから私の作品と言っても大丈夫…な…はず…』


と一人で脳内会議をした結果、


「別に良いですよ」


と返事をした私だった。


そして、翌朝シャロンお姉さんに連れられてコボ村の商業ギルドまで来たのだが、どうやらシャロンお姉さんは本店の職員で支店の新人さんより立場が上なのか手際よく、


「チルちゃん、3番と20番の書類を用意してくれる?」


などと指示を出していた。


それからチルちゃんと呼ばれた職員さんにシャロンさんは、


「3番のギルド銀行の口座開設の書類は村でもたまに使うと思うけど、20番の商業ギルドとの出版物の契約の書類はあまり扱った事ないでしょ?勉強になるからチルちゃんが窓口担当として契約してみて」


などと言っているのだが、


「あの~、ギルド銀行って?」


と、先ず3番の書類と言われている物から質問してみる私だったのだが、どうやらシャロンさんとチルさんという二人からの話を総合すると、契約した作家さんの作品が一冊売れると歩合制でお金が入るらしく、一回一回精算するのは大変なので月末にまとめて口座に振り込む方式らしいのだが、


「いや、そんな口座を開く程の事ですか?」


という私にシャロンさんは、


「あれが売れない訳がありません!」


と熱く語りチルさんという職員さんには、


「私が原稿を本店に持って帰るのですぐには読めませんが、製本した物を3ヶ月…いや2ヶ月後には届けますから絶対に読む様にね。

次からモリー先生の口座の管理などは契約したチルさんが担当になり、先生への急な連絡があればチルさんが走る事になりますので、自分の担当する作家さんの作品は読んでおくべきです。

しかし、そんな事を抜きにして絶対に読むべき作品です!!」


と、更に暑苦しく語っていた。


なんだか大事になって…怖いです…

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