『リィフの接近と、アヤメの魔法』(8)

アイリがここまでショックを受ける理由は、母・アヤメへの単なる嫉妬ではない。


全力疾走の勢いで上履きのまま校舎を出たアイリは、ようやく校庭の真ん中で足を止める。

後方からディアが追いかけてきて、アイリの背中のすぐ後ろで足を止めた。

アイリは背中を丸めて肩を上下させながら小刻みに震えている。

背後に立つディアは、アイリが泣いているのだと気付いた。


「アイリ様。傷の事でしたら、大丈夫ですので……」

「ちがうもんっ!!」


バッと勢いよく、アイリはディアの方を振り向く。その拍子に大粒の涙が弾け飛んだ。


「私、知ってるもん。ディアは、ずっと、ずっと……お母さんの事が好きなんだって!!」

「……!!」


今度はディアの方が金色の目を見開いて衝撃を受けた。

それは、アイリが生まれる前……何百年も前から密かに隠し通していた、ディアの心。

誰にも言わずに、心に秘めていただけの恋心。


……ディアは、王妃アヤメに片思いをしていた。


これが、アイリが母であるアヤメに恋愛相談をできない理由。

魔王もアイリも気付いているのに、アヤメ自身はディアの想いに気付いていないからだ。

当然、ディアが王妃に恋をしたところで叶うはずもないし、叶えようとも思わない。

ただアヤメが幸せであればいいと、見守るだけの密かな恋だった。

自分でさえ口に出した事のない想いを、アイリの口から出されてしまった衝撃に、ディアは言葉が返せない。

しかし、アイリの感情の暴走は止まらない。


「ディアは、私をお母さんと重ねて見てるだけでしょ!?」


娘・アイリと、母・アヤメは、姉妹に見えるほどに容姿が似ている。

だからって、アヤメへの叶わない恋をアイリで満たすような真似を、ディアがするはずもないのに。

心では分かっていても、感情に乗せられた言葉の暴走は勢いを増すばかり。


「だから……好きでもないのに優しくしてくれるんでしょ?」


……ちがう。ディアを追い詰めたい訳じゃないのに。

……こんなの、本心じゃないのに。


「ディアにとって、私は、お母さんの代わりなんでしょっ!?」


アイリの叫びがオレンジ色の空虚な校庭に木霊して消えると、静寂に包まれた。

恐る恐るアイリが顔を上げてディアを見ると、ハッと息を呑んだ。

ずっと無言であったディアは眉をひそめ、悲しいというよりは苦悶の表情で顔を歪めていた。

……こんなディアの表情は見た事がない。

ようやくディアの口が微かに開いた。


「それがアイリ様の本音なのでしたら……心外です」


その表情と言葉から、アイリはディアの頬だけでなく、心まで傷付けてしまったという罪悪感に襲われた。

しかし心外というのは、何に対してなのだろうか。

今も本音を言わないディアこそが、一番罪深いのかもしれない。

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