第14話 何が降ろうと

「雨が降ろうが槍が降ろうが参上します」という大仰な文面で得意先へのメールを締めくくった。


 彼は社運を賭けた大きなプロジェクトを、ほぼ成功の段階にまで至らしめることができたことに安堵した。だが、最後の打ち合わせに向けて気を引き締め直す。昼過ぎのオフィス。営業部フロアで、関係書類の整理などを始めた。


 パソコンのモニターに向かっていると、急に妙な通知が来た。

「緊急気象情報。槍に注意」

 空から槍が降ってくるのか? んな馬鹿な。

 彼は失笑。だが一応、気象庁のホームページを覗いてみる。


「緊急気象情報。激しい槍に注意。四百年に一度クラスの槍」

 何だそれは。というか四百年前に槍が降ったのかよ? と、彼はツッコミを入れると同時に、じわじわと心がざわざわしてきた。何せ、営業部の他の連中は顔を青ざめさせて、この世の終焉を迎えるかのような気鬱を帯びたパニックに陥っているのだから。

 え? 本当に槍なんて降るの? 嘘だろ?


 窓外を見やると、いつの間にか空は暗く厚い雲が立ちこめ、大雨が降っていた。激しい雷と相まってずいぶん剣呑な様子だ。

 営業部のフロアは泣きわめく者もいて、これはただ事ではないと感じた。彼は他の部署のフロアに行ってみる。どこも似たような状況だった。ビルの外では、数珠を握って空を拝む集団が雨に濡れるまま練り歩いていた。


 空が光った。雷とは違う。槍だ。数え切れない槍が猛烈なスピードで降ってきた。

 外を歩く人間は、ほぼまんべんなく槍に射貫かれた。


 彼は、人間が損壊されて絶命する様子を生まれて初めて目撃。しかも数え切れないほどの人数だ。血みどろのストリートが現出。あまりにもむごたらしい……おぞましさに彼は目眩をおぼえた。

 やりきれない。槍だけに。

 これは本当にこの世の終わりなのかもしれない……。


 彼の電話が鳴った。さっきの得意先からだった。

「ところで約束していた時刻をだいぶ過ぎてるけど、今どこら辺にいるの? 雨が降ろうが槍が降ろうが参上しますと言ってたよね?」

 確かに言ったけど。こういうのってハラスメントを超えた何かだと思う。

 やりきれない。槍だけに。


 槍は、激しく降り続けている――。

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