タコハチヤ・タコヤキーヤ2

 防衛省自衛隊零事案情報隊。略して零情。

 米軍の意向を受け、創設間もない航空自衛隊内に設立された、未確認飛行物体調査研究班を前身とし、情報保全隊やサイバー防衛隊等と並び、防衛大臣直轄の「共同の部隊」として運用されている一般には非公開の部隊である。

 その任務は、ロズウェル事件以降、地球に飛来する地球外生命体が引き起こす「零事案」と呼称される各種事件に対処し、またその存在を国民に悟られることなく秘密裏に隠蔽するにある。

 密かに制定された零事案特措法に基づく強大な権限、米軍はおろか地球外生命体をも含めた独自のコネクションを背景に、非公開とは言えあくまで自衛隊の一部隊という扱いでありながら、防衛大臣はおろか内閣総理大臣すらその詳細を知らなかった。

 正確には知ろうとする者は確実に破滅に追いやられるため、零情に触れること自体がタブー視されて久しい。

 陸上自衛隊に入隊して二年目、しがないただの陸士長でしかなかった神崎誠が零情の一員となったのは、いまから半年前のことだった。

 神崎は自衛隊が特殊武器と呼称するNBC兵器の対処を専門とする化学科の第1特殊武器防護隊に所属していた。ある日の夜、部隊が東富士演習場で検閲中、突如出動を命じられる。

 混乱の中で到着した先はなんとUFOの墜落現場。唖然とする一同の前に突如現れたのが、佐藤太郎1等空佐率いる零情の面々だった。

 彼らはその場の指揮権を豪快に掌握するとテキパキと現場を片付け、1特防の面々を拉致同然にヘリに載せ座間駐屯地に送ると個別に事情聴取を行った。

 その際、佐藤に見込まれた神崎は、対外的に死んだことにされ零情の一員となるか、本当に死ぬかというあまり余地のない選択を迫られ、零情入りを選んだ。

 時に他部隊を指揮する関係上、幹部しか所属できない零情の特性に合わせ、名誉の戦死を遂げたところで二階級特進が関の山な自衛隊で五階級越えのウルトラ大特進を成し遂げ3等陸尉に昇進。無茶苦茶もいいところの任務が続くなかで、零情隊員としてすっかり板についた頃合だった。

 最近練馬区の住宅街、ひかり台で発生した猟奇事件にマル外――地球外生命体が関与している可能性がある。そう命ぜられて捜査に乗り出したのが3日前。

 大して苦労することもなく、あっさり尻尾は掴んだ。あとはボロが出ないうちにずらかるだけだ。神崎とマヤはさっさと警察署を後にし、駐車場に停車させていたこれといって特徴のない官用車に乗り込んだ。

 運転席に収まった神崎は、胸ポケットから業務用携帯多機能通話情報端末を取り出した。仰々しいネーミングだが、ようはスマートフォン。例の少しかじられたリンゴがロゴのメーカー製のものだった。

 スマートが聞いてあきれる長ったらしさだったが、自衛隊はとにかく何でも漢字表記にする。その徹底ぶりはすさまじく、小銃は小銃、機関銃は機関銃で、間違ってもライフルやマシンガンなどと横文字は使わない。狙撃用のスコープは照準眼鏡。ガイガーカウンターではなく線量率計。なんてことはないアイロンですら電熱式温圧着器と表記しテプラを貼るにいたっては、もはや狂気の領域に踏み込んでいる気がしないでもない。

 神崎は端末の「お仕事」フォルダをタップし、一覧の「秘匿通信アプリ」のアイコンをつついた。表示された連絡先一覧から、ボスに連絡する。数度の呼び出し音の後、繋がった。

「神崎です」

「おうカンザキ。どうだったよ?」

 防衛省目黒地区。陸自の教育訓練研究本部、海空の幹部学校、防衛装備庁管轄の先進技術推進センター等が置かれる敷地内の地下に、零情の本部は隠されていた。その隊長室で、机に足を載せ椅子にふんぞり返ったまま、佐藤太郎1等空佐はタバコに火をつける。自衛官にあるまじき姿ではあるが、この男に対して自衛官の何たるかを書き出したら短編では済まなくなる。 

「目撃者の男性から聴取しました。彼はタコに襲われたといっています」

「タコか」

「はい。かなり混乱しているようでしたが、自分の所感では嘘を言っているようには思えません」

 深々とため息。

「警察の調書によれば、過去の犯罪歴は無し。薬物検査の結果もシロ。供述内容も多少混乱していますが首尾一貫してます。それに――」神崎は思わず肩をすくめる。「嘘をつくならもうちょっとマシな嘘にするかと」 

 けらけらと楽しげに笑った後、佐藤が答えた。

「だな。マヤは何と言ってる?」

ちらとマヤを見やる。無言でうなずいた。

「嘘はついていないと」

「やはりうちの仕事のようだな。2班の報告を待って上に報告する。お前らは帰ってこい。タコなら心当たりもある」

「目撃者曰く、宇宙戦争の火星人みたいなやつだそうです」

「ますます心当たりがある。すぐに戻ってこい」

「了解」

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