第9話 アネット#5

「見ていた人とは?」


「それは、こちらの…」


「まさかとは思いますが」


マリーの言葉を私は強く遮る。


「その嫌がらせとやらを見ていた人全員が

王子様の付き人であなたと仲が良いそこの者達だけ…

という事はありませんわよね?」


「…っ!」


マリーは明らかに動揺している。


「そ、それでも証言は証言だろう!?」


王子がそう怒りながら言う。

私はまた溜息が出た。


「いやいや。ふざけてますの?」


「ふ、ふざ…!?」


「あら、失礼。

だっておかしいじゃありませんか。

私が嫌がらせをしたと言い張っているのは

そこにいる殿下の浮気相手と、あなたのお友達だけ…

これのどこが公平な裁きですの?」


私がハッキリそう言った事で、周りがざわつき始める。


≪少なからず、今回の件に疑問を持っている人はいると思っていたけど…

多分この様子じゃあ、アネットがやっていないと知っている人もいるだろうな≫


心の中でそう呆れていると、また王子が私に詰め寄る。


「なっ…!私の友を愚弄する気か!?」


私はピシャリと言ってやった。


「私があなたのお友達を愚弄したかしてないかはどうでも良いですわ」


「はぁ!?」


「それで?嫌がらせをしたという証拠は?」


そう言うと王子は黙り込み、マリーが突然泣き出した。


「ぐすっ。ぐすっ。

わ、私が悪いんです…きっとアネット様のぉ、機嫌を損ねてしまったからぁ」


猫なで声で突然そう言うマリーに私は鳥肌が立つ。


≪いるのよね~、こうやって泣けばいいと思ってる愚かな女が。

そんでそれに引っかかる馬鹿な男もね!

茶番なら勝手にやってろや!クズ共が!≫


≪…ぷっ、く…あはは!もうダメ、おかしい!

はっ!ごめんなさい、私ったらはしたなく…

ふふ。でも、ハルの心の声と…

ハルが言った時の殿下の顔ったら…あははは!≫


≪え、待って。私の心の声聞こえてる!?≫


そこで私は思った事が筒抜けだった事に気が付く。


≪う~ん。ハルはこっちとの会話を繋ぐの上手いと思ってたけど

オンオフが出来ないだけで、大体の感情がこっちにまで伝わってるねぇ≫


エリのそんな声を聞いて少し恥ずかしくなる。


「貴様!よくもまた、マリーを泣かせたな!?」


「はぁ!?勝手に泣いたんでしょうが!

あら、失礼」


思わず素で返事してしまい、すぐに取り繕う。

だが、ちょこちょこ出てしまう豹変ぶりが不気味なようで

王子も苦い顔をして私を見ている。


「で、証拠も無いようですし

この件はお父様と陛下と一度お話しませんこと?」


一応そう提案してみるが、王子の答えは一度アネットに向けたものと同じだった。


「ふん。お前はいつもそうだな。

どういう手を使っているのか知らないが、父上もお前の父親もいつもお前の話しか聞かない。

対等に私と話すつもりは無いのか!?」


その言葉にカチンとくる。

アネットは優しいから言わなかったかもしれないけど、言わせてもらうわよ。


「対等に話す気が無いのは殿下ですよね?」


「何!?」


「ほら。すぐそうやって怒鳴る。

じゃあ聞きますけど、今まで私の話を聞いてくれた事がありまして?

私が何か話そうとしてもすぐその場から逃げるじゃありませんの」


「そ、それはいつもお前の話がつまらないから…」


「あ、今認めましたわね?

殿だと」


「は?いや、私は」


「言い訳は見苦しいですわ。

今ここにいる皆さんが証人ですもの」


そう言って辺りを見回すと、全員がヒソヒソと話し込んでいる。

王子を見る目は冷たいものが多く、きっとこの件もアネットが悪くないと感じ取っているのだろう。


「そもそもの話ですけれど」


私は同期してからずっと言いたかった事を口にした。


「どうして私がそこのマリーさんに嫌がらせをしなければなりませんの?」


本当に意味が分からないという風に、わざと煽るように言ってやる。


「どうしてって…」


そう言ってチラリとマリーの顔を見る。


「で、殿下と仲良くしてしまった私が悪いんです!

婚約者のアネット様を差し置いて、仲良くなってしまったからぁ!」


マリーがまた涙声でそう言うが、それはアネットにとって問題ではない。


「だから、どうしてあなたが殿下と仲良くしたら

私が嫌がらせをするのかと聞いているんです。

別に仲良くしたら良いじゃありませんこと?」


これは本当にアネットの想いだ。

アネットはマリーと殿下がイチャついてたのを知っていた。

それでも、咎めなかった。


「だ、だって!私が殿下と仲良くしたら、婚約者としては悔しいでしょう?」


「…?いえ、別に。何を悔しがるんですの?」


きょとんとした表情でそう言うとマリーはカッとした様子で私に詰め寄った。

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