ヒトガタ3

 十日後なら空いている。それが1ヘリ団運用訓練幹部の返答だった。では十日後にと取りつけたアポ通り、行動1班は陸自が目黒駐屯地と呼び、海自が目黒地区と呼び、空自が目黒基地と呼び、そして極々限られた者が零事案情報隊本部と呼ぶそこからパジェロ――制式名は1/2tトラックだが誰もそんな呼び方はしない上、下手をしたら知らない隊員までいる――で出発した。二人とも陸自の戦闘服にライナー姿だった。

 いつものように運転は神崎で、これまたいつものように会話らしい会話もなく、余裕を持って木更津駐屯地についた。

 営門で警衛勤務の陸士にマヤが運行指令書を差し出す。チェック、異常なし、敬礼。答礼。パジェロを入れる。運行指令書には適当に見繕った部隊名が記載され、バンパーの部隊表記もそれに合わせていた。同じ自衛官にまで所属を偽るというのも釈然としないが、国民同様ほとんどの隊員は零情の存在自体知らないのだからやむを得ない。馬鹿正直に名乗ればかえって話がややこしくなる。

 外来者用の駐車場にパジェロを停め、それぞれ荷物を手に取りまっすぐに格納庫前の駐機スポットに向かう。

 CH-47JAアズマSが待っていた。既にエンジンを始動し、ローターが力強く回転している。瀑布のごとき大轟音だが、これでもまだ飛んでいないアイドリング運転なのだから恐れ入る。

 アカギSは遠巻きに見る分にはなかなか可愛げのある機体だと神崎は思う。ベースとなったCH-47Jから大型化された胴体左右の燃料バルジは、ただでさえ巨大なタンデムローターの機体にますますもってボテりとした印象を加え、さらに機首の黒く塗りつぶされたレーダーは鼻のよう。まるで香箱を組んだデブ猫を連想させた。

 うん、やはり可愛げがある。遠巻きには。しかしながら近寄るほどに暴力的になる轟音とローターの風圧に、そんな感慨も物理的に吹き飛ばされていた。

 神崎たちはいつものように出迎えたアズマSの機上整備員、高橋2曹を先頭に機内へ乗り込んだ。

 完全武装の55人の兵士、または高機動車やパジェロ、大型ボートでさえ飲み込めるだけのキャビンはたった二人の乗客にはいかにも広すぎ、ガランとしている。まるでコンテナの中のようだ。二人がシートに腰掛けたタイミングで、ヘッドセットを高橋が差し出す。軽く会釈して耳に当てるとようやく爆音から解放された。

 十日の猶予があったのが幸いした。突発的な零事案が舞い込むこともなく、どうにかデスクワークは通常業務レベルまで片付けることが出来たから、あとはこのヒトガタ駆除さえ片付ければ――久方ぶりに週末はのびのびと休めるだろう。

 一口に地球外生命体と言ってもその種類は様々だった。教範「対地球外生命体戦」によれば、まず大きく二つに分けることが出来る。

 一つは単なる地球外生命体。簡単に言ってしまえばタコハチのように話が通じない相手全般で、モスマンのような化け物からウイルス並みに微小なものまで、その形態は幅広い。

 もう一つが地球外知的生命体だ。ロズウェル事件で米国が最初に接触したレーテ人のように、人類となんらかの手段でコミュニケーションが取れるか、もしくはグレイのように知性があることが確実視されるものを指す。

 その性質から、比較的人類に近い形態の生命体が多いが、中にはテレパシーで人類に接触してきたガス状生命体のような変わり種もいる。

 ヒトガタは後者に分類されるグレイ2型が度々地球に送り込んでくる、ある種の偵察デバイスと考えられているものだった。

 グレイの存在は1959年にΣ4によって確認された。120センチ程の身長に、異様に大きな頭、それに黒い目と裂目のような口が特徴で、目のサイズや鼻腔、耳の有無、搭乗している飛翔体――零情では新種以外は未確認飛行物体とは呼ばない。正体がわかっているので飛翔体もしくはUnknownのUを取ってFOと呼ぶ――の違いで、1型から3型まで分けられている。

 グレイとは交流があるわけではない。まず言語でコミュニケーションが出来ない。そもそもΣ4が回収した遺体の解剖の結果、声帯そのものがなく喋らないことが判明している。

 当初は遺体と同時に捕獲された生体とのコミュニケーションがΣ4の拠点エリア51で試みられたが、ボディランゲージに始まり、人類の様々な言語で挨拶してみる、文字を見せ筆談を試みる、写真や映像を見せる、音楽を聴かせる、果てはイルカの声を聴かせあらゆる周波数の電波を照射するなど思いつく限りの手段が試みられたものの、いずれもノーリアクションだったために失敗。最後の手段で古今東西ありとあらゆる拷問にかけたがこれにもなんの反応も示さなかった。

 結局捕獲された第1号は何も食べず、水も飲まないまま最終的には三ヶ月後に死亡したことが記録されている。

 とはいえ脳が人類のそれより大きく発達していること、また度々地球に飛来しアブダクション人を誘拐したり、キャトルミューティレーション牛の血を抜いたりしていることからなんらかの知性があることは確実視されていた。

 コミュニケーションが取れないために目的は不明だが、それらグレイの活動は気持ちのいいものではなく、遂にはヒトガタを送り込んでくるに至って完全に脅威として認定され、駆除対象となっていた。

 ヒトガタが確認されたのは1980年。Σ4指揮の下、米空軍機がニューメキシコ州で密かに撃墜した飛翔体の中から遺体を発見したことによる。

 ヒトガタの外観はこれといっておかしなところもない、ごく普通の人間である。話しかければ会話も成り立つために、通常その識別はまず出来ない。ただしタンパク質とは似て非なるまったく未知の素材で構成されている。

 おそらくはグレイがアブダクションによって人類を研究し、それを模して作り上げたものであり、都市伝説のもう一人の自分、ドッペルゲンガーの正体でもある。

 ヒトガタの真の活動目的はグレイが地球に飛来する理由自体が不明なために依然謎のままだったが、各国諜報機関の潜入工作員がそうであるように、地球の情報収集や、なんらかの工作が目的である可能性が高かった。

 Σ4による研究の結果、ヒトガタは特殊な電波を地球外へ向けて送信していることが判明している。また、放射される赤外線パターンも人のそれとは異なっていた。

 それらの特徴から、駆除手順が確立された。まず電子偵察衛星によりヒトガタの電波を傍受、逆探知して位置を特定する。ついで狙撃手が特殊なフィルターを付けた赤外線スコープにより人間とヒトガタを識別して駆除する。

 今日の任務がまさにそれだった。Σ4の衛星監視網によって探知された日本国内の新たなヒトガタのリストに基づき、いまから自分が――零情が動くのだ。


 ヘッドセット通して機長の奥田1尉と副操縦士菅原2尉、そして管制塔との落ち着いた、日本語と英語がごた混ぜのやり取りが聞こえてくる。

 やがてコクピットの奥田1尉が振り向き、こちらを見ると言った。「離陸する」

 マヤが軽くうなずくと奥田はすぐに正面に向き直った。管制塔へ宣言する。

「アズマS、テイクオフ」

 滑走路を一気に駆け抜けて空へと舞い上がる飛行機とは違い、ヘリの離陸はほとんどGがない。気持ちふわりと来たかなと思い窓を一瞥するともう宙に浮いていた。時計を見ると時刻は2030。予定ぴったりの離陸だった。

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