タコハチヤ・タコヤキーヤ7
頭上のマンホール坑にびったりと挟まり、昼寝でもしていたらしいタコハチは、慌てて見上げた神崎に真正面から突っ込んできた。
間一髪で飛び退り、直撃は免れる。なんてでかさだ。神崎は唖然とした。病室で2班が遭遇したのがミカンなら、こいつはさながらメロンだった。紛れもなく成体だった。こいつはヤバい。見ただけでわかる。どう考えても話は通じない。
タコハチはヤジロベイよろしく、図太い触腕を左右に広げると派手に一回転した。マヤは回避できたが、もろに食らった神崎は跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「こいつめちゃくちゃ怒ってますよ!」
プレートとヘルメットがなければ間違いなく気絶していた。反撃したいが、神崎もマヤも振り回される触手を避けるのに精いっぱいだ。距離が近すぎる。04式を構えて狙いをつけるどころじゃない。
「援護射撃!」
マヤの一言で、後方から一部始終を目にしていた鮎沢は、教範に載せてもいいほど美しい立射の姿勢を取ると引き金を絞った。放たれた弾丸はタコハチの頭部を見事直撃――しなかった。外観とは裏腹の凄まじい動きですべて回避したのだ。
「お嬢!神崎!伏せろ!」
連射しかない。素早く切り替え軸をレに入れると鮎沢は04式を全自動で発砲し弾幕を張る。二人が伏せたと同時に頭上を弾丸がよぎっていった。
タコハチは5.56ミリ弾が束になって殺到するより一瞬早く、びよよーんと漫画じみた音をたて、壁、天井、床と縦横無尽に跳ね回ることで全て回避した。
後日、鮎沢は次のように語っている。――タコハチの動きはまるで、小学校の時、思い切り投げつけたところ教室内を縦横無尽に暴走し、ガラスを割り、蛍光灯を吹き飛ばし、なおも跳ね回って同級生に激突して号泣させ、その後親を呼ばれてしこたま怒られる原因を作ったスーパーボールのようでした――はい。
「ライト点灯!」
マヤが鋭く命じた。暗視眼鏡にレーザーではああも見た目通りの化け物じみた動きで跳ね回る相手に狙いをつけるには不利だ。どうせこちらは見つかっている。姿を隠す努力など意味はない。また、強力な光で怯ませることはできるかもしれない。
返事の代わりに全員が一斉に暗視眼鏡を跳ね上げフラッシュライトを点灯した。
脇からの不意打ちにカチンと来たのか、タコハチはそのまま鮎沢へ向けて突進を開始した。ライトに怯む気配はまるでないどころか、明らかに逆上している。
「マジか!」
鮎沢は突進してくるタコハチへ向けてとにかく連射するが、腹が立つほど当たらなかった。
「ちくしょうが!」狙ってダメなら一区画丸ごと吹っ飛ばすまでだ。鮎沢は銃身下部に取り付けたM320擲弾発射機の引き金を引いた。ポンと間の抜けた音とともに擲弾が飛び出し、目視できる速度で飛んでいく。運よくタコハチの頭部に直撃するのが見えた次の瞬間、盛大な爆炎と煙が沸き起こった。
天井の一部が崩れ、瓦礫が落ちる。煙が晴れたときには、タコハチの姿は見えなかった。死んだかどうかはわからないが、とりあえず静かにはなった。
――と、崩れた瓦礫の中から、タコハチがゆらゆらと姿を現した。触手が数本千切れ、触腕も片方失っていたが、大変遺憾なことに、ずいぶんと元気そうだった。
タコハチが巨大なカラストンビを剥いて咆哮する。タコハチ語はわからないが、言いたいことはよくわかった。お前らぶっ殺す。絶対それだ。
「きやがった!」
タコハチはよほど頭にきているのか、一直線に鮎沢に突っ込んできた。さっきよりは狙いがつけやすい。鮎沢は全自動で弾を叩きこむが、弾丸はつるんとした頭に弾かれてあさっての方向に火花を散らす。まるで効果がない。ちくしょう、成体ってのはここまでたちが悪いのか!
「クソ!」もう一発擲弾をお見舞いする。が、タコハチの頭はぼよよーんと音を立てて歪んだ後、びろろーんと擲弾を天井に弾いた。当てたと思っていたが、さっきの一発も同じ理由から致命傷にならなかったようだ。
こうなってくると頼りは一人しかいなかった。村木のMk.13は、04式の5.56ミリ弾より貫通力のある.300ウィンチェスターマグナム弾を使用している。あの皮膚を貫ける公算は高い。が――
「マルサン、村木2尉、現在位置は?」
「今マンホールの手前ですが、近所の奥様が談笑中。姿を出せない!今別の方法を考えてる」
ああ全くこれだから非公開部隊は!
「やばい!」
こんなことをやってる間にタコハチはもう間近だ。鮎沢は咄嗟に閃光手榴弾を投げつけた。
人間の視界と聴覚を奪い、一時戦闘不能にするだけの強烈な光と轟音に怯んだタコハチは反転し、今度は神崎たちに向かい突進する。
「くそ!俺の目もやられちまった!しばらく援護できない!」
鮎沢の戦線離脱。これで残るのは神崎とマヤだけだった。
「来るわ。射撃用意」
「射撃用意!」
充分にひきつける。マヤの意図は理解できていた。至近距離からありったけ叩き込めばどうにかなるかもしれない――なってくれなきゃ困る。
「撃て!」
同時に引き金を絞る。びよよーん。しかしその瞬間をタコハチは完全に見切っていた。鮮やかに跳ねて見事に避けるとその勢いそのままに神崎に突っ込んだ。
条件反射で04式をハイポートよろしく正面に構えて身をかばうが、車に轢かれたのと同等の巨大なエネルギーを受け止めることは到底できず弾き飛ばされた。先刻の触腕の一撃など比較にならなかった。背中から転がる。口の中に血の味がした。息が苦しい。意識が飛びかけていた。
それでも「このままじゃ殺される」という現実的かつ切実な問題から、神崎は朦朧としながらもどうにか意識を繋ぎ止めて立ち上がった。
――銃。手の中に04式がなかった。見ると、真っ二つにへし折れて転がっている。09式のホルスターに手を伸ばしかけた瞬間、タコハチの触腕が神崎に絡みついた。暴力的な力で神崎を締め付けると、壁に叩きつけ、天井に叩きつけ、床に叩きつける。意識が飛ぶどころの騒ぎじゃない。死ぬ。冗談抜きで本当に――
「神崎!」
マヤが援護しようとするが、繰り出される触腕と触手を避けつつ、さらに振り回される神崎に当てないように、では難易度が高すぎた。撃ちたくても撃てない。
神崎をとことんいたぶったタコハチは、満足したのか鋭いカラストンビをばかりと開いた。喰う気だ。喰われる。つまり俺は死ぬ。
ドスン!
瞬間、消音器の意味があるのかわからない馬鹿みたいに巨大な銃声が耳朶を打った。
突然、タコハチの動きが止まった。万力のように締め付けていた触腕の力が不意に緩み、神崎は床に頭から落ちた。
見ると、タコハチの側頭部に大穴があいていた。村木の放った一撃がタコハチの頭部に命中したのだと神崎が理解した時には、二発目が命中する。5.56ミリ弾で突破できなかった皮膚をあっさりと貫いたその威力に、知ってはいるものの改めて神崎は驚愕する。
タコハチはその場にどさりと倒れ、二度と動かなくなる。
「どうにか奥様がどいてくれてね」と村木が肩をすくめた。
「――死ぬかと思った」
一言本音をこぼした後、神崎は無意識のうちにマヤに視線を向けていた。
マヤは何も言わず、気まずそうに眼をそらした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。