第9話 旅立ちの日

領主であるマール男爵様の決定でスラムは完全に更地となる事が決定して、正規の住人になる手続きが出来ない者は他所に行かなければならない事になった。


正直なところマール男爵軍の元傭兵だったスラムを仕切る親分さん達と、冒険者崩れの盗賊団とのメンツをかけた縄張り争いに巻き込まれる形となり大切な物を沢山失ったスラムの住人であった私や生き残った方々であるが、初めて見るマール男爵様が、


「私がもっと早くスラムの整備に乗り出していれば…」


と私達に頭を下げてくれている事に少し驚き、スラムだった区画の一部を母達の共同墓地として提供してくれて、今回親を失った子供達をその墓地の近くに建てる孤児院で面倒を見てくれるらしく、スラム出身者の数名も職員として雇ってくれる事になったそうだ。


『前世も合わせて私の知ってい中でもかなり良いお貴族様だと思う…』


と目の前の偉そぶらない優しそうな男爵様を私は見ていた。


私も新しく出来る孤児院に誘われ下町の学校に行くように男爵様に派遣された方々にすすめられたのだが、読み書きも出来る私には学校に行くメリットが無く、母に楽をさせるという目的さえも無くなった今、残された使命はスキルのテストだけになったのだ。


それに、母との思い出があるこの土地に居る事がかえって辛くて仕方ないのもあり、


「母の葬儀が終わったら他の土地に移り住みます…」


と答えた私を家族の様に心配してくれたのは、母の最後を一緒に看取ってくれた治癒師のお弟子さんであるロランさんだった。


ロランさんは、既に破壊された我が家では葬儀が終わるまでの数日間すら過ごせないだろうと、私の寝床として治癒院の職員寮の空き部屋を貸してくれて、


「辛い思い出がある町から出たいんだね…」


と私の旅立ちを理解してくれたのだった。


そしてロランさんは、


「行く宛が無いのなら私の故郷の集落にでも移り住んでみるかい?」


などと言ってくれたのだった。


ロランさんの田舎は治癒師さんも居なければ、各種ギルドが有る隣村に行くにも丸一日仕事になるほどの集落らしく、とても不便ではあるが町のような面倒臭い人間関係で困る程も人間が居ないらしく、


『今の私には丁度良いかも知れない…』


と思い私はその提案に乗る事にしたのだった。


何処へ行くにしても旅の準備など服二着、下着三着のみで暮らしていた私にはギルド職員のジールさんから貰った肩掛けカバンに収まる程度の物しか無くて、崩れた自宅から持ち出せた物など知れている…

ただ、母と下町に引っ越す為に貯めていたお金が私の新生活の資金として手元に有る奇跡に感謝するしか無かった。


そして数日後…あの日抗争に巻き込まれて亡くなった方々の埋葬が終了した。


母の温もりは永遠に失われたのだが、母の左手に有った指輪が今は私の胸元で私に勇気を与えてくれているので何処に行っても生きて行ける気がする。


ロランさんからの紹介状を持って私はマールの町から東に約1ヶ月程の場所に位置するコボという村に馬車で移動して、そこで春まで過ごしてからコボの村から北に1日程のロランさんの故郷に向かう事にした。


なぜすぐにでも引っ越さないかというと、冬支度もしないまま田舎に外部の人間が移り住むなど食糧の事もあり迷惑な話でしかない事ぐらいは理解ている。


なので、一度集落へは挨拶に向かい春に引っ越せる様にお願いして、私は春までコボの町でGランク冒険者として村の方々への挨拶代わりにお手伝いクエストなどをこなして引っ越し準備を整えるという予定である。


ロランさんの話では冒険者ギルドの支店もコボの村にはあり、ギルド経営の安宿もあるそうなのでギリギリ何とかなるだろうし、春からの集落での寝泊まりに関してはロランさんが、


「心配ない」


と言ってくれた言葉を信じようと思う。


治癒院の職員寮で過ごすこの数日間は、まだ完全には癒えない母を亡くした哀しみと、あれだけ憧れた中町で寝起きしているという不思議な感覚でぐちゃぐちゃな気分であった。


しかし、そんな精神状態の中でも旅立つ予定のコボの村周辺の情報を調べる為に図書館や冒険者ギルドの資料室を巡り少しは気が紛れたのだが、ただ、中町の人々は口々にスラムで有った抗争の噂をしており一部の盗賊団とそのリーダーは捕縛を逃れたと聞いた時には何とも言えない嫌な気分になった。


それに捕まった盗賊団の中にカールという12歳になったばかりの少年はいなかったという話だったので、あの馬鹿は私の母を殺した一団にまだ居て、一緒に逃亡しているのだろう…自分の父親が私の母の仇を相討ちで倒してくれた事も知らないのかも知れないが、どちらにしても生き残った近所の方の話からも我が家に賊が踏み込んだ時にはその賊の中に奴は居て、少なくともライルおじさんが乱闘を始めるまでは母が脅されている現場も…いや、もしかすると刺されて倒れるまで見ていたかもしれない。


それでも己の行いを恥ずかしいと思わないのであれぱ奴の人間としての将来もそれまでだろう。


私としては、


『牢屋にでも入っているのであれば恨みの一つでも言ってやりたかったが、もうそれすらも興味が無くなった…』


というのが本音である。


そして私は葬儀が済んだ翌日に治癒院の方々や葬儀に関わってくれた役人の方々に御礼を述べてから本格的な冬が始まる前に私は何かに追い立てられる様にマールの町から旅立ったのだった。


冬場は出稼ぎに出ていた冒険者の方々も故郷へと帰るらしく乗り合い馬車には私と同じくコボの村を目指す冒険者のおじさんが乗っていた。


そのおじさんのおかげで道中に乗り合い馬車の前に立ちはだかる森狼などの魔物もあっという間に倒してくれて安全な馬車の旅になったのだが、私にとって一番の収穫はおじさんからコボの村の話を聞けて、


「森奥の集落に引っ越すのなら畑を荒らすジャッカロープやネズミ魔物の駆除の為の箱罠作りの名人を紹介してやるし、あの集落の長なら俺もチョイと顔が効くからな…あいつは俺の幼なじみなんだよ」


と言ってくれて新天地での良い人脈が手に入った事である。


そんな長旅の後で無事にコボの村に到着したのだが、出稼ぎ冒険者のジャックさんは、


「モリーの嬢ちゃん、雪が本格的に降る前に森奥の集落の里長に息子からの手紙を渡し行こう!馬を出してやるから…」


といって自分の家族への挨拶もそこそこに、


「母ちゃん、この嬢ちゃんが森奥の集落に越してくるらしいから、里長のところまで送ってくるよ。

帰りは多分明日の昼過ぎかな?…春まではこの村で暮らすらしいからメイに明後日に村を案内してあげる予定にしておいてくれる様に言っておいてくれや。

じゃあ、遅くなるといけないから…」


とあわただしく自宅の馬小屋から馬をつれてくる。


私は呆気にとられているジャックさんの奥さんらしき女性に、


「マールの町から来ましたモリーと申します。帰宅したばかりなのに私の為に…大変申し訳ありません。

なるべく早くジャックさんがご自宅でゆっくり出来ます様に出来るだけ急いで戻りますので…」


と、私が頭を下げるとジャックさんの奥さんは更にキョトンとして、


「こんな小さいのに丁寧な挨拶を…あんた何処のお貴族様の娘さんを拐ってきたんだい?!

自首するならアタイもついていってやるから!!」


と馬を連れてきたジャックさんに叫んでいる。


ジャックさんは、


「詳しい話は帰ってからだ!急ぐから行くぞ!」


というと、ジャックさんの奥さんは、


「まちな、寒い森の道を半日は走るんだから…メイ!!」


と家の中に声をかけると、私と同じぐらいの年の女の子がまだ暖かそうに湯気のあがる丸いパンを持ってきてきてくれた。


「はい、お母さん…言われた通りにさっき焼き上がったパンにリンゴのジャムを挟んで来たから」


というと、ジャックさんの奥さんは、


「寒さに耐えるには甘くて暖かいのが一番だからね!食べてから行きな…」


と、一つを私に渡して、


「アンタもだよ!」


とジャックさんにもう一つを渡してから、


「モリーちゃん、多分今からなら向こうに着くのは夕方だよ、きっとその格好では寒いよ」


というと、さっきパンを運んできた少女が、


「あの…使って」


と、玄関口に掛かっていた暖かそうなコートを貸してくれたのだった。


「うちの旦那は行動力はあるけど、こういう所に気が効かないんだよ…」


と、少し旦那のジャックさんの悪口を本人に聞こえる様に言ったのちに、


「慌てなくて良いから安全に送ってあげて!」


とジャックさん指示を出していた。


それから私はパンを頬張り、暖かいコートを着た後にジャックさんの操る馬に乗せてもらい昼でも薄暗い森の小路を走りロランさんの生まれた北の集落を目指したのだった。

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