レプタリアン3

 月は出ていなかった。

 それは低く垂れ込めた雲に遮られ、窓の向こうは漆黒の闇が広がっていた。何も見えない。

 そろそろだな、と手首に時計よろしく巻いた小型GPSの時刻表示を見ながら、神崎は思う。

 木更津から北明日香村への直行便は、快適とは言い難い空の旅だった。とはいえ、それは乗員たちの責任ではない。神崎は、例によって零情の任務に付き合わされて離陸した、顔馴染みのアズマS――CH-47JAの無骨そのものの機内を見渡す。

 押し込められる人間の快適さなんぞ二の次三の次。軍用ヘリにそんなものは不用。兵士を荷物としか見ていない設計のせいだ。

 コクピットを見やると、ヘルメットにナイトビジョンをマウントした奥田機長が振り返り、4人には広過ぎる機内で各々シートに座りくつろごうと努力はしている零情の一同にインカム越しに告げた。

「あと5分」

「5分」言いながらマヤがシートから立ち上がり、零情が採用したミステリーランチ製の大型背嚢を背負う。それにならって、三人は各々立ち上がり準備を進めた。

 同時に機体後部のハッチが開き、機付長の高橋2曹がファストロープ降下の準備をテキパキと進める。やがて奥田が告げた。

「あと1分」

「1分」

 マヤを先頭に、ぞろぞろと開け放たれたカーゴハッチへと向かう。ヘルメットにマウントした暗視眼鏡を下ろし、スイッチを入れる。目元が淡い緑色に照らされる。

「降下用意」

 北明日香村、目標のレプタリアン潜伏地点から20キロ南の山間部。その中で予め目星をつけていた開けた草地の上で、アズマSはホバリングに入った。

 と、高橋によりファストロープ用の図太いロープがにより地上へと放たれた。高橋はそれが真っ直ぐに地面に垂らされていることを素早く確認する。

「降下」

 最初にマヤがそれを掴み、素早く地上へ向け降下する。ファストロープ降下は迅速に降下出来る反面、ラペリングとは違いハーネス等を使用しないので、手を離したらそのまま落ちてしまう危険性があり、しっかり訓練されていなければ出来ない降下法だった。

 神崎たちがそれに続き次々と地上へ降下。降りると同時に銃を構え素早く周辺警戒に入る。強烈なダウンウォッシュに草が折れそうなほど傾き、土埃が舞っている。神崎は思わず顔をしかめた。

「降下完了」

 言いながらマヤが頭上に向かって合図する。ロープが機内にするすると回収され、アズマSは一気に上昇を開始した。

「アズマS、離脱する」

 奥田の冷静な声を残し、アズマSは急激に離脱を開始。あっという間に闇夜に姿を消した。

 瀑布のようなローター音とダウンウォッシュが唐突に消え、降下点は静寂に包まれる。

 4人はしばらく立て膝でしゃがみながらその場を動かず、銃を構えて周辺警戒を続ける。

 やがてマヤが銃を構えながらゆっくりと立ち上がり、静かに前進を開始する。神崎たちも、それぞれの死角を補いつつ続く。周辺警戒は怠らない。

 神崎がGPSを見やると、目的地まで予定通り20キロの表示だった。時刻は草木も眠る丑三つ時。行手には鬱蒼とした森が広がっていた。

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