第11話
「ねぇ、クライスはどうしてイラストを描くの?」
再び王都の景色の方に視線を移し、イラストを描く作業を再開したクライス。
エリスはそんなクライスの隣に腰を下ろすと、純粋な彼への興味からそう質問を投げかけた。
クライスは手を動かしながらうーんと言葉を発した後、エリスの質問にこう答えた。
「最初はただただ楽しくて描いてただけなんだよね。でも、僕の描いたイラストを見て、感動したとか、楽しい気持ちになったって言ってもらえることがあって。それで気づいた時には、もっともっとそんな言葉を言ってもらいたくなって、イラストを描くのに夢中になっていったかな」
「へぇ、そうだったんだ」
「うれしいものだよ?自分が描いたイラストで感動してもらえるのって。それで僕は、一つ夢を決めたんだ」
「夢?」
「最高の一枚のイラストを描き上げたいんだ。見た人全員が感動してくれる、この世で最も人の心を動かせるイラストを…!」
「……」
非常にうれしそうな表情でそう言葉を発するクライス。
そんな彼の姿は、長らく閉鎖的な環境で暮らすことを余儀なくされていたエリスには非常にまぶしく映った。
「それを実現するためには、世界一のイラストレーターにならないといけない!僕は絶対になってみせるよ?」
「そ、そうなんだ……」
「え?なに…?その微妙なリアクション…」
エリスの見せたリアクションが
「(!!!)」
…すると、エリスは至近距離から見つめられたことが恥ずかしかったのか、クライスの方から視線を外し、どこか違うところを見つめながら言葉を返した。
「お、思ったよりも素直に答えてくれたから…。びっくりしただけ…」
「ふーん。ならいいけど」
エリスからの答えを聞いたクライスは、そのまま視線を元の場所に戻し、イラストを描く作業を再開する。
そんなクライスに対し、エリスはもう一度彼に質問を投げかけた。
「ねぇクライス、あなたはこの近くに住んでいるの?」
「近くといえば近くだし、遠くと言えば遠くかな…」
「…?」
エリスの質問に対し、どこか意味深な言葉を返すクライス。
その時のクライスの表情はどこか寂しそうな雰囲気を醸し出しており、それを直感的に感じ取ったエリスはそれ以上クライスに住む場所の質問を行いはしなかった。
「あと、ずっとずっと気になってることが一つあるんだけど…」
「なに?」
「私と最初に会った時、社交界から追い出されてたよね?なんで?なにしたらあんなことになるの?」
そう、エリスはその事をずーーっと疑問に思っていた。
社交界からつまみ出されるような人間が、一体どうしてあの場にいたのか。
さらに言えば、二人が再会を果たした社交界の時にもクライスは召し使いとしてその場におり、その事もエリスは疑問に思っていた。
そんなエリスの疑問に、クライスは全く表情を変えることなくこう言葉を返した。
「だって入れないんだもん」
「へ?」
「僕みたいな貴族でない普通の人間には、社交界に入れないでしょ?でもどうしてもその雰囲気をイラストで表現してみたい。それで無理矢理参加してやることにしたのさ」
悪びれるような様子もなく堂々とそう言ってのけるクライスの姿に、エリスはやや呆れの感情を抱きながら言葉をつぶやいた。
「危なすぎでしょ…。下手したらすごく重い罰を与えられるかもしれないのに…」
「まぁいいじゃない。罰せられてないんだし」
「はぁ…。それじゃあ私と2回目に会った時も同じ理由?」
「いや、2回目はエリスにまた会いたくなったから行った」
「!!!」
さらっと自然にそう言葉を告げるクライス。
…そんなクライスの言葉を聞き、エリスは自分でもわかるほどにその顔を赤くし、その場に自身の顔を伏せる。
「なに?なにかあった?」
「なんでもない!」
「あったでしょ」
「ない!!ない!!」
「あったでしょ」
「ない!!ないの!!!」
「ねえ、こっち見ていってよ」
「!!!」
その時、クライスはそれまで顔を伏せていたエリスの頭に手を置き、ふわっと彼女の顔を上に向かせて見せた。
すると二人は再び近距離に顔を置く位置となり、クライスはその瞳の中にエリスの顔をはっきりと映す。
「ほら、言ってみてよ」
「!!!!」
「なに?聞こえない」
「は、離してっ!」
…完全に恥ずかしくなったエリスはやや強引にクライスの手を振りほどくと、無理矢理話を変えるようにこう言葉をつぶやいた。
「お、おなかすいた!ごはんにしよ!」
「ごはん?」
エリスはそう言うと、自信が手に持っていたカバンの中からバスケットを取り出した。
彼女がそのままバスケットのふたを開けると、そこには見ているだけで食欲をそそられそうな色とりどりの食材たちが顔をのぞかせ、非常に可愛らしい雰囲気を放っていた。
「なにこれ!おいしそう!作って来てくれたの??」
「ク、クライスの分はおまけだから…。私が食べたかっただけで…」
「それでもうれしいよ。ありがとう、エリス」
「う……」
クライスの”ありがとう”に対し、素直に”どういたしまして”と言えないエリス。
彼女はその心の中に沸き上がる恥ずかしさをごまかすかのように、2本持ち寄ったフォークのうちの1本をクライスの手に強引に押し付け、そのまま食事に移ろうと試みた。
しかしその時、彼女にとって予期せぬ出来事が起きてしまう…。
ブーーーン!!
「きゃっ!!!!!!」
その時、エリスの顔に非常に大きな虫が急接近し、それに驚いた彼女はその拍子に自身が手に持っていたフォークを土の上に落としてしまう…。
しかも寄りにもよって、フォークが落ちた場所は少し泥を含んだ場所であり、汚れを取りのぞいて再利用することはなかなか難しいと言える状況だった。
「あぁ……」
「だめだめだなぁ。ほら」
「べ、別にいいよ…。どうせ私はダメな女なんだし…。全部あなたが食べたらいいじゃない…。ダイエットしてたから丁度よくって…」
「だから、こっち見て言えって」
「ひゃぅ!!!!」
クライスは先ほどに続き、いじけてそっぽをむくエリスの顔を強引に自分の方に向ける。
そしてエリスの顔が自分の方に向くと同時に、自分のフォークに刺していたランチの具材を彼女の口の中に放り込む。
「(も、もぐもぐもぐ……)」
「僕はこれもーらいっ(パクッ)」
「!!!!!!!!」
エリスに綺麗な春巻きを食べさせた後、自身はこんがりと焼けたウインナーを口に運んだクライス。
…それが間接キスであることに大きく動揺させられるエリスだったものの、彼女は結局この食事を具材がすべてなくなる最後の瞬間まで堪能したのだった。
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