第20話

 今年もである。今年も。宮前野から贈られたクリスマスプレゼントはその被害者の多さから、またしても警察内部で重大事案に取り上げられていた。聞けば既に一二体もの死体が発見されているという。そのうちの半数が身元を特定できないというのだから、この時点でもう普通ではない。さらには残りの半数が野津田健次郎の一件で関わった教団信者のものだというから、いよいよもって鉄臭い。否、きな臭い。

 すなわちナゴヤの教祖を失ってもトランスヒューマニズム教団ナゴヤ支部は活動を継続させていたことになる。俺が休職していた一年もの間、ずっと。それもそのはず。新興宗教とはいえ、その規模は全国に及んでいる。別の都市からあらたな指導者がやってきたのか。あるいはナゴヤ支部の中から誰かが繰り上がったのか。ともあれ現在の教祖は誰なのか、その辺りも今後は調べていかなくてはいけない。さておき、だ。例年以上に寒い師走のイレギュラー案件で、目下、重要捜査対象にあげられているのがX型人工知能搭載ヒューマノイドロボットの梅原田裕一だ。

 梅原田が疑われている理由は、死体のすべてが彼の所有する倉庫から投げ捨てられたと推測されるから。一二体すべてが同じ砂浜に打ち上げられており、それを犬の散歩中の若者二人が発見したらしい。若い男女だという第一発見者は、さぞかし強烈な光景を目のあたりにしたことだろう。トラウマとならないことを願うばかり。初動捜査を行った捜査一課からの引継情報によれば、漂着場所から直近の天候や風、海流を逆算した結果、AIが導き出した先が川沿いの一つの倉庫だったという。死体は投げ込まれた川から流れ、海へ、そして砂浜へ。どんぶらこ、どんぶらこ。

 残念ながら決め手はまだまだ欠く。倉庫と砂浜の位置関係だけを見ればその間には他にいくつもの倉庫や工場があり、そのいずれから投げ込まれたとしても同様の結果となるというシミュレーションが出ているからだ。それでも梅原田の所有する倉庫に目をつけたのは他にも怪しげな点があったから。梅原田の前の前の所有者が野津田だったのだ。ひとつ前の所有者も言わずもがなの教団信者、そこから近々で梅原田に変更されている。さらには野津田からの所有者変更のタイミングが野津田健次郎および若本木則夫が逮捕される数分前のことであったらしい。俺が彼らと対峙していた、あの時だ。あの時に書き換えを行っていたのだ。そのうえ発見されている死体の半数が教団信者のものとなれば、ここが捜査対象の一番手に上がるのも順当だろう。

「……っで、その川沿いの倉庫ってのは、ここから近いのか?」

「梅原田は自宅からここまで自転車で通勤しています。およそ一五分の距離です。倉庫まではその梅原田の自宅からさらに車で一時間ほどかかります」

 花澤木香菜と桜木綾から次々と説明を受け、俺もようやく捜査の土台となる情報のインプットを完了する。これで他の三人との議論に入れる。

「今のところ分かっている情報はこれですべてだな?」

「桜木から少々追加があります。卯なか富士の情報をざっと調べてみました。梅原田裕一が務めはじめたのは三ヶ月前から。天然の鰻は現・梅原田の倉庫の近くの川で釣られ、さらに現・梅原田の倉庫で管理されているようです。梅原田が倉庫の所有者となったのは四日前のことなので、その前の持ち主の頃からということにはなりますが」

「……なるほど。あの人工知能人間の持ち込みで天然ものも扱うようになったってわけか」

 猫安が己の行きつけの店を荒らしやがってとばかり、薄くなった頭を掻き掻き、不愉快そうに顔を歪める。重要捜査対象として写真データで顔を見ていたにも関わらず、配膳役として現れた男が梅原田だと気づけなかった己への怒りまで八つ当たり的にぶつけている気がする。

「ところで、鰻って釣っていいんだっけ? 禁止されているとかなんとか、聞いた記憶があるんだが?」

「ナゴヤの一級河川『シン川』は上流でも河口付近でも鰻が釣れることで有名でした。かつては堤防で釣りをしている人がよく見掛けられたそうです。天然の鰻は寒い時期が脂が乗って旬なので、ちょうど今の時期に。といって、それはもう随分と昔の話です。石平係長が記憶されているとおり、天然の鰻は一世紀も前に絶滅危惧種に指定されています。ここ数十年でのコンパクトシティ計画による人口集中の弊害で、河川の環境変化や違法な乱獲まで起こり、さらに数を減らしてしまっています。今では養鰻関係団体と河川漁協にから個人での漁獲が完全に禁止されています」

「桜木刑事は調べ物が早えや。言わんとしていることを暗に強調してくれて、それも助かるぜ。俺はなかなかに良い線だと思うが、係長はどう思う?」

 桜木や猫安が言いたいことは俺にも理解できた。個人での漁獲が禁止されているにも関わらず、梅原田はドローンの監視の目をくぐり抜け、無許可で天然の鰻を獲っている可能性がある。そこから切り崩し、倉庫の中へ踏み込めないか。そういうことだろう。

「鰻を餌にして人工知能人間を釣る……悪くない策ですね。鬼が出るか、蛇が出るか、鰻が出るか。それじゃあいっちょ、それで行きますか? 今日、これから」

 正面から、そして斜め前から、ぎょっとした視線が注がれる。皆も賛成してくれるものとばかり。否、それをこそ期待していたのではないのか。隣の花澤木香菜だけは予想していたとばかり微動だにしない。さすがに俺の性格は知り尽くしている。

「石平係長、今日の、今日……今から倉庫に踏み込むのですか?」

 桜木が眉根を寄せて口を開く。猫安のおやっさんは呵々大笑した。

「いいねえ、あたらしい係長は。イケイケだ。こっちが準備できてねえってことは、同時に向こうさんも構えられてねえってこと。そういうことだろう?」

「ええ、おやっさんの言うとおりです。なにより、今の今、こちらの桜木刑事が人工知能人間だとバレましたからね。彼女は警察官として登録されていますから、俺たちが刑事だと言うこともバレたことでしょう。もしも梅原田に負い目があれば真っ先に『自分を捜査しに来た』と考えるはずです」

 たったの一九体。日本人口の〇.〇〇〇〇二パーセントほどしか導入されていないヒューマノイドロボットが二体も揃う。しかも、たまたま鰻を食べに来た店で。そんな偶然があるとは到底思えない。事実は小説よりも奇なりと言う言葉もあるけれど、どうにも何某かの作為的な関与を感じる。となれば、それが何かを知るためにもここで動くべきだろう。

「そういうわけで──」

「すいません、梅原田が逃げました!?」

 係長としてこれからの方針をまとめようとした矢先、桜木がヒューマノイドロボットらしからぬ声をあげる。まるで人間のように慌てていた。電波障壁の欠点は外から内が見えないだけでなく、内から外が見えないこと。基本中の基本であるけれど、だからこそ失念しやすくもある。俺の話を受け、桜木は瞬間的に障壁に穴を空け、外の様子を確認したのだろう。すると梅原田が既に遠くに移動していたと言うわけだ。

「なにがヒューマノイドロボットよ。経験不足もいいところね? まったく、どんくさい。そんなところだけ人間に似ないでくれる?」

 花澤木香菜が辛辣な言葉を吐く。そして、そのまま後を続ける。

「追うわよ。車は用意しておいたから」

 あの時だ。トイレだと言って離席したあの時に違いない。帰らせたパトカーとは別の警察車両をあらためて手配していたのだ。こうした事態を想定して。おそらく配膳に来た男の顔を見て、香菜は梅原田だと気づいていたのだろう。さすがは一八のナンバー二である。「おいおい、花澤木刑事……そんなに差を見せつけてくれるなよ。こちとら、すぐに気づけなくて凹んでたってえのに……」

「そんなことを気にしていたら本当に枯れちゃいますよ、猫安さん。さっさと切り替えてください。行きますよ。うな重もキャンセルしてありますし、ここまでのお会計も経費で済ませてありますから」

 こういうところがあるから香菜には頭があがらない。彼女がまだ捜査一課所属の頃から、課違いであるというのに俺はたびたび助けられている。時おり異常値を記録する性格面にさえ目を瞑れば、本当に優秀な警察官なのだ。そんな優秀な部下のおかげで俺はすぐさま梅原田の追跡に移ることができた。コートを羽織って革靴を履き、一八の四人で飛び出す。店を出るなり身を切るような寒さに晒されて驚く。いつの間にか強風が吹き荒んでいた。冷やされた頬が刃物で斬りつけられたかのように痛む。

「……くそっ、今日は風が強いな」

 思わず閉じていた目を開けば和風な造りの卯なか富士に不似合いなラグジュアリーなスポーツクーペが二台止まっていた。スピードと快適性を両立させたパトカーだ。ナゴヤ本部にある警察車両の中で最高の性能を誇る四台のうちの二台である。よくぞ手配できたもの、と半ば呆れたように白い息を吐く。

「どうですか、石平さん?」

「ああ、助かるよ。いつもながら、たいしたもんだ……」

 お手本のようなドヤ顔を見せる花澤木香菜を尻目に二手に分かれ、パトカーに乗り込む。俺と桜木、おやっさんと香菜。運転は俺と香菜だ。警察車両の中にはサイレンを鳴らして走る緊急走行時に自動運転機能が使えないものがある。ゆえにパトカーに乗る警察官は週に二度は運転訓練を受けている。自動運転が主流な世にあって運転技術を必要とする職業は、もっと言えば運転免許証を持っている人間は、今やレーサーか警察官くらいだろうか。

 甲高いサイレンが鳴り響く中、バックミラーに赤く照らされた卯なか富士の建屋が見えた。久々に鰻が食べられると思っていたのにまったくもって災難である。ふと目をあげれば車内の時計は一五時半を指していた。冬とはいえ、まだまだ日没前であった。

「まだこんな時間か? 一八時までに捕まえて、鰻を食べに戻ってこないとな」

「それでは一刻も早く梅原田を確保しましょう。天然の鰻がなくなってしまう前に」

「俺は養殖を選ぶけどな」

 気落ちしていないかと軽口を叩いてみれば助手席に座る桜木綾は既に切り替えが完了しているようであった。あるいは切り替えること自体が不要なのか。人間と違ってプライドが傷ついたり、恥ずかしさを感じなかったり、もしくはそうした感情を抱いたとしても極小であるのが人工知能人間らしいから。それゆえ感情に支配されず、如何なる時も合理性と効率を最優先に据えて動くことができるのだそうだ。

「それじゃあ桜木刑事、道案内は頼むぞ!」

 言うより先にアクセルを踏み込んで前進している。依頼をかける前からカーナビのマップには梅原田裕一の位置情報が赤い点でプロットされていた。あわせて味方の香菜たちの車が青い点で表示される。あちらの車にも同様に桜木から位置情報が送られているはずだ。見れば一目瞭然で梅原田は川沿いの倉庫を目指し、とてつもない速度で走っていく。

「おやっさんたちとのやりとりを俺の捜査端末に連動させてくれ。スピーカーにして脳を拡張していない俺にも聞こえるようにできるか?」

「接続しました」

 若い香菜は言うまでもなく猫安のおやっさんですら頭に通信デバイスを埋め込んでいる時代である。俺のような化石に等しい無拡張者という例外のことまで考えて警察車両は造られていない。音声を連動できるかつての機能は既に廃止されており、ゆえに自前でハンドキャリーしている捜査端末を活用する他はない。

「石平、どうだ? 桜木刑事から接続できたと連絡があったが聞こえるか?」

「おやっさん、大丈夫です。逆にこちらの声は届いていますか?」

「ああ、問題ねえよ」

「花澤木です。私にも石平さんの声が聞こえています」

 ちらりと視線を送れば隣の桜木が首肯する。三人の脳内デバイスと俺の捜査端末の接続確認が完了する。これで梅原田を追跡しながらの会話が可能となった。俺の発する音声にのみ、パトカーのサイレンや風の吹き荒れる音など物々しい雑音が入ってしまったけれど、それも最初だけ。すぐさま桜木が介入してノイズキャンセリングしてくれる。

「石平、俺と花澤木刑事で梅原田を追う。お前と桜木刑事は一直線に倉庫を目指し、先回りを狙ってくれ」

「了解です。桜木刑事、ルートの表示を頼む」

 カーナビに渋滞を加味した最速ルートが表示される。アクセルを踏み込み、描かれたルートを自車のマークでなぞっていく。サイレンの音を置き去りにして集約五大都市ナゴヤを駆ける。頭上のドローンが野次馬よろしく集まってくるように感じられた。それほどに数が多い。クリスマスプレゼントの宅配だろうか。師走の空は例年、これほどの数が飛んでいたろうか。なにより平日の日中帯にこれほどの速度で行き交うものだったろうか。不意に背筋を冷たいものが走る。まさか己が誘蛾灯よろしく惹きつけているのかもしれない、と。もちろんそれは自意識過剰だった。

「石平係長、近場で干渉できる民間の飛行ドローンを警察権限で借り受けました。警部権限で最終の使用許可をお願いします」

「……それで、この数か。ああ、わかった。壊れたら一八まで請求を回すよう、突貫で契約事を完了させてくれ」

「さっそく三台が確保できました。これより梅原田の逃走の妨害に入ります」

「相手は自転車なんだろ? ヒューマノイドロボット相手なら遠慮はいらねえ。思いっきりぶつけてやれ」

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