7.次の村へ
ハガンカから旅立ち、二日が過ぎた。
豊は出発の前に訪れた労働者組合にて、受付嬢であるシェルジュ嬢から近隣の村々における状況を詳しく聞き出していた――
二日前―――――――――――――――
「――救済を必要としている村ですか……? えっとぉ……ギルドに寄せられている情報によりますと……モブラ村付近の山で地滑りが発生し、山が削れて獲物が減り、川へ土砂が流れ込んだことで魚が取れず、食料の確保が不安定になったという理由で、領主に税の免除申請を行ってますね」
モブラ村は農業と狩猟、採集や魚釣りなどをして暮らしている村である。特産はカブと芋、豆類といったものが中心となっており、特に豆を税として納品している。
「モブラ村までは馬の脚で二日くらい掛かりますね。今の時期は定期馬車が出ていないので、馬を用意しないと大変ですよ?」
「馬は予算的に不可能ですな、まぁ乗馬なんてしたことないんですけど」
豊はこの時点で旅の道具を買い揃えていたため、手持ちに余裕があまりなかった。
現在の彼に、馬を買うほどの甲斐性はない。
「随分と大荷物ですね。何処に向かわれるんですか?」
「とりあえず歩きで村々を回りながら、ドガルドまで向かおうかと思います」
「あぁ、ドガルドでしたら姉がギルドで受付をやっているので、話は早いと思います。紹介状を書いておきますね」
「これはこれは……お世話になりますぞ――」
―――――――――――――――
「ふぅ……ふぅ……! この先に例の村があるはず……! 定期馬車がないだけでここまで苦労しなければならないなんて、ダイエットにしてもキツ過ぎますぞ……!」
地下水による地滑りと年々度重なる不作により、危機に瀕している村の存在を知り
豊は人々を救うべく。モブラ村へと向かっていた。
ハガンカにおける三カ月のチュートリアルで人類幸福度が2.5%になった事で、救えた人々の人数が評価に大きく寄与すると目星をつけた豊は、過剰なる糧を軸として人々の食糧危機を救い、人類の幸福度を上昇させようと考えたのだった。
「我が前に体現し、飢えと渇きを満たせ! 第三の術!」
【過剰なる糧】
第三の術、【過剰なる糧】は豊青年の生きた現代の食事を、魔力を代価に実体化するものである。この世界における魔力をどういう訳か豊は多く所持しているという。詳しい話は追々語っていくとして、今はそれだけ分かれば良いだろう。
豊が夜食に最も食したとされる禁忌の献立大きいおにぎり2つ、チーズ入りの卵焼き、醤油で炒めたウインナー、烏龍茶のセットである。最初はおにぎりひとつから始まったが、度重なる使用によって熟練度が向上し、メニューが充実した。
その日の気分により、おにぎりの具と味付けが変わるという。
おにぎり一個から始まったこの魔術も、幾度となく実行され、今では熟練度の向上に伴いメニューを豊富にしていた。
異世界での生活には最早欠かせない魔術技能であった。
初めの一ヶ月を乗り切れたのは、間違いなくこれのおかげである。
「ほほっ! 塩昆布と梅干しとは! 今日の天気を考慮した素晴らしいチョイスですぞ! はっはっは!」
天候は快晴、木陰に腰を下ろし、ゆっくりと糧を胃に収める。
しばしの休憩を取り、腹の具合を確かめてから動き出す。
「ふう、出発しますかな……。最近は良く眠れてないし、もうそろそろふかふかの布団が恋しいですぞ~!」
それは寂しさを紛らわせるための独り言であった。
話し相手が欲しいところではあるが、女神も常に暇である訳ではない。仕事をさぼればこの星の表面温度が変化し、灼熱地獄が起きたり氷河期が到来したりする。
大きな道を少し離れ、林を抜ける。ちょっとした丘を越え、森を横切る。荷馬車が滞りなく通過出来るように適切な整備がされているが、現代人の豊にとっては険しい道のりと言えるだろう。
精度の低い地図には、丸が書かれており、集落や村の場所を示している。
豊のふくよかな身体には、長距離の移動は向いていない。旅の必需品たちも重量のアップに大きく貢献している。何度も休みながらの移動ではあったが、節々に痛みはあれど、運動量に対してその豊満なボディに痩せる気配は一向になかった。
それとは別に、豊は道中で違和感を覚えた。
「モンスターの数が少ないというよりも……全然居ませんぞ……?」
女神が創りし世界は、剣と魔法のファンタジーと聞いていた。禍々しい、如何にもなモンスターは居るし、巨人もドラゴンも、多種多様に存在する。
「この辺は、餌になる様なものがないのであろうか……」
まだ見ぬ異世界の生物に思いを馳せていると、突然茂みから影が飛び出した。
ふわふわの毛を纏った小型の兎である。本来豊の記憶にある個体と違いがあるとするならば、額に角を生やしているという点だろう。
「ほほぅ……。あれは兎型のモンスターであるラビィですな……。目と目が合ってしまったのでコレは恋の予感……ンンッ!!」
一陣の風が吹いたかの様に、ラビィはその素早い身のこなしで、豊に対し、突進攻撃を繰り出していた。脚で地面をひと蹴りするだけで数メートルの間合いが縮まる。その一瞬で、記憶の中にある兎とは比べ物にならない身体能力があると悟った。
恋の予感などと云う冗談も半分に、ラビィの一撃を躱して武器を構える。
この世界の常識で語ると野生の魔物は、出会ってしまえば戦闘は避けられない程に自己防衛意識が強く、どう猛な種族が多いとされている。距離が離れているならばまだしも、近距離で出会ってしまえば威嚇行動も意味をなくしてしまう。
ちなみに【魔物】と【魔獣】の区別は、動物型かそうじゃないかによって分けられ
【獣】は比較的穏やか、【魔獣】問答無用で襲ってくるものと
この世界では定義される。
【魔物】と【魔獣】は総称として
【モンスター】とも呼ばれる地域もある。
【ラビィ】――――――――
兎型の魔獣ではあるが個体差が激しい。
中には大型犬並みの体躯を持つものもいる。
頭には固い一本角が生えており、
別名で、白い一角獣とも呼ばれる。
体重と速度を乗せた突進は、木に穴を開ける程、強力である。
――――――――――――――――
対峙している個体は平均より小さいが、素早い動きと固い角と、
体当たりによる直線的な攻撃。これを、抜群の反射神経で回避。
豊は、ドッジボールで負けた事がないくらい、回避に優れていたのだ。
「(ふふっ、高校生になっても友達と昼休みにドッチボールをやっていた僕だ。そう簡単にやられてたまりますかってんだ!)」
当たれば只事では済まない突進故に、剣を構えてじっくりと相手を観察し、慎重に攻撃の隙を伺っている。
これは彼の戦闘におけるスタイルでもあり、丸い体形の所為で派手に動いたり出来ないが故に編み出された戦法であり、この中には屋敷で学んだスタード流剣術も含まれている。本来であれば盾も用意したいところだが、旅路の支度を整える際に予算がオーバーしてしまった。
観察によれば、突進の前に予備動作として
後ろ足で、土を蹴る習性があると理解した。
この予備動作は、速度を上げる為の行動である。
それに気付いた豊は、次の攻撃を待つ。
「(よし、躱した! 即座に反撃っ!)」
攻撃を誘い、回避してすかさず反撃を繰り出そうとしたが、飛び込んできたラビィは地面に足をつけると即座に踵を返して追撃をしてきた。
「(は、速い……! ウサギ特有の脚の柔軟性、僕の知っている種族よりも何倍も速い! 腱のバネがロケットの様な加速を生み出している……! 速さには速さで対抗するしかない……!)」
追撃を外套で躱したことでラビィの視界は妨害される。これによって勢いは一時的に下がり、速度が低下して再び突進の予備動作に入る。
「(……はやり一定のパターンがある……! 思考というよりも、本能で戦っているみたいですな……わざわざ相手の攻撃を待つこともない……【クイックアップ】)」
豊は自分の体内時間を早める魔術【クイックアップ】によって加速した。この魔術は通常の三倍近い速度で活動する事が可能だが、それはほんの数秒しか持たない。
「(体格差を利用して相手を押し潰し、そのまま仕留める……!)」
豊が渾身の力を込めて足を踏み込んだ。鍛え上げられたハムストリングスから発せられる爆発的な速度はラビィを完全に上回る――はずだった。
「うおおおぉぉおぉっ~~~⁉」
踏み込んだ二歩目、地面に埋まっていた巨大な石に足を取られたのである。なまじ爆発力がある為に勢いは止まらず、そのまま地面に大転倒を引き起こした。
「(まずい! クイックアップは二回連続で使えない! 早く体勢を整えないと!)」
クイックアップは一時的に豊の体内速度を高めるが、それは心拍数も倍になるという事である。それは通常の全力疾走と同じ様に心臓へ大きな負担を掛ける。それを休憩なしで連発する事は、実質不可能であった。
「(うぉおぉっ! 前方回転受け身!)」
片手で地面を大きく弾き、その反動で前転。
即座に起き上がるがラビィが角を突き出し追撃してくる。
「うぼあっ!」
実質起き攻めを喰らった豊は、そのまま突進の勢いを逃がすために前転。
装備した革の軽装はダメージを軽減してくれたが、痛いものは痛い。
即座に立ち上がって剣を構え直した。スタード流剣術の基本は命を大事にである。
距離を取り直し、再び突進の準備が行われる。最初の時と同じ様に、初撃を回避し、切り返した追撃も見切った。
「今っ!」
完全なタイミングで振り下ろされた攻撃。しかしラビィは空中で身体を反転させ、不安定な体勢から蹴りを繰り出したのである。届いていないと思われた攻撃は豊の腕に明確な傷を残した。少しの痛みと鮮血がアドレナリンを加速させる。
「(な、何故⁉ 何処に何が当たったんだ!)」
ラビィの足、正確には踵にも骨の様な鋭い突起が備わっていた。それはまるで爪であり、豊に緊迫感を与える。
ラビィは敵対者へと向き直ると、再び突進の準備を始めた。この予備動作は必ずと言っていいほど差し込まれるものであり、ほんの少し考える猶予を与えた。
「(その突進! 利用させてもらう!)」
風切り音と共にラビィが真っすぐ突進を繰り出す。目標部位は生物の弱点が集中する顔面。白い一角獣は迷うことなく射程範囲に豊を捉え、思い切り飛び込んだ。
それが好機となる。豊は先ほど自分が躓いた岩の端を思い切り体重を乗せて踏み込むことで、梃子の原理を使い地面に埋まっていた岩をせり上げたのである。
これによりラビィは重厚な岩へと衝突し、その勢いを失う。
そして一閃。勢いよく振り下ろしたショートソードがラビィの頭を直撃し、
即座に白い一角獣はおとなしくなった。
「手応えありっ……!」
豊は剣越しに返ってきた衝撃を、確実な手応えとして受け取った。
刃の部分ではない所で打った事により、ラビィは強い脳しんとうを起こして倒れ、その隙に手早く首を締め上げた。
「頂きました命は無駄にはしませんぞ……」
ハガンカで過ごした三ヶ月の間、豊は知識だけでなく
一部、モンスターの解体を会得していた。労働者ギルドで解体業のアルバイトを何件かこなしたのである。元々家族のために料理を習得していた彼はその要領の良さも相まって、手早く解体の技術を吸収し、ラビィは素材へと早変わりした。
生肉は日持ちしない為、その場で調理して食べることにする。
「焚火を用意して……。捌いたウサギ肉を切り、バランスを整えながら串へと通して塩を掛け、丁寧に焼いていけば……! 豊特製ウサギやきとりの完成ですぞ!」
完成した料理を一口食べると、嚙んだ瞬間に肉のうま味と肉汁が口の中に広がり、それをわずかな塩が全体の味と完成度を引き上げている。
「う、美味い。生臭坊主たちが理由を付けて食べていた意味がわかりますぞ……」
生き物を殺し、直接取り込んだのは豊にとってこれが初めてだった。
突如として無機質な声とファンファーレが鳴り響く。
『神界機構、天の声システムです。ユタカのレベルが上昇しました』
「おや……? チュートリアル中には上がらなかったレベルが今頃……? 何か特別な理由があるのでしょうか……?」
豊はレベルアップの喜びよりも前に、レベルアップの条件について考察を始めた。
これもまたオタク特有の癖みたいなものである。細かいところが気になるのだ。
「盛大な筋肉痛を乗り越えた時の様な漲る力を感じますぞ……! これがこの世界におけるレベルアップですか……体験するのは初めてですが、これはすごい……」
ステータス展開――
【ユタカ・ホウジョウ】
LV2 HP.250/250 MP.70/70
筋力 STR(strength)32
頑強 VIT(vitality)24
瞬発 AGI(agility)18
器用 DEX(dexterity)14
知能 INT(intelligence)28
幸運 LUK(luck)5
――――――――――――――――
魔術 【激しい発汗】【クイックアップ】【過剰なる糧】
※以下、情報量が多過ぎるため省略
――――――――――――――――
ステータスを確認するとすべての数値が満遍なく上昇している。豊はその辺の石を持ち上げ、力を籠めるとぐしゃりと潰れた。
「な、なんですかなこの力は……⁉ 人間を遥かに凌駕しておりますぞ……!」
レベル一つの上昇で豊は、転移前には考えられない程のフィジカルを手に入れてしまったのだ。
「これがレベルの上昇……三カ月でひとつという理由がわかりますぞ……。こんなのがポンポン上がったら生態系のバランスなんぞ崩壊しますからな……! これは条件などを徹底的に分析し、効率化と最大化を研究せねば……! ステータスの厳選はRPGの基本ですからな!」
豊は戦闘でモンスターを殺す事と、モンスターを食べるという部分に経験値獲得の秘密があるのではないかと目星をつけ、今後レベルの上昇に注意を払うことにした。
感動もひとしお、肉を取り終わり一枚の毛皮となったラビィを丁寧に梱包する。
「この先の村では、この素材の需要はあるだろうか……」
素材でいっぱいになった
豊は目的地へと歩を進める。
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