第8話 お母さん…
この年の秋…もう冬ごもりの準備も終わり後は冬の訪れを待つばかりといった時期に私の人生は大きな転機を迎えることとなった。
その日の朝、私はライルおじさんに教えてもらった飛びリスという木から木へと滑空して移動する小型魔物の罠の見回りに出かけたのだった。
「普段は木の上の果実や花を食べる飛びリスだけど、この時期だけは地上に落ちる木の実を腹一杯食べて近くの木に登り自分の巣へと飛んで帰るから、木の実が沢山落ちている木の幹の登り易いとこら辺にスライムの粘液と苦カズラっていう植物の樹液を混ぜた物を塗ってごらん」
というアドバイスを実戦してみたのだが、驚く事に私の塗った罠3つのうち2つに飛びリスがかかっていた。
「やったね!帰って解体して魔石と毛皮はギルドで買い取ってもらえるし、お肉は…あまり食べるところが無さそうだけどスープの具材にはなるかな?」
などとウキウキで革製の水袋から水を注ぎながらナイフで絶命させた飛びリスをスライムの粘液から剥がしていく、ここで焦れば折角の飛びリスの毛皮がダメになってしまう。
飛びリスの毛皮はその伸縮性のある皮膜部分と柔らかな毛並みから高級な皮手袋の素材になるのだ。
「私もこんな暖かそうな手袋が欲しいけど…いや、贅沢はダメだ!夏から秋にかけて頑張ったから、もう少しお金が貯まればマールの町の市民としての登録料を払えるし、スラム近くのボロ家ならば無理をすれば借りれるぐらいに春になればまた稼げると思うからね…」
などと言いながら少し肌寒い中で冷たい水を使い丁寧に飛びリスの腹に絡み付くスライムのニチャニチャを洗い流してから、
「よし!お婆ちゃんとライルおじさんに初獲物を見せに帰ろう!!」
と、自宅へと向かったのだが、私がスラムへと到着する前から既にスラムからただならぬ雰囲気が漂っていたのだった。
そしてスラムに足を踏み入れた私の目に映った物…それは正に戦場…前世で私が最後に見た風景に近かった…
人が倒れ、スラムの手作りの小さな家々がなぎ倒されて所々で火の手が上がり、最悪な事に鎧を身に纏った兵士がスラムに居るのである。
魔物が乗り込んでもイザコザが有っても介入しない兵士達がスラムに居る事だけでもスラムの終焉を物語るという状況であるが、私にとってそれよりも最悪なのは私とお婆ちゃんの小さな家がなぎ倒されて、その前では兵士の方々が連れて来たのか治癒師の方々が数名の治療を行い、その中の一人の治癒師さんがどう考えてもお婆ちゃんの様な服の人に治癒魔法をかけていたのだった。
私は無我夢中で瓦礫が散乱するスラムの小路を駆け抜けて家へと向かうと、以前我が家に来てくれた治癒師さんの弟子のお兄さんが、
「ククルさん!痛み止めです…飲めますか?!頑張って!!」
と必死にその処置を施している人に呼び掛けているのが聞こえた瞬間に私の頭の中は真っ白になってしまった…
呼び掛けるセリフから、
『お婆ちゃん?!…』
と、理解した頭と裏腹に、
『そんな筈はない!…』
と、その情報を拒絶しだのだが、血に染まった服の女性に焦点が合い鮮明に見えた私は、確かに今朝早く出掛ける私を見送ってくれたお婆ちゃんの服装である事を確認して尚、私は
『いや、顔を見るまでは…』
と、納得出来ない心のまま最後の最後まで、
『違う!そうじゃない!!』
と願いつつ駆け寄った私は最悪な現実を突き付けられたのだった。
「お婆ちゃん!」
と叫び声の様に呼んだ私の声に反応したお婆ちゃんは、
「モ…モリー…おかえり…無事だったかい?」
と言って、私を少しでも心配させまいとウッスラと微笑む。
「私よりお婆ちゃんだよ!お薬…そうだお金は有るからハイポーションをわけてもらうから…」
と私の無事などどうでも良いから治療をして欲しいとお弟子さんに目で訴えるのだが、お弟子さんは凄く切ない表情で、
「モリーちゃん…ククルさんとお話してあげて…」
と告げる。
私はその表情と言葉から、
『お婆ちゃんは多分もう助からない…ポーションを飲んでも治癒が間に合わずに痛みだけは忘れるかもしれないが眠りながら安らかに息を引き取るだけのダメージを負ってしまったのだ…』
と理解して、痛みに耐えながらお婆ちゃんが私にそうしてくれた様に私もお婆ちゃんを心配させないように努めて明るく、
「私は森の入り口に行ってたからキズひとつないよ。そうだ飛びリス二匹も獲れたんだよ…凄いでしょ!…」
と告げるとお婆ちゃんは、
「そうかい…もう、私が居なくても大丈夫そうだね…」
と、少し安心した様に呟くのだった。
その言葉を聞いた私は、
『お婆ちゃん嫌だ居なくならないで!』
と泣き叫びたい気持ちを押さえながら、
「沢山魔石も集めれる様になったから…今度はお婆ちゃんを楽させてあげる番だよ!
下町に引っ越して軟膏屋さんを二人でやろうよ」
と私が少し震える声で言うとお婆ちゃんは、
「モリーからはもう沢山の幸せをもらったから、これからは自分の為に頑張りなさい…」
と、力なく私の頬を撫でて知らないうちに零れ落ちていた私の涙を拭ってくれ、そして、
「モリーや…お婆ちゃんのわがままを聞いてくれるかい?」
と私に聞くのだった。
私は、
「うん、何でも言って!何でもするよ!!」
と伝えると、お婆ちゃんは少し恥ずかしそうに、
「年が離れ過ぎているからずっと『お婆ちゃん』って呼ばせていたけど、一度で良いから『お母さん』って呼んでみてくれないかい?」
という…
「何回だっていうよお母さん!
私のお母さんはこの世界中探したってククルお母さんだけだよ。
私もお母さんって呼びたかったの我慢してたんだから…だから…だから…」
と震える声で必死に気持ちを伝える私に満足そうに微笑む母は、
「あっちで旦那様に自慢してやろうかな?…先におっ死んでしまうから『お父さん』って呼んでもらえなかったんだ…ってね…」
と、徐々に弱々しくなる声で言った後で、
「モリー…最後に…笑顔を見せておく…れ…」
と言ったあと、私の大好きな母は愛おしい旦那様の元へと旅立ってしまったのだった…
「お母さん…最後のお願い…笑えって…難し過ぎるよ…」
と涙を流す私に治癒師のお弟子さんは、
「ちゃんと笑顔で見送ってあげれましたよ…」
と私を慰めてくれたのだった。
まだ、治療を必要とする人が瓦礫の中から兵士ん達に助けられ、戦場の様な光景にも慣れはじめ、母の死を少しずつ受け入れつつあった私は、救助の邪魔になるからと下町の教会まで移動させられ、そこでこの様な惨事になった経緯を兵士さんから教えてもらったのだが、聞けば聞くほどに母を亡くした哀しみよりも怒りが込み上げてくる内容だったのだ。
最近調子に乗っていた冒険者の一団…いや正確には冒険者崩れの盗賊団といった方が正しい連中と、その集団に堪忍袋の緒が切れたスラムを仕切る親分さんの抗争が今朝方いきなり始まったらしく、双方の小競り合いは仲間の死を皮切りに居住区などということも関係なく無差別的にスキル使い殺し合うというさながら戦争のようなモノに発展してしまったのだそうだ。
スラムに建ち並ぶ小屋をなぎ倒しながら何時間にもおよぶ戦闘の後に一度双方立て直しをはかったらしく、盗賊団のチームが仲間の傷の治療の為に我が家に押し入り薬類を要求したらしい。
無論、我が家に軟膏程度だが薬が有ると盗賊達に報告したのは家を飛び出して奴らの子分になったカールのクソガキである。
しかし、断固拒否して追い返す母との騒ぎを聞きつけて近所の方々が現れた中に盗賊一味に加担する息子を見つけたライルおじさんが居て、
「この恥さらしが!」
と怒った事により事態は悪化してしまったらしく、我が家の周辺でも盗賊達が暴れて、それを止めようとした住民との戦闘がはじまり、それを聞きつけた親分さん達一派が乗り込み我が家周辺も凪払われる結果になったらしい…
そして朝からの戦闘であちらこちらから火の手があがり、それを見かねた領主様の判断で兵士団がスラムへの進軍を指示したという流れなのだそうだ。
暴れていた奴らは大概捕縛され罰を受ける予定であり、怪我人は一時的に治癒院預かりになり、それ以外のスラムの住民はこのスラムの解体に合わせて町から退去という運びになるらしいのだ。
だが、追放に関して私は何の感情も無い…母が居たからこの町に居ただけの私はもう何処へ追い出されても関係はない…ただ、母を失った事だけが悔やまれる…
しかし、息子の目を覚まそうと盗賊の一味に成り下がったカールに殴りかかり、盗賊団と住民の争いを生んだライルおじさんには一言ぐらい言ってやりたかったが、おじさんは既に薬を差し出すのを拒否した母が気に入らなかった様で、
「生意気だ!!」
と理不尽に母を刺した盗賊を道づれに母より一足先に旅立ったあとだったらしく私の怒りは何処にもぶつけられずにいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます