清掃員の僕が女子高校学園の女王様にモテモテ?

ウイング神風

清掃員の俺が女子高校学園の女王様にモテモテ?

「おはようございます。大森様」


 僕が窓を拭いていると、背後から挨拶の声がする。

 無論、僕のような清掃員にかけられた声ではないのは重々承知だ。でも、フリ向かわずにはいられなかった。

 だって、大森とはこの学校の校長の苗字だ。

 つまり、呼ばれた少女の名前はこの校長となんらかの関係を持つ人だ。

 僕は手を止めて、彼女の姿を拝める。

 燃えるような赤い髪に凛として歩く姿は優雅な少女。まるで頭上から糸を引いたようにぴんと背を伸ばしながら歩いている姿は女王様のように感じる。

 彼女はまっすぐと歩き、周囲の学生は彼女に首を垂れる。


「おはようございます。鈴木様。昨日とは違う香水をしたのですね。貴方に似合いますわ。おはようございます。石谷様、髪を少々切りましたね。よく似合いですわ」


 大森苑香。

 この薔薇女子校の2年生生徒。

 みんなに愛想がよく、この高校のトップに立つ人間だ。

 そんなトップの人間でありながらも、生徒一人一人を大切にするため、みんなから女王様と呼ばれている。

 決して傲慢な態度を取らないが、威圧的で優雅な行動はいつ見ても憧れる。

 俺でさえも彼女に憧れる面もある。

 彼女が遠すがるのを、俺は首を垂れたままだった。

 すると、彼女は素通りすると思いきや、俺の前にしゃがみ込む。

 一体、なんだろうと、思うと彼女は僕の方に耳打ちをするように囁く。


「清掃員さん……放課後は薔薇庭園で待っていますわ」

「え……?」


 唖然とした言葉をあげる前に彼女はスッと僕を通り過ぎていったのだ。

 大森苑香は自分の教室の方へと向かって優雅に歩いていく。

 僕はただただ、彼女の背中を見つめることしかできなかった。


◇ ◇ ◇


 放課後になり、俺は薔薇庭園へとやってくる。

 そこには休憩用の建築物、ガゼポで一人の少女が鎮座している。

 僕はその休憩用の建物に入ると、彼女の対面に腰をかけた。

 すると、彼女はにっこりと笑い、手にしているものを僕の方に差し伸べる。


「優さん。はい、アーン」

 

 僕の目の前の少女は脆い手でスコーンを持つと、僕の方に差し伸べる。

 長いパーマをした赤い髪をし、肌は雪のような純白。顔の輪郭は整っていて、二重瞼に、長い綺麗な眉毛。鼻はスッと高く。いいところの令嬢にも見られる少女。

 彼女の美貌に僕は唾をゴクリと飲むと、状況を整理する。

 少女の名前は森本苑香。この薔薇女子高校の理事長の孫。学園の女王様と呼ばれており、誰からも尊敬されている令嬢だ。

 仕事が終わった僕は彼女に呼び止められて、この薔薇庭園でお茶をしている。

 そして、苑香はスコーンを僕の口元の方へと差し伸べる。


「……これはまずいのではないか?」


 僕が注意を払うと、彼女は小さく首を傾げると、いたずらのように尋ねてくる。



「何がまずいのかしら?」

「……だって……僕は男だぞ?」


 ……そう。僕は男であり。

 本来この女子高校にはいてはいてはいけない存在なのだ。しかし、仕事の都合上で僕はこの清掃員であり、身分が低い存在だ。先生より、誰よりも、身分が低い存在だ。

 そんな清掃員の僕が、学園の女王様にアーンされるのは度が間違っているのだ。

 大学を中退した僕の未来はこんなにモテるわけがない。そう思ったのだ。


「貴方が男性なのは目で見ればわかるわ」

「なら……どうして、こんなことをする?」

「だって、私は貴方が気に入ったから」


 可愛らしく微笑む苑香に僕は完敗する。

 生まれて初めて女性とこんなに接触するのだ。

 だから、慣れない童貞な自分には刺激が強すぎるものでもある。

 僕は19歳で、苑香は16歳である。年も離れている。

 僕たちの出会いは間違っているかもしれないと、理性はそう訴える。


「はい。アーン」

「……あ、アーン」


 苑香の差し伸べるスコーンに僕は口を開き、食べる。

 もぐもぐ、うまい。スコーンというものを生まれて初めて食べたかもしれない。こんなに甘くて美味しくて、香ばしいのは人生で初めて体験した。

 さすが、大森財閥のいいところのお嬢さんだ。

 清掃員の僕とは大違い。

 毎日半額弁当を食べる人生を送っている自分とは全く違う。

 なんだか、資本主義が羨ましくなってきた。


「美味しいですか? 優さん」

「う、うん。すごく美味しいよ」

「ふふ。今日はスコーンを用意した甲斐がありましたわ。ささ、アフタヌーンティーもありますわ。どうぞ、ゆっくり飲んでいってください」

「あ、ありがとう」


 苑香は綺麗な姿勢でお茶をコップに淹れると、僕の方に差し出す。

 僕はそれを受け取ると、少し戸惑う。

 なぜならば、飲む作法が分からないのだ。一気飲みは御法度なのだろうけど、ちびちび飲むのは男としてちょっと情けないのだろうか。

 そんな緊張しながらすすっと飲むと、苑香は花が咲くように微笑む。


「いい飲みっぷりですね」

「あ、ありがとう」

「さて、お話をしましょう。私、貴方に非常に興味があります」

「ぼ、僕のこと?」

「ええ。貴方はどうしてこの薔薇女子高の清掃員になったのかしら?」

「話せば長くなるが、知り合いの伝手でここにやってきたのだ」

「そういえば、貴方は大学を中退したのよね。どうしてかしら?」

「恥ずかしい話だが、親の借金で大学に通えなくなったんだ。だから、借金を返済するために僕はここで働いているんだ」

「それはとても大変ですわね」

「……もう慣れたよ」


 清掃員の日々は大変であるけど、それなりに充実している。

 毎朝早起きし、学校に誰よりも早く到着してから清掃をする。学園をお嬢様方が勉強できるように綺麗にするのが僕の仕事だ。

 給料は雀の涙だけど、ないよりはマシ。

 寮付きだし、近くに激安スーパーもある。だから、仕事を与えた人には感謝しかないのだ。

 振り返ればもう一ヶ月もこの仕事をしたんだ。

 僕の人生は大変で、甘くない道なりである。

 二週間前……父が他界して人生転落してしまったあの日を思い出す。


◇ ◇ ◇


「……借金?」

「うん。お父さんの工場がうまくいかなくて、借金をしていたのがわかったの」


 そういう母の顔はどこか疲れ切っている様子である。

 それはお通夜が終わった後だった。

 東京から呼び出された僕は、慌てて実家に戻り、父の葬式をあげた。そして、真実を知った。

 父は、無理をしてまで従業員を大切にして、体と精神を壊した。

 挙げ句の果てには自殺し、借金だけが遺産となり僕たちが肩代わりすることになったのだ。


「悪いけど、優の授業料を払えることはできない」

「え……?」


 トンカチで頭を叩かれたような気分になった。

 まだ状況が理解できていない僕にその言葉が全て状況を説明してくれた。

 大学2年生になったばかりの僕にはまだ現実味がない気がしていたが、大学を中退しなければいけないことはここでわかる。

 僕はその借金を返済しなければいけないように働かなければいけないのだ。


「ごめんね。優。でも、お金がないの」

「……母さんは悪くないよ。僕、中退して仕事するから」

「ごめんね。優」


 母さんが涙粒を目から流しながら謝罪するのを見ていると、僕の心はぎゅうと締め付けられる。

 初老の母さんは頭の回転が早く、父さんの右腕にもなった人物だけど。こう謝罪するということは、策は尽くしたのだろう。 

 なら僕はこの家を支えないといけない。


「明日から、日雇いの仕事を探すよ。母さん」

「……本当にごめんね」


 母さんは僕に頭を下げる。

 けど、僕は笑ってなんともないと彼女に言い聞かせた。

 その日の夜。僕はネットで日雇い仕事を探していた。

 一番いい条件はないか? 早く返済できる場所はないか、と探し出す。

 そして、僕はとある人物と出会うことになる。

 翌日の朝のことだった。

 お通夜が一日経過した頃に、彼はこの家にやってきた。


「お通夜にくるつもりだったけど、残念ながら間に合わなかった」


 とある初老でダンディーな男性がそういうと名刺を僕の方に差し渡す。

 僕は名刺をとると、名前を読み上げる。


「森本健一? 森本財閥の?」

「ええ。昔、貴方の父と交友関係があったものでね」

「わざわざご足労していただきありがとうございます。父も喜ぶと思います」


 僕が頭を深く下げると、彼は苦笑いを浮かべる。

 

「話は聞いたよ。借金を返済するんだって」

「あ……恥ずかしながらそうです」

「なら、うちで働かないか?」

「え?」


 僕が唖然とすると森本健一はある紙を僕に差し伸べる。

 そこには薔薇女子高校の求人票があった。

 清掃員募集、とのこと。


「寮付きで、もちろんガス電気水道付きでもある。給料は高くないが、私から頼めば四十年間働けば借金を全部返済できて、普段より早く返済できるのだろう」


 給料の条件から見る限り、かなりいい条件にもなる。

 すごく魅力的で素晴らしい条件ではある。僕には喉から手が出るほど欲しいものだ。

 しかし、違和感が一つある。

 それは……


「すごくいい条件だと思いますが、一つ伺ってもいいでしょうか?」

「なんでも」

「なぜ、誰も応募していないのでしょうか? こんないい条件」


 僕がそう尋ねると、大森健一は眉を顰めた。

 ちょっと、まずい聞き方をしてしまったのか、後悔する。でも、これを聞かずにそのまま働くと後から問題があったら聞いていないよ、と嘆くのは嫌だった。なので、僕はストレートに尋ねた。


「実は、ここには問題児がいてね」


 大森健一は一泊してからそう答える。


「問題児?」

「そう。恥ずかしい話だけど、私の娘だ。彼女はこの学校を女王なのだよ」


 意味がわからず、僕は首を傾げてしまった。

 その女王様が何か問題なのか、ぴんと来なかったのだ。

 でも、大森健一が続けて綴る言葉に僕は理解を深める。


「彼女、苑香は規律正しい人間でね。怠惰な清掃員を首にしているのさ。まあ、怠惰は誰にでもあるものだと思うけどね」

「なるほど。ようは、彼女が気に入られないとこの仕事が続かないのですね」

「理解が早くて助かる」


 大森健一はポンポンと僕の肩を叩く。

 どうやら、この職業の一番の問題は大森健一の娘が厳しくこの職の邪魔になっているのか。

 彼女はさぞかし厳しい人なんだろうな、と思えた。


「で、君はこの応募に募集するかい?」

「はい。喜んで応募させていただきます」

「そうかい! それは良かった。明日から仕事始められるぞ」

「え? 明日から始められるのですか?」

「もちろんとも。ついでに言うと清掃員は君一人だけになるけどね」


 ……すごくこの職業に不安を感じる。

 僕はこの薔薇女子高校の清掃員をやっていけるのだろうか。

 でも、一回頷いてしまったことには後から撤回する勇気はない。

 まあ、死ぬわけでもないし、頑張ろう。

 目指せ、40年。借金返済を目指して頑張ろう!


◇ ◇ ◇


 七月の中旬はジメジメとして暑い日が続いていた。

 僕は案内された寮に荷物を置くと、早速清掃員の格好で出勤をする。薔薇高校は寮から徒歩で10分という距離だ。

 職場も住まいから近くて、素晴らしいところだ

 まず、最初に僕がやるのは清掃だ。

 校門の前に落ちている木の葉を箒でささとまとめる。


「おはよう。薔薇高校の生徒さん」

「あ、おはようございます。清掃員さん」


 来校する女子生徒たちには挨拶をし、僕は真面目に木の葉をまとめた。綺麗な道が出来上がった。

 子供の頃から清掃が得意だった僕はこのような雑用をこなすことができるのだ。

 僕が最後の木の葉を箒で掃いていたら、ある声に作業を停止した。


「あら? 新しい清掃員さん?」


 ふと、呼ばれたので振り向くと、そこには赤い長い髪をした少女が僕を見ている。

 美しい容姿に僕は唖然とする。

 彼女は先ほど挨拶している令嬢とは格が違うことを肌で感じた。

 もしかすると、彼女が噂の令嬢、大森健一の娘なのだろうか。


「はい。本日付けでここで働くことになりました。来優と申します。令嬢さん」

「どうも丁寧な挨拶。私の名前は大森苑香と申します。この薔薇女子高校学園の生徒会長を務めています」


 苑香は一歩足を引いてから、スカートの裾を掴み会釈する。

 品が高く、令嬢らしからぬ丁寧な態度に僕は慌てて頭を下げた。

 さすが大森健一の娘だ。素晴らしく品が高い。女王様と呼ばれるのが納得できるくらいのものだった。

 

「貴方。素晴らしいですわね。この辺の木の葉を掃いてくださって」

「いえいえ。これは僕の仕事ですから」

「前の清掃員さんもそこまで意気込みがあればよろしかったのに」


 はあ、とどこかため息を吐く苑香だった。

 なるほど? 彼女が厳しいのではなく、前の職員があまりにも堕落しているのかな?

 でも、大森健一の話を聞く限り、退職した人は一人ではなさそうだ。

 これには何か裏があるのかな?


「では、清掃員さん。また後ほど」

「あ、ちょっと待って、そこにはまだゴミが残っている!」


 僕が忠告すると同時に彼女は振り向くと、歩き出す。

 しかし、そこにはバナナの皮があった。このお嬢様高校に誰がこんなものを置いたのか、気になるが、今はそう考えるべきではない。

 彼女が踏む前に始末しないと……遅かった。

 苑香は力一杯、そのバナナの皮を踏む。


「あ……」

 

 スローモーションのように転倒する苑香。

 僕は箒を投げ捨てて、素早く彼女の背中を抑える。

 そして、自然にお姫様抱っこすることができてしまったのだ。


「ふう。危ない危ない」


 僕は彼女を抱えたまま、ゴミのバナナの皮を見る。

 犯人はこの木の上に登っているカラスだ。カラスは近隣のゴミを漁ってここに巣を作っていたのだ。


「……あの、清掃員さん」


 声がしたので、僕は視線を木の上から苑香の方に移す。

 彼女は茹でたタコのような真っ赤になり、僕の方を見つめていた。


「離してくれませんか? 私はもう大丈夫です」

「わわわ。すみません」


 僕が慌てて彼女を離すと苑香は両足で大地を立った。

 事故とはいえ、令嬢に触るのは不味かったかもしれない。僕たちは異性だから、令嬢に触れた

 解雇を覚悟して、僕は頭を下げる。


「勝手に触れてすみませんでした」


 ふかふかと頭を下げる僕。

 令嬢はきっと僕のことを嫌いになったのだろう。

 僕が解雇される覚悟を持っていると、彼女は小さな声で僕に声をかける。


「ありがとうね」

「……え?」


 令嬢は僕にお礼を言いだした。

 最初は空耳かと思った。顔を上げると、そこにはハニカム少女がいたのだ。


「放課後、薔薇の庭園で待っていますわ。そこでゆっくりお礼がしたいので、良かったら来てくださいね」


 苑香はそういうと、校舎の方へと向かっていったのだ。

 僕はただ唖然しているだけしかできなかった。

 噂よりは、柔らかい人だと思った。


「いけない。僕も清掃しないと」


 パンパンと顔を叩き、清掃を続けた。

 まずはカラスを追い払わないといけない。また、校内にゴミを運んでくると大変な事故につながるかもしれないかrだ。

 ……さっきみたいに。


◇ ◇ ◇


 やがて、放課後になり。女子生徒たちが帰路に着く。

 僕はみんなに挨拶をしてから、校舎の中に入っていく。地図を脳内で思い出す。確か、後者を抜けたところに薔薇庭があったはずだ。

 昼休みに一度は尋ねた場所だ。

 そこはフランスの庭園のもとに設計された場所だ。

 薔薇に包まれ、庭園の真ん中にはガゼポがある。ガセポとは、庭にある休憩場所である、小さな建築物だ。

 綺麗な数種類の薔薇が咲いている中で建築物はある意味休憩場所には適しているようでもある。

 知識がない僕にとっては豪華な場所だと思えた。


「あ、優様、こちらへどうぞ」


 僕が薔薇の庭につくと、ガセポから綺麗な声が響く。

 振り向くと、そこには苑香が手を振っていたのだ。

 ガゼポの中に入り、僕は彼女の対面に座り、挨拶をする。


「こんにちわ。苑香さん」

「ええ。ごきげんよう。優様」


 丁寧に頭を下げる彼女に、僕は慌てて頭を下げてしまった。

 まさか、彼女が丁寧に頭を下げるなんて、噂とはかけ離れているようだった。

 彼女から目を離し、僕は周囲を見つめる。

 そこにはいろんな種類の薔薇が咲いていた。どれも綺麗な薔薇で色鮮やかである。薔薇の色は若干違っているけど、どれも綺麗に咲いていた。

 きっと、ここの庭師はこの薔薇たちを愛しているのだろう。

 こんなに綺麗に咲かせるのは。


「ここは綺麗だね。一つ一つの薔薇は違う色を放っている。誰が手入れしているの? 庭の係員?」

「いいえ。この学校にそのような職員はいませんわ」

「あれ? と言うことは生徒が管理しているの?」

「はい。私一人で管理しています」

「すごい。こんな大量の薔薇を管理するなんて、大変でしょう」

「そうでもありませんわ。朝の軽い運動のようなものですわ」

「君はこの薔薇たちを愛しているんだね」

「どうして、そう思うのですの?」

「だって、こんなに綺麗に咲いているんだもん。君が愛を込めて咲かせたしか思えない」


 僕はそう言うと、苑香の頬はどこか赤く染まっていた。

 あれ? 怒らせてしまったかな? 

 褒めたつもりなんだけど、どうやら不有意に言葉を語らない方がいいかもしれない。

 僕がそんなことで悩んでいると、苑香は大きな声で笑い出す。


「あはは。貴方ってやっぱり今までの清掃員さんとは違いますわ」

「そうかな? 僕は僕の感性で褒めただけだけど」

「素晴らしい感性の持ち主ですわ。この薔薇の違いがわかるなんて。前の清掃員さんはめんどくさそうに学校を掃除していましたわ」

「そうなの?」

「ええ。この学校は広いですから、手をぬくことが多いのです」


 確かにこの高校は広い。

 校舎も三つもあり、体育館もある。

 ここを清掃するだけで一日が終わってしまうほどの大きさなのだ。

 もちろん、僕は手を抜くことなく、教室以外の清掃はした。


「貴方は今まであったことがないとの方ですわ。私は貴方に非常に興味があります」

「そこまで言われると光栄に思うよ。僕はそんないい人間ではないよ」

「いいえ。貴方はとても魅力的ですわ。あ、朝の出来ことはすごくかっこいいかったです」

「え?」


 僕は唾を飲む。

 あの噂で聞く王女様がデレた? いや、気のせいだ。

 彼女がデレるわけがない。だって、この学園のトップだ。清掃員を何人かも退職させた人だ。

 そんな簡単にデレるなんてわけがない。


「貴方と話していると、この胸の高まりが治ることはなくなりますわ」


 ドクンと僕の心臓がしゃっくりをする。

 彼女がいう胸の高まりとはどういうことなのか、気になる。

 でも、ヘタレな僕には勇気がなく聞くことはできなかった。

 苑香は手を胸に当てながら、僕へ言葉を投げた。


「も、もしも、優様が嫌ではなければ、またこちらに来ていただけませんでしょうか?」

 

 羞恥心を抑えながら語る苑香は可愛らしく、どこか恋をした少女らしかった。

 僕の立場からすると、彼女と恋をすることは許されない。だって、僕はただの清掃員だからだ。


「まずいじゃないかな」

「どうしてかしら?」

「僕はただの清掃員だ。君に相応しい人物ではないよ」

「相応しい、相応しくないを決めるのは誰ですの?」

「それはもちろん社会だよ」

「社会とは何ですの?」

「……この学校の人?」

「であれば、気にすることはありません。私がこの学校の頂点ですから」


 ……今彼女、さらっとこの学校の頂点と言ったよね?

 あまりにも傲慢さに僕は驚いてしまった。でも、


「とにかく、貴方は何も気にすることはありませんわ。放課後は私の話し相手になってほしいですわ」

「……わかった。降参だ。僕が忙しくな会ったらくるよ」


 そういうと、彼女は花が咲くように微笑む。


「ありがとうございます。優様!」

「わ」


 いきなり、彼女は僕の手を掴み取る。

 脆くて柔らかい手が僕のゴツゴツした手と触れる。

 何だか、恥ずかしく感じる。でも、彼女の笑顔を見ると、僕の心にも花が咲くようだった。

 でも、心の奥に罪悪感を抱く。

 綺麗な女子生徒と仲よくしていいのだろうか。

 自分の立場上。清掃員である自分は彼女と仲良くやっていいのだろうか。

 その時はうやむやになり、僕は知らないふりをした。



◇ ◇ ◇


 放課後は薔薇庭で苑香と戯れる時間であった。

 昼間はいつものように清掃を行い、学校を綺麗にしたのだった。

 そんなある日。俺は清掃を行なっていると、コソコソ話が耳に届く。


「あの、森本様がやわらくなっていますわ」

「そうですね。いつもなら、規律正しいですが、最近は柔らかいですわね」

「まるで恋をしたようですわね」

「きっと、あの清掃員と仲良くなっているのですわ」


 ドクン、と僕の心臓が跳ね上がる。

 あの清掃員とは僕のことなのだろう。


「仕事もちょっと手抜きしているんじゃないですの? 彼女」

「じゃあ、森本様の座を奪いに行きましょう。来月の生徒会選挙はこの私、鈴木が彼女の手抜きを指摘したら、絶対に勝ちますわ」

「え? 彼女の座をですか?」

「そうですわ。恋をする少女は弱くなりますわ。今がチャンスです。私たち、鈴木家がこの薔薇女子高を統治するのですわ。もう、あの女に従うのはごめんですわ」


 僕はそれを聞くと、居ても立ってもいられなくなった。

 そうか、僕のせいで苑香の立場を揺らがせてしまうのだ。彼女が僕に優しくするのは、僕に恋をしたからだ。

 でも、なぜだ。

 なぜ、彼女は僕のような人間に恋をするんだ。

 あの時、彼女の転倒を救った時か? するとも、薔薇のことを褒めた時なのか?

 考えてもわからない。

 でも、一つだけわかることがある。

 それは、僕のせいで苑香の立場が危うくなったことだ。

 だから、僕はこの職業をやめようと思った。

 今日で、苑香にお別れを言い、去ろうと思う。


◇ ◇ ◇


 放課後僕はいつものように薔薇庭にくる。

 そこには苑香がガゼポ、休憩場所に鎮座している。今日はマカロンとスコーンが用意されている。


「あ、お待ちしておりました。優様」

「あ、うん。こんにちわ。苑香さん」

「はい。ごきげんよう」


 僕が彼女の対面に座ると、るんるんとはなうたを歌うように苑香はお茶を淹れる。

 でも、僕は彼女に事実を言わなければいけないのだ。


「苑香さん。いいや、大森さん。僕は貴方に大切なことを言いに来ました」

「改まって、何でしょう? 私と貴方の仲じゃない。そんな緊張……」

「僕は清掃員をやめようと思う」


 ガチャン、とコップが落ちる音がする。

 苑香が僕の方をまっすぐと見つめる。その表情は驚愕したようなものだった。


「……なぜ、でしょうか?」

「これ以上、君を傷つけたくないだ」

「どういう意味でしょう」

「僕がいると、君は弱くなっている。この学校で、僕は君の権力を邪魔しているんだ。本来君は、この時間には生徒会室にいなければいけないのでは?」

「そんなことはありませんわ。私はこの学校を統治できています! 生徒会の仕事でさえもこなせていますわ」

「今はできているかもしれない。でも、いずれは統治できなくなる」

「どうして、そういうのですか?」

「だって、君は僕に恋をしたから」


 僕がそうはっきりというと彼女の瞳から水滴が落ちる。

 それを見るのも苦しかった。

 でも、僕がここで指摘しないと、彼女の身に何かあってからじゃ、遅いのだ。

 この学校の生徒会はどうなっているかわからない。しかし、一つだけ僕は知っている。それは僕の存在が、彼女の邪魔をしているからだ。


「優さんの……ばか!」


 苑香はそういうと、席からたち走り出す。


「苑香さん!」


 僕は彼女を追う。

 校舎の方へと向かった。そのまま校門の方に走って行った。

 彼女の背中を追うと、僕は異変に気づく。

 校門には見慣れない車が待機していた。大きな車だ。ナンバーも覚えた。

 苑香がそんな大きな車に近寄ると、いきなり車のドアが開かれる。

 そこにはガタイのいい男性が現れる。


「薔薇女子高校の生徒だな?」

「え……」

「こっちへ来い!」

「きゃあ」


 苑香は小さな悲鳴をあげる。

 ガタイのいい男性は苑香を車の中に引っ張っていく。

 そして、車の扉が閉められ、車は慌てて発進していく。

 これは完全に誘拐だ。僕のせいで、彼女が誘拐されてしまった。早く追わないといけない。


「車のスピードには間に合わない!」


 でも、車の発進速度には間に合わない。

 何か早い乗り物はないか、見回す。

 そんな時だった……


「一体、何の騒ぎだ。清掃員さん」


 そこで、この学校の警備員がチャリをこぎながらこちらに向かってくる。先程の騒ぎに駆け込んできたのだろう。


「警備員さん。チャリをお借りします!」

「え?」

「早く、貸してください! あと警察に連絡を! 生徒が誘拐されたのです」

「わ、わかった!」


 僕はチャリを警備員から奪い取ると、それに乗り、目の前の車を追った。

 車のスピードに合わせるために全力でコグ。

 疲れを忘れ、車の後を追っていく。

 道路をいくつかを曲がり、車を追っていくと、やがて車は港の方にやってくる。そして、倉庫らしき場所の中に入っていく。

 僕は慌てて、シャリを捨てて、倉庫の入り口を見つめる。

 このまま乗り込んでいきたいところだが、もしも相手が武器を持っていたらどうしよう。

 考えを巡らせていると、そこでバールのようなものがあった。

 これは使える、と思うと僕はそれを手にする。

 学生時代は剣道部に所属していた。だから、これで対応することはできるのだろう。

 僕は慎重に倉庫の中に入っていく。

 相手がどのように出てくるのか、隠れながら中を覗く。

 そこにはガタイがいい男性二人と苑香さんが


「へへへ。薔薇女子高のお嬢さんを誘拐できましたぜ。兄貴」

「ほう。綺麗なお嬢さんじゃないか。これは

「いや、私を離しなさい」


 苑香さんは乱暴に車から降ろされると、床に座らされる。

 そして、一人の男が苑香さんを舐め回すような視線で見つめる。


「こいつ。いい顔してやがる」

「確かに。こいつは味見してから身代金を連絡してもいいじゃないか」

「ひ。私に近寄らないでください」


 顔が引きずる苑香に男性二人は彼女の方へ近づける。

 すると、一人の男性が苑香のブラウスを千切り出す。


「いやああああ」

「へへへ。いい下着じゃないか。これは興奮するな」


 可愛い下着が顕になっていく。苑香は悲鳴をあげながら、その下着を隠そうとする。

 一人の男性は苑香の手足を掴み取り、自由を奪った。

 しかし、もう一人の男性はズボンをすりおろす。


「私を離しなさい」

「これから楽しませてもらうよ」

「いや。助けて優様」

「誰もきやしねえよ」

「っつ!?」


 これ以上、黙って見てることはできず、僕は息を殺し、彼らの背後に立つ。そして、腕に力を入れると、振り下ろす。


「面!」

「が!?」


 どん、とズボンを抜いた男子の頭にクリーンヒットし、気絶させる。

 一人はうまく行った。

 問題はもう一人の男性だ。ガタイのいい体をしている。

 相方が気絶してびっくりした彼は慌てて苑香を離して、目線を僕の方へと向ける。


「てめえ。何者だ!」

「彼女の恋人だ。彼女を離してもらう!」

「このやろうう!」

 

 ガタイのいい男子は力を拳に宿し、僕の方に放つ。強烈なパンチが僕の方に向かってくる。

 でも……


「遅い!」

「何!?」

「食らえ」


 パンチを交わした僕は、バールのようなものを振り下ろし、ガタイのいい男子の頭を狙う。


「面!」


 ボコ! といい音が鳴り響く。

 そうすると、彼は「う」と声を上げてから倒れていく。

 再起不能になった二人を確認し、僕は一息つく。

 危なかった。もしも、一歩遅かったら、苑香はレイプされるところだった。


「優様!」


 僕が一息ついていると、苑香は僕の方へ飛び込んでくる。

 僕は慌てて苑香を受け止める。


「くると、信じていましたわ」

「ごめん。苑香さん。待たせてしまって」

「でも、結局私を助けてくれましたわね」

「うん」


 僕と苑香は一度見つめあってから、僕たちはキスをしたのだ。熱い接吻が僕たちの唇を通して感じる。

 時間が止まるかのような接吻をしたのだ。

 そこで、サイレン音が聞こえてくる。

 きっと、警察がやってきたのだろう。


「苑香さん。やっぱり、僕は君に相応しい人間ではないよ」

「でも……」

「だから、僕は君に相応しい人間になるために頑張るよ」

「え……」

「また、大学に行って、いい大人になってから君の隣に立とうと思う」


 僕は覚悟を決めてそういう。

 これから、僕は勉学に励み奨学金を得て、大学を再入学し、卒業したいと思う。

 そして、苑香と一緒に歩けるような存在になりたいのだ。

 これが僕が出した答えだ。

 そこから僕たちは再び接吻をしたのだ。 


 その後、苑香の事件を知った大森健一は僕の感謝をして、僕を援助することになった。清掃員を退職し、大学に進学する。

 僕はいろんなことを勉強し、いい大人になる。

 苑香に再び歩けるように頑張ったのだ。

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