第6話 学校での彼女

 翌日、俺はまた何事もなく電車に揺られて学校へと辿り着く。

まだ残る眠気を振り払いつつ校門を抜けた時、後ろから声が掛けられた。


「氷室くん」

「藍川さん、おはよう」

「おはようございます。ちゃんと蓋のサイズ測れました?」

「ええ、バッチリと。借りたメジャーは帰りに返しますね。荷物になると思うので」

「別に気にしなくても良いんですけど....でも、ありがとうございます」


彼女と軽く会話を楽しんでいたところ、影から声が聞こえて来た。


「あ、藍川さんだ」


そういった声が上がると伝播するように周りが少し騒がしくなる。ちょっとした芸能人が通ったときの反応と言ったら分かり良いだろうか。


「ねえ、あの男だれ?」

「知らね、藍川さんに声でもかけたんじゃないの?」


怪訝そうな視線と言葉がザラつく。対して気にするものではないが、まあ....良い物でもない。

それに気が付いてしまったのか、彼女は申し訳なさそうに眉を歪める。


「えっと、ごめんなさい。一旦はこれで失礼します。また放課後に校門で会いましょうね」

「あ、ちょっと」


足早に去ろうとする彼女を止めて胸元を指摘する。


「ネクタイ、曲がってますよ」

「ありがとうございます」


軽くネクタイを直して今度こそ、彼女は昇降口の方へ去って行った。

彼女が消えると俺へ飛んでいたザラついたものも合わせて消えていく。


....噂通り、彼女の人気は凄いようだ。



 あの後、俺も教室へ向かい自身の机で荷物を広げる。

ほぼ暗記している時間割を念の為確認しつつ教科書を取り出していると、俺よりも後から登校してきたであろう晴が背中を叩いてきた。


「よお湊人!」

「おはよう」

「聞いたぜぇ~朝から堂々と校門で玉砕したって」

「なんだよそれ」


無意識に引き攣った口角を宥めていると、晴がまた肩を叩いた。


「冗談だって。……まあ、二年男子が藍川さんに告って砂塵と化したって噂は本当だがな」

「色々と酷くないか?後、大体何でそれが俺ってなるんだよ」

「それは、晴スペシャルネットワークからの情報さっ!」

「なんだよその2G回線」

「ちげーよ!5Gだ!」


盛り上がったノリに一息入れると晴は呟いた。


「ま、大方藍川さんに用があって話してたら尾ひれが着いてこうなったんだろ?」

「察しが良くて助かるよ」


俺もまた彼に習って一息つく。


 藍川唯凪あいかわゆいな、この学校においてその名前を知らない人間の方が少ないだろう。定期考査は入学以来学年一位、優れた運動神経に整った容姿、それに加え人当たりの良い性格。文字通り、文武両道才色兼備な彼女は下手な生徒会長よりも有名だ。


「……あれは大変だろうな」

「おや?今まで一切興味を示さなかった湊人さんが藍川さんに興味がおありで?」

「別クラスで関わりがなかったからな。さっきあれに晒されて痛感したよ」

「ま、だろうなぁ」


 直接その視線が向くことは無いとはいえ、学校内であれが飛び交う中生活しているのは中々しんどいだろう。

そんなことを思っていると、朝のHRを知らせるチャイムが校舎に鳴り響く。


「あ、やべ!まだ荷物片してない!」


慌てて自席へ戻る晴の背中を苦笑しながら見送り、入室してきた担任に向き直った。



 気づけば帰りのHRが終わっていた。

別に居眠りをしていたわけではなく、特段記憶に残る出来事が無かっただけの事。つまり、今日も一日何事もなく過ごせたという訳だ。


 今日も一緒に帰れないと晴に断りを入れてから俺は手早く荷物を纏めて約束の校門へ向かう。


「あ!氷室くん」

「待たせてしまいましたか?」

「いえ、そんなことはありませんよ?私のクラスが他よりも早くHRが終わっただけなので」


そう言いつつ彼女は俺の隣に並び、どちらともなく目的地のホームセンターへ歩を進めた。



「そういえば氷室さん、1つ気になっていたことがあるんです」

「なんですか?」


藍川は数歩前に出てから湊人の口元を指さした。


「それです」

「えっと?」


上手く要領を得なかった湊人は小首を傾げる。


「その敬語ですよ。私たちは同じ学年じゃないですか」

「ええっと、それは....」


 「今まで大した関り無かったのに、いきなり異性に対してタメ口はちょっと」なんて面と向かって言えるはずもなく、湊人は口ごもる。


「一度や二度の会話なら分かりますけど、ずっと敬語だとなんだか距離を感じると言いますか....」

「それを言ったら藍川さんだって敬語じゃないですか」

「私のこれは殆ど癖というか、これが標準みたいなものなので」


まあ別に、拒否する理由もなかった湊人はその提案を受け入れた。


「わかったよ....藍川」


その口調が気に入ったようで藍川は自然と柔和な笑みを浮かべた。


「それでは今度こそ行きましょう!」


そう言って、ここ数日で1番の軽やかさを持った足取りで彼女は俺を置いて先へ行く。なんとなく口元が緩むのを感じつつも彼女の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 22:00 予定は変更される可能性があります

鍋ぶた買ったら彼女ができた 雪代ゆき @yukiyayoi01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ