第4話 警察署で.....

 無事に警察署に辿り着いた俺たちは、別れて聴取を受けた。

今回の聴取は、他の証言者から得られた情報と照らし合わせて齟齬が無いか、更に事件の解像度を高めるためにより詳しい箇所などを確認を行うらしい。


途中休憩を挟みつつ進むこと1時間強。太陽が沈み始めた頃に俺たち二人は解放された。


「あ、氷室さん!お疲れ様でした」


エントランスに向かうと先に聴取を終えたであろう藍川さんが待合のソファで休んでいた。


「藍川さんもお疲れ様です。今終わった感じですか?」

「ええ、担当の方から氷室さんがもうすぐ終わると教えて頂いたので、折角ですし待っていようかと」

「なんか待たせてしまって申し訳ないです」

「いえ、私が好きで待っていただけなので」


そんな会話をしていると前回に続いて聴取を取っていた警察官から声を掛けられた。


「氷室君ちょっといいかな?」

「あ、はい」



藍川さんに席を外す旨を伝えて担当官の後に続いて行くと、聴取を受けた会議室よりも更に奥へ行った先にある小部屋のような場所へ案内された。


部屋の雰囲気は、さながら教科クラスの準備室の様な感じで、中に入るとガタイの良い警察官が更に奥へ繋がっているだろう扉の前に仁王立ちで出迎えてくれた。


「ああ、彼は警備のためにあそこで陣取っているだけだから、安心して大丈夫だよ」


俺が気になっていることを察してか、担当官は人の好い笑顔で教えてくれた。


「でだ、本題なんだけどね?」


先ほど紹介されたガタイの良い警察官から、なにやら両手で抱えるほどの薄いトタンボックスを受け取り、中を開いて見せる。


「これって....」

「見ての通り、事件当時に君が盾として使用した鍋蓋だよ」


箱の中には緩衝材に保護され、更にドラマでよく見る証拠品袋?に入ったフライパンの鍋蓋だった。


「本当なら君に返したいところなんだが、如何せん、これは凶器のナイフに次ぐ重要な証拠品でね」

「返せないってことですか?」


ほぼ分かりきったようなことを俺が聞き返すと、担当官は申し訳なさそうに眉を下ろして頷いた。


「理解がはやくて助かるよ。一概にそうとは言えないけど、長くて半年以上は返せないかもしれない」

「もちろん大丈夫ですよ」


俺がそう返すと担当官は柔らかい顔で頷いた。


「でもこれはいわば生活必需品だからね。外傷を含めて一度確認してもらいたいんだ」

「触ってはダメですよね?」

「ああ、ナイフによって傷が生じてるからね。ないとは思うけど、後から触ってこれ以上破損してしまったらマズいからね」


 トタンボックスごしに角度を変えつつ鍋蓋の様子を確かめる。

俺が買った蓋は取っ手以外全てアルミ素材で出来ているものだ。中央からややズレた位置に、件の傷を中心にへこみ見受けられる。


 当時俺が持っていた時には気づかなかったがへこみの中心は薄くなっているように見える。ここまで分かりやすく傷があるのなら買い替えが無難だろう。


まあ、例え無傷で返ってきても、あまり使おうとは思えないのだが。


「思っていたよりも傷が深いですね....」

「鑑識によると、一応貫通はしていないが、刃先を合わせるとしっかり収まるぐらいには深いらしいね。この辺りも裁判では重要な情報になったりするんだよ」

「そうだったんですね、初めて知りました」

「普通は知らないものさ」


肩をすくめる担当官に思わず口角が上がる。


「正直な話、君の手元に戻っても本来の用途としては使わない方が良いと思うよ」

「そうですね、今度はもっとしっかりしたものを買うとしますかね」


ナイフを弾けるぐらいと付け足してトタンボックスを返すと、担当官も「それが良い」と笑ってくれた。



エントランスに戻って藍川さんを探していると、俺はとんでもない現場に遭遇してしまった。


「なあ姉ちゃん、ちょっと飯行かねぇか?良い店知ってるんだよ」

「なんか相談事あるんだろぉ?俺たちが聞いてやるからさぁ」

「ええっと....」


 驚いたことに警察署内でそれこそ創作物的にコテコテなナンパをされていたのである。

改造された学ランに、ジャラジャラと音を鳴らすベルトチェーン。いかにもな不良高校生に挟まれた藍川さん。


.....その顔はナンパに困っているだけには見えないのは気のせいではないだろう。


「藍川さん」

「ッ!氷室くん!」


俺がそう声掛けると藍川さんはナンパの間を抜けて俺の背に隠れるように裾を掴んだ。


「何を騒いでいる....ってお前らか!いい加減にしろ!」


騒ぎに駆け付けた他の警察官が不良二人の首根っこを掴み別室へ引きずって行った。

その様子を尻目に、藍川さんの様子を確かめる。


「その、大丈夫でしたか?」

「は、はい。特に何もされていないので.....」

「それはよかったです」


藍川さんの無事に安堵する息を溜めると、先ほど不良らを引き連れていった警察官がまたこちらに駆け寄ってくるのが視える。帰宅にはもう少し時間が掛かりそうな予感に、俺は二重に息をついた。



 一度沈み始めると早い物で、太陽は半分になった頃、俺たちはようやく帰路に着いた。

警察署に来た時と同じくタクシーを手配して敷地前で到着を待つ。


「それにしても....凄かったですね」

「なにがです?」

「署内で声を掛けて来た彼らですよ」


不意に藍川さんがそう溢したのに俺も同意する。


 駆け付けた警察官の話によると、不良の二人はあろうことかこの警察署の前でナンパを仕掛けていたらしい。

なんでも、警察に頼る心理状態なら付け入れると思ったとのこと。

 品が全損した悪知恵に開いた口が塞がらなかったが、背後に鎮座する市民たちの最強の味方がいることを失念していたようで、案の定声を掛けた女性が署に駆け込みそのまま補導。


こってり絞られた後、エントランスにいた藍川さんへ懲りずに声を掛けたとのこと。


まったく、その不屈の精神はもっと別の場所で生かしてほしいものだ。


「本当ですね」

「ああして声を掛けられたことにも困っていましたけど、この場所で声を掛けるのかっという困惑の方が勝っていたような気がします」

「創作物でも聞いたことがありませんしね」

「これがまさに”事実は小説より奇なり”ってことですね」


ゆるりと笑う彼女に釣られて俺も自然と微笑が浮かぶ。


「氷室くんにまた、助けてもらいましたね」

「別に気にしないでください。今回に至っては名前を呼んだだけじゃないですか」

「それでも助かったのは事実ですから。ありがとうございます」


 俺の言葉を封じるように彼女は軽く頭を下げる。

そうこうしていると、タイミングを見計らっていたのかと疑いたくなる絶妙なこの時に手配していたタクシーがやってくるのが見えた。


「そういえば、氷室くんのご自宅はどちらなんですか?」

「東野駅の近くですよ」

「偶然ですね、私も同じなんです!因みにどちら側なんですか?」


俺の自宅がある東野駅周辺は、駅を中心に公園がある東側と、ちょっとした買い物が出来る商店街の西側で分けることが出来るのだ。


「俺の家は公園側ですね」

「ええ!?私の家も公園側なんです!」


 驚きの偶然に湧き合っていると目の前にタクシーが停車したので車に乗り込む。

更に深堀してみると双方公園からそう遠くないことが分かったので、運転手に公園を目的地として伝えて発進してもらう。


署に向かう時よりも俺たちの会話が弾んだことは言うまでもないだろう。

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