レプタリアン2

「どかああああん!!!!」

 佐藤のセルフ効果音と共に、隊長室へと繋がるドアが勢いよく開いた。

 このセルフ効果音からして、そこそこの用件だと察したマヤが代表して立ち上がった。事務室でそれぞれの業務をこなしていた一同も作業を中断して顔を上げる。

「しょくーん!!お仕事だ!!」

「どのような任務ですか?」と元気潑剌な佐藤に対し、すこぶる冷静にマヤ。

「うむ。レプタリアン駆除だ。Σ4の偵察衛星が、奈良県北明日香村に作りかけのミステリーサークルが存在するのを捉えた」

 御三家の一角かと神崎は思う。存在自体は教範対地球外生命体戦を読んで知っていたが、まだ相対したことはなかった。

「神崎はまだ部隊に来ていなかったから知らないだろうが、一年前にこの付近に現れたレプタリアンの飛翔体を、我々の指揮のもと空自のF-15が撃墜していてな。山中に落ちた残骸は回収済みだったんだが、どうやら生き残って潜伏していた奴がいたらしい。直ちに駆除する必要がある。詳細についてはこいつに書いてあるからな。やり方は任せたぞ」

「了」言いながらマヤはΣ4からのファイルを受け取ると早速目を落とした。

「よし。話がまとまったら教えてくれ!」

 バタン!ドアに新たなダメージが蓄積され、壊れるその日がまた一歩近づいた。

 レプタリアン。人型爬虫類。レーテ人、グレイと並ぶ地球に飛来する代表的な地球外知的生命体――通称御三家――の一種で、その性格は凶暴にして粗暴。飛翔体はデルタ型。教範でも危険種と明記され、問答無用の駆除対象となっている。

 接触は1962年、ネバダ核実験場内に設けられた特設サイトに、彼らの飛翔体が着陸したところから始まる。

 着陸早々出迎えたΣ4の代表団を容赦なく殺害すると、彼らは高らかに宣言した。地球はもらう。人類は半分殺す。もう半分は家畜にして食ってやる。

 かくして待機していたΣ4直属特殊部隊と血みどろの戦闘に突入。数時間後、特殊部隊の二個中隊が全滅したところで、時の合衆国大統領は深々とため息をつくと受話器を上げた。その十分後、B-52戦略爆撃機が水素爆弾を二発投下。レプタリアンも、飛翔体も、絶望的な状況下で必死に抵抗を続けていた生き残りの特殊部隊員たちも、何もかもなかったことにした。表向きには核実験の一環として処理された。

 それがむしろ効いたようで、予想外に強力な兵器を保有している地球人類の早期侵略を諦めたのか、以降は少数による偵察を試みるようになった。

 レプタリアンが作成するミステリーサークルは、原理は不明だが完成するとなんらかの信号を発するようで、彼らの飛翔体が必ず出現する。その性質を利用して、太平洋上の中ノ鳥島や、広大な富士山麓の演習場内にミステリーサークルを作っておびき出し、戦闘機が迎撃し飛翔体ごと駆除することもあった。

 映画の中だとマル外の飛翔体は人類の戦闘機を圧倒するのがお約束だったが、実のところそうでもない。地球外といういわばアウェイからやってきた飛翔体に対して、地球というホームに特化し設計された戦闘機の方が優位に立てる場合がほとんどだ。表向きにはマンテル大尉事件として知られる一件のように、第二次大戦期のレシプロ戦闘機でさえ相討ちに持ち込めた例さえある。

 一年前に限らず、密かに、ずっと続けられてきた非公開の戦闘。自衛官の中でも戦闘機のパイロットが特に高給なのは、その操縦に高度な技術と判断力を要するからばかりではない。空の彼方で見たものの口止め料も含まれている。

「未完成ながら、ミステリーサークルのパターンは救難信号と考えられる。潜伏している数はおそらく一体」一通りファイルに目を通したマヤは一同に向き直るといった。「完成し飛翔体で迎えや増援が来ると厄介ね。その前に駆除する必要がある。明日には出ましょう」

 了解、と村木。「やり方は?」

「対レプタリアン戦の基本通り、狙撃。Mk.13を使う。1班が頭部、2班が補助脳を狙う」

 レプタリアンは人間よりも感覚が鋭く、また運動能力も高い。下手に近づくと察知され、皮膚の色をカメレオンのごとく周囲に同化させて姿を隠し、逆に返り討ちにされる危険が高い。そのため、教範では七百メートル以上の距離を置いた狙撃が推奨されていた。

 またレプタリアンには思考を司る頭部の大脳の他に、腰部に主として運動を担う補助脳が存在していた。レプタリアンは非常に生命力が高く、大脳を撃ち抜いたところで即死しない。補助脳を同時に狙撃しなければ完全には無力化出来ない。

 ちなみに同時狙撃が失敗した場合は厄介だ。大脳だけ撃ち抜いた場合、もともとあるか怪しい理性を完全に失い暴れ回る。補助脳だけの場合、上半身の力だけで這いずり回りこれまた大暴れする。その場合、ありったけの弾を動かなくなるまで叩きこむしかない。

「それと各員、銃には赤外線投光器を装着。観測手は信号拳銃に赤外線照明弾を携行する」

 なぜです?思わず神崎は言った。教範の駆除手順には書いていないことだったが、マヤからはわからんかというにべつもない視線が返ってきただけだった。村木が苦笑して助け舟を出す。

「レプタリアンは視覚だけではなく、ピット器官による赤外線探知によって周囲の状況を把握していることがわかっている。つまり赤外線を直接照射すれば眩惑効果が期待できる。人間にスタングレネードを使うようなもんさ」

「なるほど」

「こっちにも教範にはない現場での蓄積ってもんがある」

 村木は微笑んだ。

「ずっと戦ってきたんだ。人知れず、ずっとね」

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