第12話 アネット#8

私が口を開きかけると

私よりも先にマリーの声が響いた。


「うわあああん!!

どうしてそんな事を言うんですか!?

殿下が言ったんじゃないですか!

アネットにいじめられている事にすれば、王妃に相応しくないとされるって!

それで婚約解消も出来るし、私を妻に迎え入れられるって!!」


涙を流し、王子を睨みつけている。

まぁ、そんな事だろうと思ったけど

王子は冷や汗をかきながら周りに弁解している。


「う、嘘だ!

私はそんな事いっていない!

王子の私が、そんな事を言うわけ無いだろう!?

みんな、騙されるな!

…アネットは、信じてくれるよな?」


縋るようにそう言われるが、私は冷たく言い放った。


「思いませんが?

正直、マリーさんは良くも悪くも素直ですから。

今回の件も誰かが入れ知恵したのかと思っていましたけど

まぁ、その誰かが殿下だったとしてもおかしくはありませんわね。


それに、先程も言いましたが私はあなたを愛していませんわ。

あなただって私を愛していないのだし

どうしてそんな私があなたの事を愛すると思っているんですの?」


そう言うと王子はその場に崩れ落ちる。


「う、嘘だ…

だって、アネットは私を支えると…そう言ってくれていたじゃないか…」


「支えますわよ。婚約者ですから。

でも今回の件、私は一生忘れませんわ。

あなたと結婚して子供が出来て、王妃として過ごしたとしても

一生、あなたの事を愛する事はありませんから。

それだけは覚えておいてくださいまし」


王子を睨みつけながらそう言うと、脳内で笑い声が響いた。


≪ふふ。あははは!痛快ですわ!

ありがとう、ハル。もう、よろしいわ。

ふふ。殿下のあの顔…!≫


その言葉にホッとした瞬間、私はまた光に包まれるのだった。


***


眩しさが無くなり目を開けると、そこは元居た場所だった。


「おう。おかえり、ハル」


エリがそう言って私の頭を撫でる。


「へへ。うまく出来た?」


私がそう聞くと、胸の方にドンッ衝撃が走った。

アネットが私に抱き着いてきたのだ。


「ハル!あなた、凄いわ!

あの殿下を言いくるめてしまうなんて!」


キラキラした目でそう言われ、流石に照れてしまう。


「そ、そう?

逆に言いやすかったけどな…あはは」


「私は小さい頃からワガママ放題の殿下に苦言を申し上げていましたわ。

でも、聞いてくれるどころか会話にすらなりませんでしたの。

…ふふ、なのに。

あの時の殿下の顔ときたら!」


本当に楽しそうに笑うアネット。

こうして見ると、年相応に見える。


「お気に召したようで、良かったよ」


私がそう言ってニコリと笑うと

アネットは私にもう一度抱き着いて

頬にキスをした。


「ありがとう。ハル。本当に…

私も、もっともっと

思った事を言えば良かった。

絶対、絶対に!

来世では我慢せずに言いたい事を言いますわ!」


そう言って笑うアネットの目元には涙が浮かんでいた。


「アネット…」


すると、アネットの体をまた光が包む。


「あら?これは…もしかして、成仏というやつでしょうか」


首を傾げるアネットにエリが頷いた。


「君はこれから、もう一度君の死を体験をする事になる」


「えっ!?何それ、そうなの!?」


私の言葉に頷きながらエリは続けた。


「『言いたい事を言えてスッキリした状態』でもう一度死を受け入れる必要があるからね。

…でも、ここでの出来事は全て忘れている。

一度死んだことも覚えていないから、安心してまた死んで来ると良いよ」


そう言って笑うエリを見ると、少し悲しそうに見えた。

アネットもエリが言いたい事が伝わったようで

スッキリした笑顔で頷く。


「ええ。本当に、本当にありがとう。

ハルもエリも、私は忘れたくないけれど…

でも、私は本当に感謝していますわ!

私の悩みを聞いてくれて、解決してくれてありがとう。


…では、ごきげんよう」


そう言ってドレスの裾をつかみ、お辞儀をする。

その美しさに私もエリも見惚れるのは必然だった。


私は思わずアネットに叫ぶ。


「絶対、次は言いたい事を言って!

幸せになって!

かけられた水は時間が経ちすぎてほとんど乾いていたけど…

風邪を引かないように気を付けてね!」


私の最後の言葉が聞こえたかどうかは分からないが

アネットはこちらに笑顔を向けたまま、光ごと消えてしまった。


「…寂しいね」


私がそう言うと、エリは一瞬驚きを見せた後

また私の頭をポンポンと撫でた。


「この短時間で感情移入出来るのは、すごい事だよ」

「だって。アネットの記憶も取り入れちゃったし

一度はアネットになったようなものだもの」


そう言っていると


「ちょちょちょ、ハル!エリ!!」


聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

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