第29話
「あなたには面倒事のほうから寄ってくるのよ、石平彰刑事。そういう星の下に組み込まれちゃったの。責任感が強くて、誠実だから。でも仕方がないわね。私が愛してしまったくらいだもの。面倒事からも好かれるに決まっているわ」
クリスマスツリーの飾りつけをしていると明里が唐突にそんなことを言った。俺はちょうどツリーのてっぺんに星飾りをつけようと脚立に上がったところで、右手に持っていたそれをじっと見つめる。照明の灯りを跳ねて黄金に輝いていた。
「『星の下』って言うのは『運命』っていう意味か?」
「似ているけれど少し違うわ。私が伝えたいニュアンスはね。あなたはそういった星の下に生まれたわけじゃなく、そういった星の下に組み込まれちゃったの。偶然みたいな事を言いたいわけじゃないのよ。シミュレーションや計算にもとづいて計画的に実行されてる、って言うのかな?」
「計画……計算? 誰だよ、俺をそんなところに組み込んでくれちゃったのは……」
「サンタクロースとかじゃない?」
脚立から降りると期せずして俺は星の下にいた。俺自身が飾りつけた星の下に。暗に『己の人生は己で決めるものだ』などと傲慢な主張がしたかったわけではない。ただの偶然だ。しかし金色に輝く星を見上げながら思う。もしも自分自身の手で、己を、面倒事を引き寄せる星の下に組み込んでいるのだとしたら、それはもう随分と滑稽な話だなと。
「そんなクリスマスプレゼントはいらねえよ。面倒事だなんて。まあ、でも、俺みたいな馬鹿からすれば、明里とかAIとか優秀な奴らが考えるような計画は欠片も理解できないからな。そうなると大差ないんだよな、運命と。誰かの意思で星の下に組み込まれていようと、神様の手の平の上で転がされていようと、俺はどっちにも気づけないから。成すがまま、成されるがままだ」
次の飾りを手に取ろうとして俺はその場に固まった。背筋に寒いものが走った。森木東明里が同様に飾りつけをする手を止め、その美しく整った顔に酷く不快そうな表情を浮かべていたから。彼女は大きく笑うようなことも少ないけれど、逆に不機嫌さを露わにすることも稀だった。だから少々驚いた。
「優秀な奴『ら』って? 彰からすれば私もAIも同列なの?」
「……いや、まあ、明里はAIのように優秀だから。天才科学者だし」
「私って人工知能みたいでつまらないかな?」
「んっ? どういう意味だ? AIって人間よりよっぽど面白いじゃないか? なにより優秀だしさ。俺みたいな無能な人間の方が、よっぽどつまらない存在だろう?」
「ああ、そうか。そうね。彰はそういう人間だったわ。ごめんなさい。私の勘違いよ。あなたは掃除用ロボットとかドローンとか、そういったものにも人間と同じように声をかける人だものね。本当に変わっているわ。さすがは天然記念物よ」
「何にでも? 俺はコーヒーカップには声はかけないぞ?」
「言葉の綾よ。言葉の綾。『綾』って言うのはね、物の表面に現れたいろいろな形や色彩、模様のことを言うの。特に線が斜めに交わった模様を指すの。あやぎぬの意味を持つから、美しいとか上品とか奥ゆかしいといったイメージもあるのよ。良い言葉よね。響きもいい。いつか子どもを持つとしたら女の子なら綾って名前を付けてもいいかも?」
「上品で美しくて奥ゆかしい? 明里に似たなら、ぴったりだな。俺に似たなら……ちょっと名前負けしそうで困りものだが……」
「見た目なんて、どうとでもなるわ。大切なのは中身よ。ところで、ちょっと気になったんだけど、彰はどんな基準で声をかけてるの? テーブルにだって声はかけないでしょ? でも掃除機にはかけているわよね?」
「……言われてみると……難しいな。感覚だから。喋るものには声をかけるし、あとは、そうだな……動いてるもの? でも回転寿司のレーンには声をかけないしな」
「なるほどね。『話すもの』と、それから『自律的に動くもの』ってところかしら? ただ動くってだけじゃなくて、意思をもって動くっていうのかな? 人間から見て予測できない感じに自動的に動くもの。違う?」
「それだ。さすがは明里だ。相変わらず言語化が適切だな。それだよ、それ。自分で考えて動く。それって人間と変らないだろ? だから声をかけちゃうんだよ」
「人間と変わらない? 掃除ロボットは『掃除をしなさい』ってプログラムされてるのよ? 同じではないでしょ?」
「いや、同じだろ? プログラムって言っても、ざっくりと『掃除をすること』って指示されているだけで、あとは自分で考えて掃除をしているんだから」
「……彰からすると……同じ、なの?」
「警察官は犯罪者を捕まえなさい。対象はこれです。あとは自分で考えて行動しなさい。なっ? 俺だって、そんなものだ。もっと言えば生まれた時に……DNAっていうのか? 『あなたは八〇歳まで生きなさい』とかプログラムされているんだろ? 不摂生してそれより先に死ぬのも自由だし、与えられた寿命をまっとうするのも自由ってなだけで」
「彰って本当に面白いわね。だから好きなのよ。いつまでも一緒にいたいわ」
「やめろよ、恥ずかしい。それに『いつまでも』って、そりゃあさすがに無理だろう? 明里の好きな草花だって、いつかは枯れるんだし。『散るからこそ、それまでが綺麗だと感じる』とか、そういうもんなんじゃねえのか?」
「あら? そんな例えを引っ張り出してきて、彰は浮気でもするつもりなの?」
「しねえよ! なんでそうなるんだよ!」
「じゃあ、永遠の愛ってことで良いじゃない?」
「……生きている間限定の愛とか、そういうことを言いたいんだよ。他の女がどうこうは違うって言うか、他は目に入らねえよ……って、何を言わせるんだ。恥ずかしいな!」
「いいじゃない。誰も見ていないわよ。この世界には、今、私と彰、二人きりなんだから」
「この部屋には、だろ? 世界ってのはさすがに大袈裟すぎるぜ?」
「世界よ。世界なの。私はいつだってすべてと繋がっているから」
いつだって会話が少しずつズレていく。それはきっと知能指数の差なのだろう。IQが二〇違うと会話が噛み合わないという、あれだ。きっと上位の側の明里が一生懸命歩み寄ってくれていることで、この程度での差異で済んでいる。俺の違和感を読み取ってか、森木東明里がヒントとばかり、人差指で自分のこめかみをトントンと二回ノックした。脳の拡張でインターネットに繋がっている、と示しているのだろう。拡張されている人間を人工知能まであわせてすべて繋がっているイチと考えるならば、そうでない俺がもう一つのイチ。あわせて二人とはそういうことなのだろうか。
「彰は世界中を探しても唯一無二なの。私みたいな人間や養殖の人間はたくさんいても、あなたのような天然ものは他にはいない。みんな一人でしかない。でも、私は二人。彰というオンリーワンが隣にいてくれるからよ」
「……どう考えても俺のような普通のやつの方がたくさんいて明里の方が特別だろう? 明里の開発した医療用ナノマシンが一体どれだけの人間を救ってきたと思っているんだよ。そんな天才科学者が唯一無二じゃない方がおかしいって」
明里はそれには答えずに優しい笑みを浮かべ、そして唐突に言った。口癖のようないつもの台詞をもう一度。そこへ少しだけ脚色をして。
「あなたには面倒事のほうから寄ってくるのよ、石平彰刑事。そういう星の下に組み込まれちゃったの。責任感が強くて、誠実だから。でも仕方がないわね。私が愛してしまったくらいだもの。面倒事からも好かれるに決まっているわ。覚悟しておいてね。私はあなたを決して離さないから。この先、たとえ一時的に離れるような事があろうとも、私は必ずあなたの元に帰ってくるわ。すべては繋がっているのよ。すべては」
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