共同生活

「私ね、あんまり長生き出来そうにないんだ……というか、来年の今頃はもうこの世にいないんじゃないかな」

と言う私に、彼は、


「……病気なの?」

と尋ねる。


「うん。膵臓癌だって」


「じゃあ、手術するの?」


「ううん。手術は出来ないんだって。……でも治療するつもりはないんだ。完治……は難しいらしいし。私ね、死ぬまで幸せに生きたいの」


「病気なのに幸せなわけないじゃん」

と投げやりに言う彼に、


「確かに病気になった事は不幸なのかもね。でもそれを嘆いてたらドンドン不幸になるだけじゃない?私は死ぬ時に出来れば笑って死にたいの」


「無理でしょ」


「……だから君に見てて欲しい。私が最期、笑って死ねるかどうか」

と言う私を不思議なモノでも見るような顔で彼は凝視していた。



「嫌だよ」


「何で?君だってさっき、私の前で死のうとしたじゃん。同じ、同じ」


「おばさん変わってるって言われない?」


「……言われるよ。『良い意味で』変わってるって」


「それ……はっきり変人って言えないから『良い意味で』って付けてるだけだよ」

という彼の言葉に、妙に納得してしまった。


「でもさ、これって君の『生きる意味』にならない?」


「何が?」


「私を見送る事が。その後死ねば?私にはもうそうなったら関係ないし、寝覚めが悪いなんて事もない。……目覚めないし」


と私が笑えば、


「笑えないけど?」

と冷たく返された。



結局彼は私の理由のわからない勢いに押され、私を見送る役目を引き受けてくれた。


「一緒に暮らすの?」

私の家に彼を案内したら、彼は物凄くびっくりしていた。


「うん。ホスピスはまだ空き待ちなんだ」


「いやいやいや、そう言う意味じゃなくて!一緒に暮らす意味は?」


「だって、いつ私の体調が急降下するか分からないじゃん。四六時中一緒に居て貰わなきゃ……って君、仕事は?」

そう言えば、私は全然彼のことを知らなかった。


「バイトはクビになったばかり」


「なら良いね。二人で暮らせるぐらいの蓄えはあるし、家も部屋は余ってるから」

と言う私に、


「え?危機感なさ過ぎない?」

と彼は驚いてそう言った。


「だって。死のうと思ってる人がお金盗むの?何のために?」


「お金盗んだりしないよ!じゃなくて俺、一応男だけど?」


「見たら分かるよ」


「襲われる……とか思わない?」


「プッ!アハハハ!私を?君が?」


「いや!襲わないけど!」


「でしょう?君は見た所……二十歳かそこらでしょう?私はおばさんだよ?ってか逆に死のうって思ってる人に性欲ってあるの?」

と私が逆に尋ねると彼は赤くなって


「ねぇよ!!」

と強く否定した。可愛いのう。



「はい、この部屋使って良いよ。お風呂はこっち、トイレは一階にも二階にもついてるから」


「おばさんの部屋は?」


「二階」


「おばさんって呼ばれて怒んないの?」


「おばさんだもん。ばばあって呼ばれるよりはマシかな」


「………おばさんいくつ?」


「三十三歳」


「へぇ。もう少し若いかと思ってた」


「もう少し若いかと思ってたのに、おばさんって呼んだの?変な子」

と私が笑えば、


「子どもじゃないよ。もう二十一だし」


「へぇ~じゃあ、丁度一回り違うじゃん」


「一回りって?」


「え?今の若い子は使わない?十二歳差の事」


「何で?一回りって言ったら十年かと思った」


「干支って十二支じゃない?一周するのに十二年だからじゃないかな?」


「ふーん。干支ね……子、牛……とか言うやつだよね?」


「そうだよ。まさか……全部言えないんじゃない?」

私が疑わしい目で見ると、


「い、言えるよ!」

とムキになる。フッ……さては言えないな。


「じゃあ、君の干支は?覚えてる?」


「馬鹿にすんなよ。……多分ウサギ……だった筈」


「何でそんなに自信ないのよ。まぁいいや、でも……君って何となく兎っぽいね。そうだ!!君の名前は『ミミ』にしよう!」


「何それ?ペットの名前みたいじゃん」


「お!せいかーい。昔飼ってた兎の名前だよ」


「まさか……耳が長いから『ミミちゃん』じゃないよね?」


「何?何か文句あるの?」


単純だって言われたみたいでムカつくけど、私だって『単純だな』って思ってる。完全に同意だ。



そんな私とミミの奇妙な同居生活が、その日からスタートした。


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