タコハチヤ・タコヤキーヤ9 (完)

 つい数か月前は真っ暗だったこの時間帯も、まだ夕方の明るさが色濃く残っていた。水路を挟む桜並木が美しい。

「今日は眼鏡ではないんですね」

 とりとめもなく、神崎は言った。

「その、いつもとは違うなと」

「ええ、何となくそういう気分だったから」

 なるほど。神崎はそれ以上無理に会話を重ねようとも、深入りしようともしない。ただ黙って二人で桜を眺めるだけの静かな時間が、マヤには心地よかった。

 しばらくのち、迷った末なのがはっきりとわかる顔で神崎は言った。

「タコハチの件なんですが、あれは――」

 やはり気づいていたか。そう、あなたはそういう人間だ。だから信頼できる。そしてこうも思った。あなたはいまのままでいい。いまは、まだ知る必要はない。


 ――いずれ、私の切り札になるかもしれない、その時までは。


 ごめんね、神崎。

 この感情だけは、私だと信じよう。それが今できる唯一のことのようだから。

「それはニード・トゥ・ノウ」

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