3.朝起きて咥えるパンとほにゃらら

 時は少し遡り――



 女神の召喚に応じたことで、豊は光の道を通り抜けることとなった。


 チュートリアルも済ませぬ間に、豊は賑わいを見せる街、ハガンカへと到着した。

「普通、人目のつかない森とか、街道沿いから始まったりしませんか?」


 突如として現れた豊の姿に、行き交う人々は不信感を抱いたまなざしを向けるが

 それらはハガンカの街を守る門番の声によって、払拭される。


 「これより開門を執り行う! 街へと入るものは順番に並び、身分確認を受けてくれ!」


 人々はその声と同時に我先にと並び始めた。

 豊は呆気にとられ、その場で呆然と立ち尽くしてしまうが、ある団体の割り込みと同時に、列へと巻き込まれてしまう。


 多くの人込みは流れを生み出していた、これに逆らえば

最悪の場合、圧死するかもしれない。



「順番守れよ! 横入りするんじゃねぇ!」

「うるせえ! お前こそ横入りじゃねぇか!」


 血気盛んな商人や、冒険者の様な見た目をした集団が口論をしている。

それはやがて、熱を帯び、殴り合いの乱闘へと発達した。

この混乱に乗じ、豊は雑多に積まれた荷車の隙間へと入り込み、姿を隠した。


「(聞き慣れない言語が脳の中に入り込んでくる……!)」


 女神の与えた能力は、【言語理解】。脳に負荷を掛けることで

本来であれば数年かかる言語の習得を、聴いて見て

一瞬で成立させてしまう恐ろしい能力である。


「(喧噪が脳を焼く様だ……!人々の会話が呪言の如く響き渡る!)」

 身を隠しながらも、あらゆる雑音に豊は苦しみ始める。

そして、やがてそれに限界が来た。


「(プツン…………!)」


 意識が限界を迎え、豊の目の前は真っ暗になった。



「可哀そうに……恐らく開門の際に、揉みくちゃにされたんだ」


「誰か! 水をぶっかけてやれ!!」


「うーい!!」


「はっ!! 僕っ!! 生きてるっっ!!」


 豊が気が付いた次の瞬間、気付けに浴びせられたバケツの水が体温を奪う。


「おぎゃああああああ!!!!」


「お、起きたみたいだな。大丈夫だ。生きてる生きてる」


 豪快に生まれた赤ん坊の様な悲鳴が詰め所に響き渡る。


「うぶっ……! ガクッ……!!」


「また気絶したぞ!! もう一杯だ!!」












 北条豊の朝は早い――

家庭教師という名目で働いてはいるが

お屋敷での雑用なども行なっている。



 基本的には屋敷内で

お子様達の相手をするのが日課である。



 豊が担当しているのは

ハイネお坊っちゃまと、アンリエットお嬢さまの2人

ハイネが7歳、アンリエットは5歳



 現代で基礎的に身に付ける

仕草や礼儀作法などは


 この世界では十分な程に重宝され

教養に富んでいた豊は

滞りなく日常を過ごしていた。


「ユタカ!あそぼう!」

「ユタカ!わたしも!」



 彼は人柄も良く物腰が柔らか

子供に好かれやすかったし

声が低めで素敵だった。



 しかし、モテなかった……



「ユタカ!おかしつくって!」

「ユタカ!わたしも!」



 料理スキルも、彼由来のステータス欄にデカデカと存在し

その腕前はプロにも通用した。



 しかし、モテなかった……



「ユタカ!おふろはいろう!」

「ユタカ!わたしも!」



 面倒見も良く、人は皆揃って

彼の人間性を認めていた。



 しかし、モテなかった……



 彼はメガネと、そのまるまるとした体型により

とても女性受けが悪かったのだ。



「女神様は異世界だったら絶対モテモテになれるって言ったのに……」



 しかし、モテなかった……



「いや、まだエルフとか見たことない美少女種族もいっぱいいるし!ワンチャンあるで!待っててくれ!未来の美少女達!」




「ユタカがまたひとりごとしてる」

「ユタカ、どこかわるいのかな……」




 こういう残念なところも含めて

子供はちゃんと大人を見ているものである。




 ある日、お屋敷に魔術師が派遣されてきた。


 魔術に興味津々の豊は

主人に許可を得て、その様子を

見学させてもらうことになった。



 ハイネとアンリエットは、将来は貴族として

社交界へとデビューするが



【子供の将来の可能性を広げたい】


という主人の教育方針によって

魔術の授業が導入された。



 女神の趣向で創造された世界では

誰でも簡単に扱える訳ではないが

魔術は当たり前の様に存在している。


 多少の適性があるのと鍛えたり

学ばなければ使いこなす事は出来ない。


 それは【認知】することで、自分の中にある観念を拡張し

感覚的に魔力を発見することから始まる。


 魔術師によれば、ハイネは氷

アンリエットには火の適性があるようで


 その結果に魔術師は大変驚いた。

普通の子はこれと言った適性は無く


 各属性を選択し、各々伸ばしていくというのが標準となっている。




 魔術の授業が終わり

続いて主人によるハイネの稽古が始まる。


 ハイネは中級貴族ルーティーン家の跡取りであり

大事なひとり息子。



 主人を始めとした、周囲の期待に応えるべく

ハイネは懸命に稽古を続けている。


 この地域の剣術は、主に剣と盾を持ち入る【スタード流剣術】

盾で攻撃の軌道をずらし、相手の姿勢を崩して有利な立ち位置を確立

無理に攻め込まない【命を大事に】を主体に置いた剣術である。



 その間豊は、その稽古を横目にアンリエットと作法の勉強をこなしていた。


 この幸せな家庭を目の当たりにし

豊は、世界が表示した人類全体幸福度の

【二パーセント】という数字を信じられずにいた。



 この世界が感じ取る幸せの定義とは

一体何なのだろう

もしかしたら、この家庭も世界からしたら幸福ではないのだろうか?




二人の成長を見守りながら

豊は世界に対する漠然とした不安を感じていた 。


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