第13話 冬の終わり
まだ寒さは残るが雪も完全に溶けた今日この頃、私の借りている部屋には向こうで暮らす為に必要な寝具や雑貨などが買い揃えられ、
『あぁ、もうすぐ出て行くんだな…』
と、何とも不思議な気分になっていた。
「お母さんとは違い、何時でも会えるか…」
と、ジャックさん達家族と離れなければならない寂しさを胸元の形見の指輪を持ち上げて語りかけてみる。
それから私は、
「ヨシ!」
と気合いを入れて外に出た。
買い物をして少々…というかガッツリ少なくなったお財布を少しでも回復させる為にジャックさんが狩に連れて行ってくれるのだ。
拾われっ子のなので正確な誕生日までは解らないので適当に決められた為に既に八歳になっている可能性はあるのだが、一応私の誕生日は来月末という事になっている。
そんな八歳ぐらいの少女をガッツリ狩猟に連れて行ける訳もなく、ジャックおじさんが罠にかけた獲物を安全な位置から弓で狙うというほとんど弓の練習がメインの狩りである。
メイちゃんは私が森に行くのをとても心配してくれて、
「怪我しないでね」
と言ってくれたのだが、これは純粋に私を心配してくれたのだと思いたい…
しかし、
「大丈夫だよ危ない事はしないから」
と言った私に、
「続きが書けなくなったら悲しいから…」
と、必死に『そうではない!』と思う事にした私にメイちゃんは、小説のクライマックスが気になり『右手だけは怪我するな』という念押しをしてきたのだった。
『やはり、私よりも小説のラストか…』
と少しがっかりする私に、レインおば様まで、
「モリーちゃんに怪我させたら承知しないんだからね!
アタイだって最後が楽しみなんだから!!」
とジャックさんに言っていたのだった。
『まぁ、喜んで頂いている様で何よりです…』
と若干引きつる笑顔で、
「行ってきます」
と言って私はジャックさんと森へと向かった。
森では小型魔物の通り道の見つけ方や箱罠の設置方法に加えて、数日前からジャックさんが仕込んでくれていた中型魔物の罠を巡り、あの時私達に突進してお母さんの膝を怪我させる原因となった猪魔物であるダッシュボアが見事に掛かっている現場に遭遇したのだった。
ジャックさんは、
「くくり罠に足を取られている今がチャンスだ!時間が経てば縄が切れたりして逃げてしまう」
と言って私に弓を射つように指示する。
そう、私はジャックさんから今は使わなくなったお古の弓を貰って、ここ数日ジャックさんに使い方を習いながら村の外で連日練習していたのだ。
しかし練習の成果、精度としては動かない木に向かって三回に一回当たる程度の腕前である。
しかし下手に動くダッシュボアにはかえって良かったのか一射目から外れる軌道の矢に避けるダッシュボアがドンピシャに自ら当たりに来てくれて、グッタリして大人しくなった。
ジャックさんが、
「よし、良いところに当たったぞ!あとはトドメだ!!」
と興奮するが、その後の私の矢は動かないダッシュボアの隣をすり抜けてゆく…
私よりも興奮していたジャックさんだが、
「モリー、落ち着け…落ち着いて指をさすようにダッシュボアを見て…」
と、私の名前を出してはいるがまるで自分に言い聞かせるかのように呟いたあと、
「体は一本の木の様に…腕の力はそのままで肩の力だけ少し抜いて…」
と、何かの呪文でもかけている様に私に両方の手のひらを向けて語りかけてくる。
何とも言えない圧を背中に受けながら放った矢は見事にダッシュボアの首筋に命中して大量の血を流させる事に成功したのだった。
ジャックさんは、
「よし、良くやった」
と誉めてくれた後に、
「本当ならば槍なんかで胸を貫くのが安全なんだけど今日は罠の場所を教える程度の見廻りの予定で、まだ掛かると思ってなくて持ってきてないからっ!」
と言いながら腰の剣を引き抜きダッシュボアに駆け寄り見事な手際で完全に絶命させてくれたのだった。
続いてジャックさんは獲物の血抜きの方法を私に教えながら、
「よ~し、今年初の大物はモリーの獲物だ!どうする?」
と、言って丸々私の自由にして良いと言い出したのだ。
「いや、ジャックさんの罠ですから全部は…」
と遠慮したのだが、ジャックさんは引き下がらない…
仕方ないので、ダッシュボアの解体の方法を教えて貰う代わりに授業料としてお肉はジャックさん家族で毛皮に牙などと魔石は私が頂く事で手を打ってもらう事にしたのだった。
ジャックさんが、
「では、二人とも家でモリーの帰りを待ってるみたいだからダッシュボアを持って帰るとしよう」
と言って、今日の狩りは大成功という事で終了となった。
『まぁ私ではなくて、もうすぐ引っ越す私の書く小説のラストを待っているのだとは思うが…』
などと、悲しい現実を噛みしめながら家に戻るとダッシュボアの解体の為に井戸場で作業を始めた私に、
「読みましたよ先生!母や妹から聞きましたが、まさか本当にこんな少女だったとは!!」
と血まみれの私の手をお構いなしに握りブンブンと上下に振りながら私の書きかけの小説の話をしてくる知らない女性が…
『いや、どちら様ですか?』
と思ったが、母や妹と言ったセリフから多分私の借りている部屋の主であるシャロンお姉ちゃんとやらで間違えないのだろうが、ジャックさんも驚きながら、
「なんでシャロンが?」
と聞くと彼女はやや早口で、
「雪が溶けたから本部から支店への書類などを運んできたの、ギルマスがついでに里帰りもしてこいって…それよりっ!」
と、要件だけを伝えて再び小説の話に戻そうとする。
『なんだかシャロンさんはお父さん似なのかな?』
などと、どうでも良い感想を思いながら私は、
「とりあえず解体…先にしちゃっても?」
というがシャロンさんは、
「そんなのはそこの無精髭にでもさせておいたら良いですが…先生がそう仰るのなら…」
といって、ジャックさんは、
「誰が無精髭だ!?」
と怒ってはいるが、妙に嬉しそうににしている。
しかも、シャロンさんが、
「じゃあ、お父さん手早くお願いね。あと先生の手はあの物語を紡ぐ大事な手だから怪我だけはさせないようにね!お願いだよ」
というと、ジャックさんは、
「はいはい…」
などと、素っ気ない返事だったが表情は少しデレっとしていた。
娘からの「お願いだよ」がかなり嬉しかったのだろう。
『仲が良いんだな…』
と感じながら解体の続きを頑張る私であった。
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