第12話

「彰も自分で動いてばかりじゃなくて、そろそろ他人を動かすことを覚えたら?」

 仄暗く青味がかった天井が見えるからベッドに横になって眠ろうとしている前のやりとりだろう。灯かりの消えた寝室で、明里の声が聞こえてくる。

「俺にはどこぞの天才科学者と違って頭がねえからさ。足を動かす方が性にあってるんだ」

「そうはいっても年齢による衰えだってあるんだし、いつまでも最前線で身体を張り続けてはいられないでしょう?」

「まあ、やれるところまでやるさ」

「やめてよ、そういうの。いつまでも心配しなきゃいけない私の身にもなってくれると助かるんだけど? 人間は死んだら終わりなのよ?」

 この時にはまさか、危険がつきものの刑事の俺が残され、科学者の森木東明里が先に逝ってしまうだなんて夢にも思わなかった。今にして思えば、人間である俺が残され、人工知能人間である明里が消えてしまった形でもある。まったくどんなミステリーなのか。

「……そうは言われてもな。他人を使うって、どうすりゃいいのか、さっぱりなんだよ。後輩にあれこれ命令するのは好きじゃねえしな」

「好き嫌いの問題なの? 仕事なんでしょう?」

「そう言われると弱いんだが……でもな、嫌だろう? よく知らないおっさんから、あれこれ命令されるのって? 俺が新米の頃に捜査のイロハを叩き込んでくれたおっさんは珍しく命令してくるタイプじゃなくてな。ああいうのが理想なんだが」

「それじゃあ、その人と同じようにすればいいじゃない?」

「それが当時の捜査二課のエースで、とんでもなく優秀なおっさんでな。同じように出来ないから困ってるんだよ」

「それじゃあ真似はせず、彰は彰のやり方で他人を動かせばいいじゃない?」

「……簡単に言うなって」

「簡単よ。人間も人工知能も動かす方法なんて二つに一つなんだから。一つは彰が嫌いだっていう具体的な命令で強制的に動かす方法。もう一つは――」

「もう一つは?」

「勝手に動くように仕向ける方法よ。興味を持たせるところから始めてね」

「興味を持たせる、ねえ……」

「陰謀論みたいな感じよ」

「陰謀論? フリーメーソンだの、イルミナティだのの、あの?」

「そうよ。ああいうのって気にする人は凄く気にするじゃない? そして一度気にし始めたら、あとは勝手に調べて、勝手に解釈して、勝手に動くじゃない?」

「そういう風に仕向けろって? 難しすぎるだろ? どうすればいいのか、さっぱりわからねえよ。あれこれ計算して陰謀っぽく指示を出すなんて俺には土台無理な話だ」

「計算とか難しく考えないで適当でいいのよ。なにかの組織があって、凄く大きな事件に関わっている気にさせてあげればいいの。ちょっとした万引き犯みたいな小物でも『あいつは例の組織の一員に違いない』とか言って任せれば、後輩達は勝手にやりがいを感じて、一生懸命にマークしてくれるんじゃない?」

「……そりゃあ詐欺だろう?」

「そうかしら? 別にいいじゃない。警察内部に閉じられた話なんだし、それで結果に繋がるなら。違う? 何かあっても『どうやらあいつは組織の人間じゃあなかったみたいだ』で終わりでしょう? 無いものを有るように見せちゃえばいいのよ」

「そんなものか?」

「そんなものよ。人間は自分の見たいものを見ようとするものなんだから。人工知能もね」

 捜査で疲れていた俺はその後すぐに眠りに落ちた。俺が眠りについてから朝までの時間、眠る必要のなかった隣の婚約者はいつもなにをしていたのだろう。今やそれを聞くことはできない。真実は闇の中だ。

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