第10話

「あなたには面倒事のほうから寄ってくるのよ、石平彰刑事。そういう星の下に組み込まれちゃったの。責任感が強くて、誠実だから。でも仕方がないわね。私が愛してしまったくらいだもの。面倒事からも好かれるに決まっているわ」

 温かいコーヒーの香り。たっぷりの余裕に満ちて聞こえる、落ち着きのある声。そして白く立ち上った湯気の向こうに覗ける、悪戯っぽい笑み。

 森木東明里、彼女だ。

 背中までの深い黒髪と何里も先まで見通すような切れ長の目。整った顔立ちは半ば整いすぎており、創りもののように左右対称だ。均衡を崩す唯一の特異点は口元の左側にある、小さなホクロ。

 ここのところよく思い出す。彼女と二人で過ごした日々を。病院のベッドの上で寝ていることしかできず、他にやれることと言ったら、あれこれと懐かしんだり、振り返ることくらいだから。ヒューマノイドロボットの中岡隆聖とバディを組み、またAIヒューマンの若本木則夫と接したことで、意図せず彼女に対する思いも少し変化しているように感じられる。死の恐怖を知ったことで若本木はすっかり人間と化していた。もしも明里が同様に人体を手に入れたなら、あの達観したような婚約者も少しは人間らしくなったのだろうか。なにより、もしも明里が人間の身体となっていたのなら、あの時の悲劇は回避できたのだろうか。あるいは彼女の人格データさえ遺されていたのなら。

 もし。たら。れば――

 ありもしない可能性ばかりが拡張されていない俺の脳をぐるぐると巡る。希望や期待や後悔と共に。俺と違って脳を拡張をしている人間たちも、こうして無為に思いを馳せることがあるのだろうか。きっと、あるのだろう。同じ映画を見ても毎回感想が違ってくるのが人間なのだから。如何にカメラで撮影したかのごとく正確に事実を記録し、また記憶していたとしても、どのように感じられるかは、その時々に置かれた状況次第なのだ。

 それでは人工知能はどうだろう。彼らもまた人間同様に外的要因に心理状況が左右されるのだろうか。あるいは同じ映画を何度観ても毎回正確に同じ感想を抱くのだろうか。

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