第7話 親の心子知らず

お婆ちゃんが元気になり一緒に草原へ薬草摘みに行ける様になった。


二人がかりなので薬草摘みがはかどるし、空いた時間でのスライム狩りから最近では夏になり増えた小型魔物を家の畑用の農具を持ち出して冒険者ギルドで調べた比較的弱い虫魔物を狙い倒してはスライムより大粒な魔石を集めている。


虫魔物の素材はあまり欲しがる人がいないのだが、カールお兄ちゃんのパパであるライルおじさんが魔物の罠に使う為に何匹か虫魔物の死骸を希望していたので二匹ばかりカゴに入れて持ち帰ることにしている。


「これがお肉に化けるのだから安いものだ…」


と呟きながら私はバッタの魔物の入ったカゴを背負い、お婆ちゃんには軽い薬草の入ったカゴを背負ってもらい昼頃に家路につく。


ライルおじさんは早朝と夕方に罠の確認に行くので昼間は家にいる。


なので、自宅に帰る前に先におじさんにバッタを届けるのだが…なんだか最近おじさんの元気が無い…

心配になりお婆ちゃんと二人で話を聞いてみると、どうやら息子であるカールお兄ちゃんが原因らしいのだ。


ライルおじさんはCランク冒険者であるが、それは片腕を失う前の実力であり、今は罠を使って森ネズミなどを捕まえるのがやっとの状態で強さとしてはDランク…いや、元々は弓使いだったらしくて片腕になった今はその弓は使えない為に単純な攻撃力としてはもっと弱いのかも知れない。


そして、憧れだったCランク冒険者の父があまり強くない事を自分も冒険者をやり始めて気付いてしまったのか、はたまた誰かから云われたのか…カールお兄ちゃんは最近になりライルおじさんを馬鹿にしたような事を言って軽い喧嘩になり、それ以来家に寄り付かなくなったというのである。


ライルおじさんは、


「確かに、下町に家すら借りる甲斐性もないからな…痛いところを突かれてカッとなっちまって…」


とポツリと言ってうつむきながら、


「嫁にも息子にも甲斐性無しと言われて出ていかれたんじゃ…」


と、その後の言葉を詰まらせていた。


私は思わず木箱に座りうつむきながら涙を流すライルおじさんにギュっと抱きついて、


「おじさんは頑張ってるよ…ライルおじさんの凄さが解らないカールお兄ちゃんがガキなだけだよ…だから元気だして。

カールお兄ちゃんがもう少し大人になったらおじさんの凄さが解るはずだから…」


と慰めてみたのだが、ライルおじさんは、


「あはは…やっぱり女の子の方がしっかりしてるな…とてもカールより4つも下とは思えないや…」


と、クシャクシャの笑顔で私の頭を撫でてくれたのだった。


記憶が戻る前の私には悪いが私の淡い初恋はこの話を聞いてスンっと音もなく消えてしまい、もはや何処を探してもカールお兄ちゃんへの良い感情は見当たらない…むしろ、


『こんな良いお父さんを泣かせるクズ野郎』


という評価しか彼には残っていなかったのである。


ライルおじさんは、


「カールだけならば下町の安宿をねぐらにして冒険者稼業で食べて行けるさ…門を通る為の大銅貨七枚だってジャッカロープを一匹狩ればお釣りが来るからな…」


と言ってから、


「俺はモリーちゃんとククルさんに罠用のエサをもらったからその代金分の肉を狩に行くとするよ」


と元気に出かける用意を始めるのだった。


こちらの世界の冒険者ギルドの資料と私の前世の知識から、おじさんの指導で弓を使える様になったカールお兄ちゃんがメインで狙うジャッカロープと呼ばれる角ウサギはその角は勿論のこと毛皮に肉と難易度のわりには稼ぎが良い獲物なのだろうが、警戒心が強く罠にはかかり難い獲物なのだろう。


一方で、角ウサギより警戒心が薄く繁殖力にものを云わせてこの世界で繁栄している森ネズミをターゲットにしているライルおじさんは矢じりなどに加工される前歯の素材以外は、ゴワゴワした毛並みの皮は敷物にするには手触りが悪く、毛を処理して鞣し革にするには剛毛な為にあまり高値にならず、肉も庶民向けなので単価が安いのだと思われる。


『おじさんが万全な状態であれば余裕で下町どころか中町にでも家が持てただろうに…』


と、ライルおじさんの悔しい気持ちを考えると、益々カールというガキに嫌悪感しか湧かない私だった。


それから暫くして、私とお婆ちゃんは下町の広場で定期的に行われる市場にて傷軟膏や痒み止め軟膏を売っていたのだが、そこであまり嬉しくない噂を耳にする事になった。


それは最近他の街で問題を起こした冒険者の一団がこのマールの町に流れ着いたという噂である。


素行が悪い奴がスラムに流れ着くなど良くある話ではあるが、スラムを仕切っている親分さん達がどうやらその一団に負けたらしいのだ…

私達の様にスラムで暮らす人間でも親分さんの存在は知っているが詳しい事はあまり知らない。


大きな問題を起こしたり領主様に逆らわない限り排除されない約束のスラムにおいて親分さんはスラムでの魔物の出没や住民同士の問題を町の兵士に代わり治める組織のようなものであり静かに暮らす分にはお世話になる事はなく、しかも、


『守ってやるのだから金を出せ!』


みたいな事も言わない良い親分さんなのであるが、何故か町では暮らせない集団らしい…

しかし、そんな脛にキズのある者ばかりのスラムではそんな事は誰も気にしないし、下手に知りたがるとイザコザになる事も理解している。


だが、今回新たに流れ着いた冒険者の一団はスラムで問題を起こして親分さん達と対立したそうなのだ。


親分さんのところの若い衆とその冒険者達はあえて町の外で喧嘩をしたのだが、冒険者の一団の方が数がいた為に返り討ちにあってしまい、親分さんとしても報復などすれば領主様に目をつけられる事になり手が出せずに、益々冒険者の一団が調子に乗っているらしい。


まぁ、イキった馬鹿が調子に乗るのは勝手だが、どうやらカールお兄ちゃんがその冒険者の一団の下っぱとして参加しているみたいなのである。


『悪い連中の仲間になったか…』


と、私は初恋のお兄ちゃんが墜ちていく様にガッカリしてしまったのだが、その話を聞いて私よりガッカリしたのがライルおじさんであった。


「スラムで育って親分さんに弓を引くとは…」


と、おじさんは残された片手で頭を抱えながら大きなタメ息をもらしていた。


そして、


『本当に…どれだけ親を心配させて悲しませたら気が済むのやら…』


と呆れる私もこの問題に巻き込まれる事になるのだった。

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