14.出来ることから②
あらかじめ用意した布に、奴隷の子を包み直し、一時街を出る。
装いを改めていない奴隷の子同伴で宿屋は、まず利用不可能だと考えての判断だ。
まずは街の外にある水辺で火を焚き、過剰なる糧から米だけの粥を作る。喋ることすらままならない子を抱き抱え、粥を少しずつ与える。
過剰なる粥には、この世界でのポーション以上の効果があるのは、先の村で実証されている。すぐに呼吸は力を取り戻したが、深刻な状態だったのであろう、即座に全快とは至らなかった。
次に【時を駆ける創造】を発動し、土で雨風を凌ぐ為の小屋を作る。この子の回復を待つ間は、しばらくの間は野営となる。
豊は、奴隷商人と契約書を交わした際に、いくつか情報を仕入れることが出来た。
奴隷が大っぴらに酷使されているこの国にも、一応は人権制度が存在している事。
世帯毎に出生記録が明記され、それに載っている人は、税を支払う事で、国民として生活を保障され、犯罪に手を染めない限りは、奴隷にされたりなどはない。
しかし、各地の戦争などに巻き込まれ、領地を丸ごと焼かれたりすれば、その記録が失われ、国民としての権利を失ってしまう。本来ならば、そんなことは滅多に起こりえないのだが例外もある。
中には組織ぐるみで、人に冤罪を着せ、犯罪奴隷として堕とすなどの抜け穴も存在する。その為、この様な幼い子までもが、奴隷として流れ着くこともあるという。
次の日には、奴隷の子は目を覚ました。現状を理解していないようなので、話をすると、ようやく自分の置かれた状況を理解したのか、礼儀良く座りこうべを垂れた。
「ごしゅじんさま、かっていただきありがとうございます」
「僕の名前はユタカ、よろしくですぞ」
「ロシィです。よろしくおねがいします」
豊は、ロシィに過剰なる粥を食べさせ、体力の回復を図った。
「がうがう……がうかう……」
食事を終え、湯を沸かし、ロシィを念入りに身体チェックを行いながら洗った後、彼女の長い橙色の髪をとかしながら、身の内話を聞き出していく。
ロシィ6歳。性別女。種族、人間。馬車に長い事揺られ、自身が何処から来たのか不明。両親とは別に買われ、様々な主人を転々としたあと、体調を崩し、最後はあっさりと奴隷商人に売られたという。
豊は、自身の事を語り、何故彼女を奴隷として購入したのかを説明した。
「ロシィ、僕は女神フォルトゥナ様の使いで、世界中の人々を幸せにするのが使命なのです」
「フォルトゥナさまのつかい……。ごしゅじんさまは、かみのつかいなのですね……だからロシィをかってくれたのですか?」
「キミを見つけたのは偶然だけど、これもフォルトゥナ様の導きでありましょう。ロシィ、これから君は僕と共に旅をし学び、強くなるんだ」
「つよく……なる……」
「残念ながら、この世界はまだ人々に優しくない……だから強くなるんだ。理不尽に、不条理に負けない為に……」
突拍子のない話に戸惑うと思われていたが、彼女はゆっくりと頷いた。理由もなく自分を買い、身体を清め、栄養価の高い食事まで与えてくれる主人は、今までに居なかった。
それに身体全体から発せられる善人の雰囲気。これは天啓なのだ。私に与えられた運命の好機なのだと、彼女は無自覚ながらに、認識出来たのであった。
初めは裕福な男が慰みものにする為、自分を買ったのだと思ったが、それが杞憂であると判ると、安堵した様子で全身の緊張が解かれた。そして、新たなる希望と闘志が、己の内側から湧き出るのを感じたのである。
「ごしゅじんさま。わたしつよくなります」
「あぁ、その意気だ。君には期待している……。さぁ、出来た」
豊はロシィの長い髪を丁寧にケアし、編み込んで一纏めにアレンジした。
「ありがとうございます。ごしゅじんさま……。あの……わたしの髪、切った方がいいですか?」
「長い事を気にする必要はない。女の命である髪は大切にするべきだ。少なくとも僕はそう思っている」
「は、はい……ごしゅじんさま……」
この日、ロシィは夜泣きをした。奴隷になった経緯がトラウマとなって甦り、体力が回復した今、不安障害が再発したのである。
「この子の人生は……これ程にまで……!」
豊は彼女の人生を想い、心を痛めた。そして、ロシィの安らぎの為、自分に出来る事を限りなく労力を注いで実行した。
豊がゆっくりと声をかけ、抱きしめて熱を分け与える。【手当て】と呼ばれる技法により、手の平から体温を分け与えると、自然と夜泣きが治まり、そのまま寝息を立て始める。豊は焚火を見つめ、夜が明けるのをただひたすらに待った。
次の日、ドガルドの街中でロシィの衣服を含めた装備を一式揃え、武器として、見事な鉄製の短剣与えた。
「ロシィ、これはお前の力だ。使い方次第でコレは、便利な道具にもなり、命を奪う武器にもなる……」
幼いながら、厳しい奴隷の世界を生きて来たロシィは、すべてを言わずとも、豊の言葉の意味を理解していた。身が引き締まる想いで柄に力がこもる。
装備を揃えた店の主人からしてみれば、『かなり金を掛けて奴隷を保護する主人』であると目に映った。これには豊の狙いでもある。
奴隷と云うものは、あくまで主人の所有物である。その証であるのが、奴隷の首に付けられた【隷属の首輪】だ。魔術で管理され、強い力で拘束されている。これがある限り、ほとんどの場合は逃げ出す事は不可能と言える。
本来奴隷として買った際に、契約を破棄し、自由にすることも可能ではあるが、それでは、一般的な子供として、誘拐されてしまう可能性が高い。
この国では、窃盗における罪と罰が大きい。隷属の首輪は、その牽制になるのだ。
必要な物資を補充し、二人は、
訪問の目的は、仕事の斡旋と【レベル】の取得である。
この世界でのレベル概念は、現代に普及する、一般的なRPGとあまり変わりない。訓練や実戦などで、経験値を会得し、レベルアップする事で、各
※主に、
使用者の任意で発動させる、【アクティブスキル】に分類されている。
冒険者や魔術師、特権階級者や金のあるものは、各地にある組合などで金を払い。この概念【レベル】を手に入れる。最初にレベルを手に入れられる人物は限られており、一般的には、レベルに辿り着くまでに、相当な苦労があるとされている。
その恩恵は絶大であり、【生物としての格】が、より顕著に身体能力に現れる。
レベルがひとつ、上がる毎に、赤ん坊から、子供へ成長するくらいの差が出る。と考えたら想像できるかもしれない。
女神の使いである豊には、もともとレベル概念が存在する。この世界に辿り着いてすぐの頃には、レベル三あった。地球での身体能力を、フォルトゥナ世界へ変換し、落とし込んだ際に、これらの数値は決定される。
ハガンカの
ルーティーン家で家庭教師の職に就けたのも、実はレベルが関係していた。レベルを所持しているという事は、それなりの家柄の出身である。という証明にもなりえるのだ。
冒険者組合に入ると奇異な目で見られた。子供づれの冒険者は珍しいようで、依頼を探している如何にもな連中は、『新しいカモが来たぜ』といった様に二人を遠目に眺めていた。
ココに居る冒険者は、自らの腕っぷしの機転の良さを売りに、生き残ってきた連中だ。上下関係もあり、自分の立場が上であると見せつけ、物事を有利に運ぼうとするのは、処世術なのであろう。
受付嬢に説明を受ける。
「レベル申請には、ギルダム銀貨十枚が掛かりますが、よろしいですか?」
「あ、はい。それとレベルの登録は僕ではなくて、こちらのロシィに……」
組合施設に併設されている酒場で、驚きの声が上がった。
椅子から転げ落ちた奴もいる。
「あんな子供にレベル登録だと……何考えてるんだあいつ……」
「って事はあいつ自身は、レベルが高いか相当な金持ちなのか……?」
あたりがざわめきだす。
それもそのはず。ギルダム銀貨は決して安くはない。
一枚で十日分の食料が買える価値がある。
それを十枚となると、一般人では用意するのは難しく、容易な事ではないのだ。
正式な冒険者や魔術師、商人を目指すものはそれなりの覚悟と金銭が必要となる。
ロシィが用意された魔法具の水晶玉に手をかざすと、
水晶玉の下にあるカードに、次々と情報が刻まれていく。
カードには名前、レベル、職業、所属組合、裏には能力値、技能値などが表示されており。専用の技能、道具が無ければ登録した本人しか見えず、扱えない。そういった魔術で構成された
カードが専用のケースに入れられ、それを首からかけることができる。
「紛失されますと、再発行するのに、ギルダム銀貨五枚が手数料となりますので、お気を付けください」
「わかりました、行こうロシィ」
「はい、ごしゅじんさま」
続けて、討伐依頼を依頼ボードから見繕う 。
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