第2話 それはとてもありがたいお話だった
翌朝、俺はいつも通り登校する為、電車に揺られていた。
昨日の出来事が嘘のようにも感じられる電車内。1つ違うとすれば、再犯対策として制服警官が電車内を巡回しているくらいだ。
事件後、俺は事情聴取の為に警察署へ向かった。まあ、犯人と戦ったのだから当然だろう。
昼を跨いでの聴取となった為、昼食を食べに外へ出て良いかと聞いてみると、なんと出前でカツ丼を取ってくれた。
立ち位置こそ違えど、ドラマなどで演出される”取調室でカツ丼“に似た状態となったことに今月一番の感動を覚えた。
まあ、取り調べを受けたのも食事をしたのも全部小さな会議室のような場所だったのだが。
聴取が終わった頃には太陽が傾き始めていたが、帰りの交通費までも出してくれたのだから、損したどころか得した心持ちなのだ。
今日は何事もなく学校に辿り着き、教室で一限目の準備をしていると背後から声を掛けられた。
「おい湊人、知ってるか?なんでも今日は緊急全校集会を開くらしいぞ?」
「へえ、何かあったのか?」
中学からの友人である
「昨日の事件のことじゃね?ウチの生徒が被害者だったって噂もあるし。……あ、この類の噂話はお前苦手だったよな、悪い」
「いや、別に大丈夫だし、気にしてないさ」
万人受けする爽やかな笑顔と陽気に文武共に優秀、おまけに気遣いもできるこの男。なぜ彼女ができないのか甚だ不思議である。
「場所は体育館だよな?」
「その通り、よし!行くぞ湊人」
これから聞かされるであろう校長の
◇
集会の内容は晴が予見していた通りで、昨日怒った電車内暴行未遂事件についてだった。事件当日の夕方に事件についてニュースで報道されていたので同じく電車通学であろう生徒たちが重い表情をして見せる。
校長は報道の内容に補足する形で生徒らに伝えると至る所からどよめきが聞こえてきた。
「――であるから、諸君らも十分気を付けるように」
集会が始まって20分ほど経過した頃、ようやく校長が締めの言葉を言った。最初の十分こそ皆身近な事件であったが故真摯に聞いていた様子だったが、段々と話が冗長になるにつれて湊人ら生徒の集中力は霧散していった。
一限の授業時間が短くなったことを喜ぶ前に凝り固まった身体を伸ばしていると担任から声を掛けられた。
「氷室くん、ちょっと校長室まで来てくれ」
「え?はい、わかりました」
突然の呼び出しに困惑していると横から晴がニヤついて笑みで横腹を突っつく。
「集会中にあくびしたのがバレたのか〜?」
「それだったら全校生徒がしょっ引かれることになるだろ」
「違いない」
後ろめたいことは何1つとしいないが、気は重い。
「ま、行ってこいよ。後で慰めてやるから」
今度はイタズラな笑顔で揶揄ってくる。
「怒られる前提なのかよ……ま、行ってくるわ」
後ろ手に晴へ返事をして湊人は校長室へ向かった。
◇
「失礼します」
校長室へ入ると、校長に教頭、担任と錚々たる面々が揃っていた。
「氷室湊人君だね?」
学校一の強面で知られる教頭から名前の確認をされる。
「は、はい。氷室湊人です」
「何、きみを叱責する為に呼び出したわけじゃないから、そこまで緊張する必要はないぞ」
担任からそう言われた湊人は一先ず胸を撫で下ろす。
「とりあえず座りなさいな。まだ揃っていないのでね」
先ほど壇上で長々と話していた校長から促され、素直に座る。
以降会話はなく、湊人に変な緊張が走り始めた頃、校長室の扉が開いた。
「すみません、お待たせしました!」
「構わないよ
別の教師に連れられてきた彼女は、綺麗なブルーブラックとも言えるロングヘアを靡かせながら小さく肩で息をしていた。急いできたのが見て取れる。
(あの人……昨日の)
「揃ったことだ。話を始めようか」
教頭がその場を仕切り始め、湊人は今一度姿勢を正す。
「事件について警察の方から聞いている。慰めにならないだろうが、災難だったな」
「いえ……」
少し眉を下げつつも淡々と告げる教頭の言葉に彼女は両手で胸を押さえながら答えた。
「君たちはすでに聞き及んでいるだろうが、今後二、三度聴取を行いたいそうだ」
「我々は君たちを全面的に支持しサポートしよう。これは校長であるこの私が保証するよ」
学校のトップの言葉に教師陣は一様に頷く。その時湊人らは無意識に入っていた力が抜けていくのを感じた。
「と言っても、僕たちにできることは少ないけどね。もし事件に対して何か噂立った場合の対処とか、そのくらいは任せてもらって大丈夫だよ」
入り口付近に立つ藍川の担任であろう教師がさらに太鼓を叩く。
「ありがとうございます」
湊人と藍川は頭を下げる。
「ああそうだ、これも知っているかもしれないが、警察の方が放課後にもう一度聴取を行いたいそうだから、しっかりと協力してくるようにね」
「もちろんです」
◇
校長室から解放されて教室に戻ったのは授業が始まるほんの数分前だった。
「よう湊人、しっかり絞られてきたか?」
教室の自席には別れた時よりも悪戯度が増した笑みを浮かべた晴の姿があった。
「うるせーよ、別にそんなのじゃなかったし」
「じゃあ何だったんだよ」
「よくわからんけど、なんか書類だかなんだかって話」
流石に晴と言えど滅多に話す内容ではないので濁して伝える。
「なんで聞かれた本人がそんなあやふやなんだよ」
「知らん」
そんなことを話しているうちに小学校時代からお馴染みのチャイムが校舎中に鳴り響く。
「よ〜しお前ら、席につけ〜授業を始めるぞ〜」
「あ、やべ」
少々気怠げにも聞こえる教師の声が聞こえた途端、晴はこの日一番の速度で自席へと帰っていった。
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