第3話 スラムでの暮らし

私は現在、ザムドール王国という国の南東に位置し、南にあるシルフィード王国と南東に位置するアグアス王国との貿易で比較的栄えているらしいマールという町の下町の端にあるスラム地区に住んでいる。


マールの町は他国に向かう貴族の宿泊場も兼ねた貴族の屋敷や騎士団の施設のある上町と、ギルドなどを中心に商店や商会関係者などが住む中町が壁の中にあり、その外側に下町と呼ばれる職人や農家など暮らす地域がある。


そして更にその外側に私やお婆ちゃんが暮らしているスラムがある。


マールの町の下町と同じ様な場所であるがスラムでは魔物が出ても兵士が派遣される事は無く、イザコザが有っても基本的には兵士は関与しない…まぁ、その代わりと言っては何だが人頭税などの税金もかからずに暮らせるメリットは有る。


しかし、いくらスラムといえど目に余る問題を起こしたり、マール男爵家に害が有ると判断される人間が現れれば連帯責任で容赦無くスラムの全員が排除されるという暗黙の了解の元に私達は領主様の優しさから見逃されている状態で暮らしているのだ。


なので、スラムには腕はたつが素行が悪く町を追われた冒険者や、スキル等も無く家を買う事は勿論、借りる事すら出来ない低所得者に、果ては怪しいお尋ね者も居るらしいのだが皆スラムで問題を起こさない様に暮らしているので、この町のスラムは私の記憶に有る前世の下手な下町よりも比較的安全で暮らしやすいと思う。


ただマールの下町の者は中町に入る時に住民証を提示すれば無料で入れるが住民と認められていない私達は買い物などで中町に入る時に入門税を取られてしまうので日々の暮らしも大変である事が不便ではあるが違法滞在者を町の中心に何の枷もなく出入りさせる訳にもいかないと思うので仕方ないと言えば仕方ないところだ。


「モリーや、そろそろ行くよ」


と、お婆ちゃんが小屋の外で私を呼んでいる。


「お婆ちゃん待ってよ…それにあまり急かさないで…私、トイレ中なんだから…」


と、少し恥じらいながら私は共同トイレの小屋の中からお婆ちゃんに抗議するのだが、お婆ちゃんは、


「そんなの草原ですれば良いだろうに…」


と呆れている。


私は、


「嫌だよ、お婆ちゃん!私だって女の子だよ!!野グソなんて…」


というのだが、返ってきたセリフはお婆ちゃんでは無くて、


「モリーはウンコしてるのか…長くなるからもう少し後で来れば良かったな?」


という少年の元気な声だった。


私は、


「えっ?カールお兄ちゃん!?」


と驚き自分が現在この小部屋でとある作業中な事を忘れて飛び出しそうになってしまった。


小屋の外から聞こえる声は、私の前世の記憶が戻る前のモリーちゃんが大好きになった4つ年上の近所に住んでいるカールお兄ちゃんの声であった。


初恋とも言えるモリーちゃんの気持ちも私の中にしっかり有る為にカールお兄ちゃんを意識せずにはいられないのだが、無駄に年月を重ねた前世の私の記憶のおかげで、お尻も柔らかい草で拭くことすら忘れて小屋から飛び出して、


「これは違うの!ウンコじゃないの!!」


などと、恥じらいから理由の解らない言い訳をカールお兄ちゃんにする様な失態はせずにすんだのだった。


私は全てを終わらせて身なりを整えた後に、


「カールお兄ちゃん、トイレ中のレディに声をかけるなんてマナー違反ですわよ」


と、冷静なフリをしながら共同トイレから出たのだが、カールお兄ちゃんは、


「はいはい、ゴメンよ。ウンコに集中出来なかったか?」


と笑っている。


私は大好きなカールお兄ちゃんの言葉に物凄く恥ずかしくなり、


「もう!お婆ちゃん薬草摘みに行こう!!」


と、お婆ちゃんの手を引っぱりながら草原へと向かったのだった。


私とお婆ちゃんの暮らしは朝早くに薬草を摘みに行って、お昼からは自宅の小屋に戻り、お婆ちゃんが傷軟膏などの調合をして私は摘んできた薬草の乾燥作業をし、7日おきに下町の広場で開かれる市場でお婆ちゃんと二人で薬を売り現金収入として、空いた時間に小さな菜園で野菜を育てて食材の足しにするといった生活であり、カールお兄ちゃんのお父さんが冒険者として倒した魔物の肉を傷軟膏などと物々交換してくれるので、私達はスラムでギリギリの生活であるが比較的充実した食生活をおくれている。


お婆ちゃんと二人で草原で下を向きながら薬草を探していると、


「モリーが大きくなって薬草摘みのお手伝いが上手になったからお婆ちゃんは楽が出来るよ」


などと誉めてくれるお婆ちゃんだが、私が育ったと同時にお婆ちゃんは年を取り腰を曲げた作業が大変になってきているので生産性はあまり変わらずである。


しかし私が、


「もう少し大きくなったら私一人で薬草を摘みにこれるからお婆ちゃんは家でいっぱい軟膏を作ってね…もっと大きくなったら何処かに勤めに出てお婆ちゃんをもっと楽させてあげるからね」


と言いながら私が頑張って薬草を摘んでいるとお婆ちゃんは笑いながら、


「そりゃ楽しみだけど、何処かに勤めに行くには学校に行くか、せめて読み書きが出来ないとね…これは沢山軟膏を作らないと…」


と、手を動かしているのだった。


私がこの世界に生まれた理由は私に与えられたダンジョンを管理するためのスキルを使い、そのスキルを育てる事であるが、転生前に聞かされた話ではこのスキルを使うには自分の土地が必要となるらしい…

つまり何処でも構わないが、土地を購入するなどをしないとスキルを使うことすら出来ないのである。


しかし、お金を貯めて土地を買うという前に私としてはお婆ちゃんに楽をさせるのが第一目標なのだ。


ククルお婆ちゃんは、


「私が初級の軟膏だけでなくてポーションなんかも作れたら町に住んで学校にも入れてやれたのに…」


と少し残念そうに語りながら毒消し草の葉を千切って採集していたのだが、私が、


「お婆ちゃんが町に住でいたなら、スラムの端に捨てられていた私がお婆ちゃんに拾われてなかっただろうし…私としては困っちゃうんだけど?」


というとお婆ちゃんは、


「はっはっは…そうだね」


と嬉しそうに笑い、


「修行の途中で借金して潰れた実家と、無一文で死んでしまった旦那様に感謝しないとね…こんな良い娘を拾わせてくれたんだからね」


と、少し反応に困る様なセリフを言っていたのだった。


薬師の修行の途中で借金のカタに娼館に売られたお婆ちゃんは初級軟膏しか作れずに、必死にお金を作って身請けしてくれた旦那様は無理な依頼を受けて亡くなってしまい、失敗したその依頼の違約金まで背負う事になり、持っていた全てを売りはらってスラムに流れ着いたというお婆ちゃんであるが、彼女は再び娼婦でもすれば町に住む事だって出来たはずであり、蓄えだって作れて薬師の修行は勿論のこと何かしらの商売を始めて中町に住む事だって出来たはずであるが、彼女はその安易な結論には決して至らなかったのだ。


スラムで暮らしながら作れる知識の範囲である軟膏を作り、スラムであるが安定した生活を送る努力を何年も続けている。


お婆ちゃんの軟膏は他の駆け出し薬師が練習で作る軟膏よりも、そればかりを繰り返した職人が出せる様な安定した高い品質を誇っており、ポーションよりも安価で日持ちもする為に駆け出しの冒険者や職人達に重宝されているのだ。


他の人から聞いた話だが、昔の客だった何処かの商会の会長が


「お妾さんに…」


との話も有ったそうだけど、


「旦那様は生涯一人!」


と言いきりその話を蹴ってまでスラムで暮らす決断をしたカッコいい私の自慢のお婆ちゃんを何としても幸せにしたい…

そう思いながら私は薬草を必死に採集するのだった。

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