『リィフの接近と、アヤメの魔法』(7)

放課後の静かな教室でたった一人、アイリは何もせずに俯いて立っている。

その頬に、一筋の涙が流れていく。


……私のせいで、ディアに怪我をさせてしまった。


なんでこう、恋も魔法も上手くいかないんだろう。

このままでは卒業も、ディアとの恋の成就も、叶うはずがない。

それでも立ち止まってはいられない。だって私の中には、ディアとの子が……!

思い立ったアイリは涙を拭うと、小走りで教室の外へと出る。

……校舎の2階にある、保健室を目指して。



その頃、保健室では、アヤメがディアの手当てをしていた。

放課後なので保健の先生はいない。

アヤメは保健室を把握しているのか、手際よく棚から消毒液と綿を取り出してきた。

そして消毒液で浸した綿で、ディアの頬の傷をなぞって拭く。


「ディアさん、しみたら、ごめんね」

「いえ、大丈夫です。この程度でしたら、すぐに治ります」

「あ、本当だ!もう傷が薄くなってる!」


ディアは魔界最強の魔獣であり、自己回復能力も凄まじい。

例え瀕死の重傷でも数日で回復するし、切り傷程度なら当日で完全に消える。

アヤメは驚きながらも安心すると、改めてディアと目を合わせて向かい合う。


「ねぇ、ディアさんはアイリの事が好きなんでしょ?」

「……え?」


突然の単刀直入すぎる問いかけに、ディアは意表を突かれる。

アヤメはニコニコしながらディアの答えを待っているが、当然ながらディアは即答できない。


「そ、それは……」

「じゃあ、ディアさんはアイリの事が嫌い?」


アヤメは言い方を変えて、意地悪な質問をした。

ディアに『好き』か『嫌い』かの、二択しか答えの選択肢を与えない。

ディアは視線を泳がせた後、少しだけ頬を赤らめて小さく答えた。


「好き……です」


好きかと聞かれれば答えないのに、嫌いかと聞かれれば好きと答える。

本人には好きと言えないのに、他人にだったら好きと言える。

それは何故で、何を意味するのだろうか?

奥手で真面目なディアは、常に自分の心と本音を隠して抑えているからだ。

娘の幸せを願ってディアの本音を聞き出したアヤメは、嬉しそうに微笑んでいる。

……だが、その時、この瞬間。

開いたままの保健室のドアの前に、アイリが立っていた。

タイミング悪く、ディアの最後の言葉だけを聞いてしまった。


(ディアが……お母さんに、好きって……言ってた……)


今まで、どんなにディアに『好き』と言葉で伝えても、返してくれなかったのに。

お母さんには、簡単に『好き』って言うんだ……


その衝撃とショックで全身が震えだしたアイリは、ドアから離れて全力で廊下を駆け出した。

ドアの正面側に座っていたアヤメがアイリに気付き、咄嗟にディアに向かって叫ぶ。


「ディアさん、アイリを追いかけて!!」

「……っ!!承知致しました!」


ディアも咄嗟に状況を飲み込み、アイリを追って駆け出す。

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