第4話 春の草原にて

月日は経ち私は七歳になった。


相変わらずお婆ちゃんとスラムで細々と暮らしているのだが、少し変わった事としては商家の娘だったお婆ちゃんから読み書きを習い本が読める様になった事である。


私には前世の記憶があり計算などは習わずとも何とかなったのだが、言語は記憶が戻る前に覚えた為に苦労はしなかったのだが、新たに覚えるこちらの文字は前世の記憶が邪魔して…というか一度前世の言語経由で変換してからになる為にかなり手こずったのだが、それでもお婆ちゃんは、


「モリーは物覚えが早いね…これは何としても学校に…」


と言ってくれたのだが、正直なところ、


『文字さえ覚えたらこっちのモノ』


なのである。


下町の子供達が通う学校にスラムの子供用の割高料金を払って通うメリットが感じられない私は、


「文字が読めたら中町に有る図書館に行けば何だって解るし、私はお金を貯めてお婆ちゃんとスラムを出て下町で暮らせる様になるのが夢だから!」


というとククルお婆ちゃんは少し寂しそうな顔をして、


「ゴメンねモリー…もっと稼げたら…」


とポツリとこぼすのだが、私は慌て、


「お婆ちゃん違うから!私はスラムが嫌とかでは無くて、スラムから中町に入るのにもお金が掛かるし、下町の住民でないと図書館でもお金が掛かるからだけで…それにお婆ちゃんの膝の治療も入門税が要らなくなるし、下町に引っ越せたらちょっとだけ中町の治癒院まで近くなるかな?って…」


と、スラムの暮らしに不満がある訳ではない事を必死に訴えたのだが、益々ドツボにはまって行く気がした私は、


「薬草摘んで来るね!」


と言い残して自宅から草原へと足早に向かったのだった。


昨年の秋に冬場に採集出来なくなる薬草類を多めに集めて冬場に小出しに軟膏にして売る為に、私とお婆ちゃんはいつもは行かない森の近くまで薬草摘みに向かったのだが、そこで運悪く猪魔物に遭遇してしまってしまったのだ。


猪魔物は驚き、威嚇も兼ねた突進を繰り出してそのまま走り去ったのだが、私を庇ったお婆ちゃんは膝を強か近くの石に打ちつけてしまいそれ以来歩くのが辛くなってしまった。


「冬場に休めていたら春には治るよ」


と言っていたお婆ちゃんの膝は春になった現在も下町の広場に軟膏を売りに行くことすら辛い状態のままなのである。


カールお兄ちゃんのパパさんは、魔物との戦いで片腕を失い満足な稼ぎが難しくカールお兄ちゃんと二人でスラムに流れ着いた冒険者さんであり、私達を襲った猪魔物の話をすると、


「聞いた大きさ的にダッシュボアだろう。

多分だが時期的に食い物が豊富で腹がいっぱだったのと、群れでなく単独個体だったから追撃されなかったのかもな…まぁ、不幸中の幸いだったな」


と言われて、


『タイミングが悪かったら死んでたかも…』


と理解し背筋に冷たい物が流れた私だった。


なので本音をいうと少し草原や森の入り口付近に薬草摘みに行く事が恐ろしくなってしまったが、お婆ちゃんを歩かせる訳には行かずに私は一人で草原に通っているのが現状なのである。


草原はこの時期は駆け出し冒険者達が増えて薬草の奪い合いになる為に少し広範囲に探さなければ必要量が手に入らないのだが、草原に広範囲に人がいる為に小型魔物などは散り散りになり遭遇する事が少ないので多少安全であるので良いのだが、夏になる頃には虫魔物などが増え、その虫魔物をエサにする中型魔物も草原に来る頃には一人で薬草摘みに行く事になるのが今から不安でしかない。


お婆ちゃんは今まで長年通った草原エリアであれば天候や風向き、果ては女の勘などを駆使して虫除けのお香を腰から下げただけで安全に薬草摘みを行っていたらしいのだが、私にその能力もそれに代わるスキルも無い…


『メディカ様達にお願いされたスキルのテストをするスタート地点に立つ前に魔物に殺られて死にたくないし…

お婆ちゃんに楽をさせてあげるにはお金が必要だし…なんで私には試作スキルの〈自宅警備〉しか無いのだろうか?』


などと、他にも追加で有用なスキルをくれても良かったのでは?と少し神々に不満を覚えている私だった。


そして、私は春の草原にて薬草を探しながら、


『前の世界では毎日剣を振ればウエポンスキルが生えたり、希ではあるがダンジョンでスキルカードを手に入れればスキルを追加で身につけられたのに…』


などと考え、それと同時に、


『あぁ、そのスキルが手に入るシステムの為にダンジョンが必要になるって言ってたな…』


と、生まれ変わる前に神々から聞いた言葉を思い出してお金が稼げる様になる有用スキルを追加で手に入れる願いは諦める事にしたのだった。


しかし、お金がないと下町に住めないから中町に無料で入れないし、お婆ちゃんの治療にもお金が必要だ…スキルで稼ぐのは無理そうだし…


などと考えつつ採集を続けながら前世の冒険者ギルド職員だった時の職員研修で初級ダンジョンに潜った時の事を思いだしていた。


荒くれ者の冒険者と渡り合う為に新人は初級ダンジョンに潜れる程の力…冒険者ランクでいうとDランクぐらいの実力が求められる。


その時上司から、


「スキルが無くても武器は使える!武器が使えればスライムぐらい倒せる。

そして、スライムが倒せたら人は少しずつでも強くなれる!!」


と言われスキルの有無で冒険者を見てはいけない事と、成長スピードこそ違うが誰でも強くなれるチャンスがある事を教わった。


私の村に娯楽が無かった事もあり、冒険者ギルド職員の私も仕事が休みの時には初級ダンジョンに潜ったりして近隣の森にならば調査に行けるぐらいには強くなれていた…まぁ、本業の兵士達には全く敵わなかったから村ごと全滅したのではあるが…


『いや、しかし私には知識という武器が!…』


と思ってみたのだが腕力も7歳の少女のモノであり、前世の冒険者ギルドで覚えた魔物の特徴や強さもこちらで使えるかも解らない…いや、似ている魔物で有っても少しの違いで命にかかわる場合だってある事は冒険者ギルド職員だったので理解している。


「これはカールお兄ちゃんみたいに冒険者登録をしてお金を稼ぐのは無理かな?…おじさんに冒険者としての訓練を受けて強くなっているらしいけど…」


と薬草探しの手を止めた私は腰をグィっと伸ばし空を仰ぎながら呟いたのだった。


この国での冒険者登録は十歳からであり、それ以下の年齢の者は仮登録として町の中での草むしりや溝掃除というお手伝いクエストのみが受けられるGランク冒険者として扱われる。


Gランク冒険者でもギリギリ食べて行けるらしいが、問題は冒険者ギルドが中町に有るという事がスラムに暮らす私にはネックであるのだ。


「やっぱり無理か…お駄賃を稼ぐ為にギルドに行ってもギルドに行くのにお駄賃以上門番に払う事になるな…」


とボヤきながら薬草を再び探し始めるの私だった。

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