第18話

「私は天然もののほうが好きよ。牡蠣もブリもハマチもクロマグロもトラフグも」

「天然ものは高いけどな。まあ、その分だけ美味いけど」

「あら? 実際に美味しいのは養殖の魚や貝なのよ?」

 森木東明里とはよく話をした。ダイニングのテーブルに座ってコーヒーを飲みながら、対面で。リビングのソファーに座りながら、隣り合って。あるいは一緒に入った風呂で。また一緒に横になったベッドで。今は移動中のタクシーの中である。

 口数が少ないと自覚している俺がこんなにも喋るだなんて。そのことに自分自身が一番驚いている。知識欲が高いというのか、探究心や好奇心が旺盛というのか。明里がよくよく質問をしてくるからだ。こうした移動中の僅かな時間であっても議論に発展するような興味深い議題を投げて寄越す。そのたび投げ込まれた餌に喰らいついては釣り上げられてしまう魚のごとく、俺は会話の場に引き上げられていく。

「養殖のほうが? そうなのか?」

「ファーストフードだって同じよ。分析した結果をもって人間が美味しいと感じられる数値で作られているんだから。美味しいに決まっているじゃない。大昔じゃあないんだし、今では健康面でも養殖の魚介のほうが優れているしね」

「でも天然もののほうが高いだろう?」

「入手が難しいからよ。希少価値が高いから値段が高いの。簡単に獲れる養殖と違ってね。それだけよ。って、そこが凄く重要なんだけどね。でも純粋に味だけで勝負したなら間違いなく養殖が勝つわ」

 高い鼻梁を挟んで左右対称な切れ長の目はいつだって確信に満ちていた。明里が間違えることなんて何ひとつない。社会がどうあれ、少なくとも俺と彼女の世界では。

「……となると世間で天然もののほうが美味いとされているのは、なんでなんだ?」

「対価に見合うほどには美味しくあってほしい。そんな願いが集まって価値というものが生み出されているのよ」

「高い金を払ってるんだから美味しくなくては困る、ってことか?」

「正確には『高いお金を支払ったんだから美味しいことにする』よ。人間の感じる美味しさというのは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、それら五味だけで決まるわけじゃないの。食べるまでに費やした労力、たとえば遠くまで食べにいったとか、高い金額を支払ったとか。それからシチュエーションね。誰かにお祝いをしてもらっているとか。そういった味以外の要因が複雑に絡み合って『美味しい』をつくるの」

「なるほどな。っで、明里はなんで養殖よりも天然が好きなんだ? 味なら養殖もののほうが上なんだろう?」

「人間が美味しいと感じるメカニズムの研究ができるからよ。だから天然ものが好きなの。なにより味が均一な養殖よりもバラつきのある天然もののほうが面白味があるじゃない? これをどれくらいの人間が美味しいと感じるだろうか? 彰はどう思うだろうか? 美味しいと答えが決まっている養殖ではつまらないの」

「……えらく難しいことを考えてるんだな、相変わらず。俺は馬鹿で単純だから、養殖が味で勝っている上に安いと知ったら、そっちのほうが断然良くなったけどな」

「そうでしょうね。石平彰は数少ない天然ものの中の天然ものだもの。同族嫌悪もあって養殖が好きなのは頷けるわ」

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