レプタリアン
レプタリアン1
森本あやめは孤独だった。しかし、彼女はまだ14歳だった。彼女の世界は年齢相応に狭く、いまの自身の境遇が異常なのだということさえ、わかっていなかった。
頬が痛んだ。無意識のうちに、あやめはかばうように手を当てていた。その痛々しいあざは、唯一の肉親である父の平手によるものだった。
――しつけ。父は嘯いていたが、そう呼ぶにはあまりにも強かった。そもそも子に手をあげる正当な理由もなかった。なんとなく態度が気に食わない。そんな理由で振るわれた、ただの暴力だった。
そしてそんな父の理不尽な暴力はあやめにとってはもはや日常の一部で、彼女はなんの抵抗もせず、また泣くことさえしなかった。泣けば父は余計に逆上する。だから黙って父の気が済むまで耐える。それが彼女の処世術だった。
そんなあやめを守るものはなかった。救うものも、愛するものも。あやめの母はとうの昔に出て行っていたきりだ。彼女には、母の記憶そのものがなかった。祖父母には会ったことさえない。あやめにはおじいちゃん、おばあちゃんという概念自体なかった。あやめの父、森本豊は彼女が生まれる前から実家とは絶縁していた。
国や行政が手を差し伸べることもない。なぜなら、あやめには戸籍がなかった。――面倒だ。たったそれだけの理由で出生届が出されなかったがために、彼女はあらゆる庇護を受けられなくなった。彼女は存在しないも同然で、本来ならば中学二年生にも関わらず未就学のままだった。彼女が書けるのは、森本あやめという自身の名前だけだった。
深刻な過疎化が進む奈良県北明日香村。そのはずれに位置する集落には、近所の目もない。あやめの家を除いて、集落の五軒は既に空き家だった。住人は高齢で限界に達し二十キロ先の介護施設に入居しているか、あるいは既に他界して久しい。
処分しようにも買い手などつかず、かといって家を解体し土地だけにしてしまうと余計に税金を払う羽目になる。そうして住人のいない荒れ放題の家だけが残る。北明日香村に限らず、過疎化が進む土地はどこもそんなものだった。
あやめは確かな足取りで、そんな空き家の一軒へ入った。
鍵の壊れた玄関のドアを開けると、あやめはボロボロの靴を脱ぐ。薄らと埃の積もった廊下を進み、突き当たりの障子を開ける。
部屋の中は昼時にも関わらず薄暗かった。故人となった住民の親族たちが一度は整理しようとし、そして結局は放置したまま何年も経っているダンボール箱が雑然と散らばるその奥、壁にもたれかかるように、それはいた。
「――こんにちは、おじさん」
あやめが声をかけると、それはゆっくりと顔を上げた。
全身を覆う灰色の鱗。どす黒く縦に長い瞳孔。その右腕は肘から先が失われていた。
人間のような姿かたちでありながら、明らかに爬虫類の特徴を持つその異形は、あやめの姿を認めると、大きな火傷の跡の残る不気味な顔面をぎぐしゃくと歪め、微笑みのような表情を浮かべた。
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