第10話 新天地

午前中にジャックさんの操る馬魔物に乗せてもらいコボ村を出発してロランさんの故郷である集落に到着したのが夕暮れ前だった。


ロランさんの生まれ育った集落はコボ村よりも高台にある高原の様な場所で、まだ太陽が出ているのだがかなり寒く感じている私にジャックさんが、


「モリーの嬢ちゃん着いたぜ。ここはコボ村よりも高台に有るから村よりも日は長く当たるが寒いだろ?」


と言いながらヒョイと馬から降りた後に私を軽々と持ち上げる様に馬から降ろしてくれた。


全力疾走ではないにしても頑張って坂道を登ってくれた馬を近くの手頃な木にくくりつけて、白い吐息をモウモウと吐き出す愛馬に、


「今、水を貰って来るからな…」


といって近くの家へと入って行ったのだった。


私はその間に辺りを見回し、マールの町の図書館で調べた地図を思いだしながら、


「北、東、南三方を山脈に囲まれた水の豊富な地域とは書いてあったな…コボの村は森林地帯から木々を切り出して川を使い下流にある大きな町までその木材を運ぶ為に栄えたのは解るけど…この集落は牛魔物…たしか『角なし』だったか?の為の集落かな??」


と呟きながら牧場のような柵の中でのんびりしている牛魔物眺めていた。


正直なところコボの村までの資料は図書館で見つけられたのだが地図にも乗ってなかった目的地である集落を見回して、


『大丈夫かな?』


と何故か漠然と不安になった私は、前世も今世でも一番の田舎の風景をホゲェーっと眺めていると、


「ジャックがこっちに来るなんて珍しいな…」


などという声が聞こえて振り向く、するとジャックさんが男性とこちらに向かってきていたのだった。


その男性は、


「なんだよ、メイちゃんも来てたのか?…それなら早く厩舎に馬を繋いで…」


などとジャックさんに話しかけながら私の近くまで歩いて来たのだが、男性はいきなり、


「えっ!?、メイちゃんじゃない!!」


と私の顔を見て驚き、馬を隣の放牧地の横に建つ厩舎へと引っ張って行こうとするジャックさんに向かって、


「おい、誘拐した少女を預かるのは御免だからな!」


と叫ぶとジャックさんは、


「馬鹿言え、お前の息子からのお客様だ!…何か暖まる物でも飲ませてやってくれや」


と振り向きもせずに歩いて行ったのだった。


その言葉を聞いた男性は益々不思議そうな顔をしながら、


「ロランの婚約者?…にしては年齢が…じゃあ!隠し子?!…にしても、年齢が…」


と、混乱している様なので、私は肩掛けカバンからロランさんから預かっていた手紙を男性に渡すと、


「ん?手紙…確かに息子の文字だ…まぁ、とりあえずお嬢ちゃんも中に入りなさい。ここまで寒かっただろ」


と、私を気遣い家へと招き入れてくれたのだった。


招き入れて貰った家の中は暖炉のおかげで温かく自分が芯から冷えていた事を改めて理解した。


私が暖炉の炎を眺めている隣で手紙を読んでいた男性は、


「母さん!大変だ!!」


と手紙を持って奥に行くと、


「ジャックさんが来たからお酒の肴を作ってくれって言われて今、釜戸に…」


と、何やら作業を邪魔されてご不満の様子の女性を連れて来た。


男性は手紙を渡して、


「読んでみてくれ」


というと女性は手紙を読み始めて暫くすると、ハッと私を見て、再び手紙を見て…そして、


「大変だったんだね…」


と私を抱きしめて涙をながしてくれ、そこに馬を厩舎に繋いだジャックさんが戻って来て、


「おい、どういう状況だ?」


と驚いていたのだった。


ジャックさんは約1ヶ月の間私と馬車で一緒だったが、マールの町から田舎に移り住むと聞いて、


『あぁ…スラムの解体で引っ越すのか…』


と理解してたらしく、あえて私に気を遣い素性は聞かない様にしてくれていた様で、母の事などを書いてあったロランさんからの手紙の内容を知り、


「俺も頼ってくれぇぇぇぇ」


などと現在、ジャックさんに絶賛泣きながら抱きつかれているのである。


まぁ、この状況は寒空の下を馬に乗って来たジャックさんの体が暖まる物を…といってワインをロランさんのお父さんであるロッシュさんが出してくれて、それをジャックさんが酔うほど飲んだからでもあるのだが…


「男共は…」


と呆れているロランさんのお母さんであるミラさんとマールの町でのロランさんの話をしながら手料理を頂き私はその夜、何とも暖かい気持ちで眠りについたのだった。


そして翌朝、私はロッシュさん達に連れられて集落の皆さんに挨拶回りに向かったのだが、十軒以上の家がある集落であるが現在はブドウ農家のさんと、家具職人さんと鍛治職人さんの夫婦と、集落で出来たワインを商う商人さん夫婦に、家具職人さんの息子の猟師さんが一人で暮らす家と、ロッシュさん達の牧場という6家族の住民だけであり、皆さん、


「モリーちゃんかい、空き家なら有るからすぐにでも住めるよ。何処に住むんだい?」


と言って私を歓迎してくれたのだが、その後に集落の集会場に使っている空き家に集合して、


「町に引っ越した木こりの夫婦の空き家が水場から近くて良いと思うけど…」


や、


「いや、同じぐらいな娘さんの居るボンゴさん所が良くないか?独り暮らしで魔物が怖ければ猟師のスルト君の近くとかも捨てがたいかな?」


などと白熱した議論が交わされ、ロランさんのお母さんであるミラさんから、


「モリーちゃんは何かやりたい事はある?」


と聞かれて、


『えっ!…薬草摘みと小型魔物討伐しかしてないけど…私、どうやって食べて行こう?』


と、冒険者として細々食べて行けると簡単に考えていた自分が恥ずかしくなってしまったのだった。


しかし、


『私に出来る事…私に出来る事…』


と考えた時に、天界にて百年近く薬草園のお手伝いをしていた事を思い出して、


「薬草園がしたいです」


と思わず口をついて飛び出した私の意見を聞いた住人達は、


「それは良い!ロラン君もあと数年で帰って来て集落の薬師になってくれるらしいから、薬草園はもってこいだ!!」


と言い出して、


「ならば、葡萄園の上の畑の有る家が良いな!」


などと話がまとまり私は春からその家に住む事が決まったのだった。


お家賃などの話をしたかったのだが、ロッシュさん達は口々に、


「家賃?!そんなの要らない、要らない!むしろこんな田舎に来てくれるのにお金を払いたいぐらいだよ…まぁ、そんなお金は無いけどね」


とか、


「空き家の管理をしてくれるのだから、村の皆で貯めている集落の保全費用を年間大銀貨1枚だけでそれ以外の住居費用は必要ないよ」


などと言っている。


『どうやらこの集落はコボ村には属しているが、正式な村として認められていないようであり、スラム同様に何か有っても助けてくれる領主などは居ないのだろう。

そして、集落で集める積み立て金は多分であるが厄介な魔物が出た時の討伐依頼料とかかな?…しかし、大銀貨1枚って…マールの町の住民登録料金の5分の1…安い…安過ぎる。

スラムよりも安全そうだし、今ならお財布の中のお金で10年分は払える!』


と理解した私は肩掛けカバンをゴソゴソ漁って、奥の方に忍ばせた財布を取り出し、


「とりあえず今年と来年分です…」


と、大銀貨二枚をテーブルに差し出すと、ロッシュさんは、


「まだ住んでも居ないのに要らないよ」


と言ってくれたのだが、


「それでも…」


と食い下がる私に、ロッシュさんは大銀貨1枚だけを受け取り、


「では来年分としてこのお金は預かるから、住民総出で春までには家を住める様に掃除しておくよ」


と言ってくれたのだった。


それから、


「あの家は家具は少々ボロだけど備え付けがあるし、壊れていたら俺が直してやらぁ」


と、家具職人のビットさんが胸をポンと叩き、


「でも、寝具は必要かな…」


などと、次は私の引っ越しの荷物の相談が開始され、


「ロッシュさん何か書くものはないか?」


と、集落の皆さんはまるでお使いに向かう子供に持たせるかの様な、


『春までに用意する物』


というメモを作成して私に渡してきたのだった。


ロッシュさんからは、


「ここは田舎だからね。買い物は計画的にしないと生活が出来ないんだよ…

引っ越し前から不便な現実を見せてしまって心苦しいのだが…嫌になってないかい?」


と、私が不便さに嫌気がさしていないかと心配されてしまった。


その後、


「そろそろ出発しないと日が暮れるな…」


というジャックさんの言葉で会議は終了し、集落の皆さんに見送られたのだが最後には、


「絶対春に引っ越してきてね…」


と葡萄農家の娘さん姉妹に念を押されながら再びジャックさんにコボ村まで馬に乗せてもらい集落を後にしたのだった。


皆さん優しそうな人達で良かったよ…

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