第3話 タクシー代なんて

 一限目から先は特筆して何かが起こった訳ではなく、何の変哲もない時間割通りの一日だった。

帰りのホームルームで担任が、朝方校長が言ったような注意を行なって無事放課後。

警察から呼び出しを受けているので、俺はいつもより手早く下校の用意をする。


さっさと教科書類を纏めていると、なぜか同じく帰宅部である晴がやってきた。


「あれ?今日は支度早いんだな」

「そうか?」


軽く返しつつ荷物を纏め上げ鞄を締める。

 

「ま、どうでもいいけどさ。一緒に帰ろうぜ」


晴とは家の方向が大体同じなので、何だかんだで一緒に下校することが多い。


「悪い、今日は用事があるんだ」

「そっか、それじゃあまた明日な」

「ああ」


妙にあっさりしているように見えるかもしれないが、男子とは大抵そんなものだ。


今一度忘れ物がない確認してから教室を出る。電車の時刻表を確認しつつ校門に向かうと、つい最近見知った影が立っていた。


「よかった、先に行ってしまわれたのかと思いましたよ」


いくら過ごしやすい季節になったとはいえ秋の空、吹く風は肌を刺す。藍川は寒さに耳を赤らめ、何処か憂う表情を浮べた。

 

「えっと、どうしてここに...いるんですか?」

「同じ目的地に行くわけですし、少々お話したいことがあったので」

「わざわざ待ってもらってありがとうございます。行きましょうか」



 駅に向かって歩き出したが、どちらとも話し掛けることはなく、微妙な緊張感が二人に漂った。


「あの……ありがとうございます」


その空気を打ち破ったのは彼女だった。


「えっと……?」

「電車で守ってくれたじゃないですか」

「あれは、俺も咄嗟にやったことなので気にしないでください」


側から見たら不恰好だっただろうと自分で思い苦笑する。


「あの時ちゃんとお礼が言えなかったから。助けてくれて、ありがとうございました」


並んでいた彼女は数歩前に出て俺に向かって頭を下げる。


「それ以上言ったら俺、調子乗っちゃいますよ?あの後しっかり怒られたんですから」

「あそこにいた人々を助けたのですから、少しぐらい胸を張ってもいいと思いますよ?」


そう言った彼女は再び俺の横に並んで歩く。件の事件には特に触れず、他愛もない雑談を交わしていると車輪が線路を軋ませる音が空に響いた。


「......ッ!」


瞬間、彼女は肩を強張らせて足を止める。


「ッ!ごめんなさい!気が付かなくて」


あの凶刃を直に向けられた彼女の恐怖は居合わせた俺にも察し得ない。


「大丈夫、です...私が弱いだけですし....こちらに向かうと決めたのも私ですので」


まだ顔色が戻っていないものの、彼女は口角を僅かに上げて見せた。


「タクシー、使いませんか?」


上手いこと言葉が繋がらなかった俺はド直球に言った。


「流石にそれは大丈夫ですよ、ここからだとそれなりに距離がありますので結構な金額掛かってしまいますし、いずれ克服しなきゃいけないことですから……」


「タクシー代は俺も相乗りさせてもらうので折版しますし、後で掛かった金額の300倍の慰謝料を犯人に払って貰えば良いんです!克服云々はこの事件が片付いてからでも遅くは無いでしょう?」


勢いに任せて口から滑らせた俺の言葉をひとしきり聞いた藍川さんは呆気にとられたような表情をを浮かべた後、今度は自然な口角で笑みを咲かせた。


「……そうですね、お言葉に甘えるとしましょう。タクシー乗り場ってこちらでしたよね?」

「合ってますよ、普段通学で使う駅なんですから覚えているでしょう?」

「普段まったく興味がないのでいざ言われてみると確信できなくて....自慢じゃないですけど、生まれてから記憶にある限りタクシーに乗ったことが無いんです!」


謎に胸を張って見せる彼女に釣られて俺も思わず笑みが零れる。


「そろそろ行きましょうか」

「ええ、もう暫くしたらラッシュですものね」


 駅から少し歩いたところにあるタクシー乗り場にはラッシュに備えるタクシーが数台並んでいた。

先頭のタクシーに近づくと自動でリアドアが開き二人して乗り込んだ。

 

「中央警察署までお願いします」

「あいよー」


行き先を伝えるとまた自動でリアドアが閉まる。後部座席に座る俺たちがシートベルトをしたのを確認してからタクシーは発進した。


隣に座る藍川さんは本当にタクシーに乗ったことがないらしく、車内を興味津々といった様子で見て回っている。

そんな彼女を尻目に俺は窓の外の景色をボーっと眺めながら到着を待つのだった。

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