第8話 アネット#4

「で、どうすればいいの?」


私がそうエリに聞くと、アネットは不思議そうな顔をしていた。

私は慌てて言い訳をする。


「あ、えっと。実はその、相談員としての仕事が初めてなの!

で、でもちゃんとやるから!

アネットの代わりにガツンと言ってやるから!信じて!」


するとアネットがまたクスクスと笑った。


「ありがとう。ハル。

その言葉だけでも充分に幸せを感じるけど…

でもやっぱりガツンと、お願いしますわ」


そう言って笑うアネットは、少しだけ年相応に子供っぽく見えた。



「ま、そこは天使の俺の出番ってわけだ」


そう言ってエリは私の手を引いて立ち上がる。


「準備は良いか?」


「えっ?」


「…って言っても、もう送るけどねっ」


楽しそうに言うエリに疑問を持つ。


「送るってどこ…」


まだ話している途中だったはずだが、全身を光が包み込む。

アネットがこの部屋に来た時と同じ光だ。


「に?」


私が言葉を発する頃には、まったく知らない場所に来ていた。


目を開けると視界には足が見える。


(誰かの足?…私、転んでる?)


自分の視界が低く、床にへたり込んでいると理解する。

誰の足だろう?と、顔を上げようとした時…

頭上から声が聞こえた。


「ふん。自分がされるとそんな声を出すんだな?

お前だって、マリーにこのような嫌がらせをしてきたのだろう?」


「はぁ?」


何を言ってるか分からないが、こちらを馬鹿にしている感じなのは伝わった。

思わずイラっとして顔を上げる。


すると、髪の毛から雫が落ちてくるのが分かった。

「あれ…?私…」


何でこんなにビショビショなの?


驚いていると耳元で声が聞こえた。

耳元で声が…と言うより、直接脳内に響く感じだ。


≪聞こえるかー?ハルー?≫


「んなっ、え!?」


エリの声だ。


≪あー、良いから。返事するな。

俺らもさっきの部屋からそっちを見てて…

って、これは後で説明する。


今お前はアネットの体に憑依している≫


その言葉に驚いて手を見る。

腕だけでも分かる程、白くて肌もモチモチしていて

私の腕ではない事だけは確かだ。


≪んで、悪い。説明できてなかったんだが…

憑依すると、今までの体の持ち主の情報、記憶が一気に頭に流れ込んでくる。

それを30秒から1分くらいでやらなきゃなんねぇから…≫


その声を聞きながら、ズキズキと頭痛がしてきた。


≪めちゃくちゃ頭が痛くなると思うが…耐えてくれ≫


エリのその言葉を聞くとほぼ同時に一気に頭が痛くなる。

叫び出したい程の痛みだったが

どういう訳か、声は出ない。


そして私にはアネットの今までの人生が…記憶が、流れ込んでくる。


気付けば涙が出ていた。


「…ふ、ふん!お前でも涙の1つも見せる事が出来るとはな!?」


私が頭痛に耐えているこの1分の間も

ずっとギャンギャン吠えてるコイツ…

私は咄嗟に睨みつけてしまう。


「な、何だ!?その目は!?私に向かって…」


「失礼いたしました。王子様。

少々、自分が可哀相に思えてきて思わず涙が」


そう言って涙を拭いニコリと笑顔を向ける。

アネットの記憶が同期されて、今は完璧に淑女として立ち振る舞える。


「なっ!?何が可哀相なものか!

可哀相なのはマリーだ!お前じゃない!」


私は溜息をつく。

本当にコイツ…まじでぶん殴ってやりたい。

こんな奴と結婚させられそうになっていたなんて…

可哀相なのはアネットよ。


≪もう大丈夫そうだな。ハル≫


またエリの声が脳内で聞こえる。


≪お前も声に出さずに俺と話そうと思えば話せる。

少しコツがいるんだが…≫


≪こんな感じ?≫


私はすぐに答える。


≪ひゅ~っ!さすが、ハル!

俺とアネットもさっきの部屋からモニターでそっちの様子を見てる。

アネットから要望があれば、アネットの通りに喋って欲しいんだけど…≫


そう言った後、アネットの声が響いた。


≪ハル。私、この2人に確かに言ってやりたい事がいっぱいあるはずなのですけど。

…どう言えば良いのか、分かりませんの。

だから、あなたが、あなたが感じた通りに言ってくださいませ!≫


≪だそうだよ≫


エリが嬉しそうにそう言う。


≪…分かった。でも、何か言いたい事が思いついたら私に言って。

それまでは…何を言っても良いんだよね?≫


≪ふふ。ええ、そうね。

だってもう、死んでるんですもの!≫


ヤケな感じでは無く、楽しそうにそう言うアネットに私はホッとする。


「先程から黙っているが…

罪を認める気になったのか!?」


そう言う王子に私は一度ふうっと溜息をついた。

そして目の前の2人を睨みつける。


「罪とは何でしょうか?」


「ま、まだ言うか!

お前がマリーを」


「はいはい。嫌がらせしたって言いたいんですわよね?

それで?」


「…は?」


アネットの豹変ぶりにたじろぐ王子。

マリーも目をパチクリさせている。


「だから、私は嫌がらせなんてしてないと申したはずですが?」


「な、まだ罪を認めな…」


「認めないも何も、私はしてないんですも。

これ以上、何を言えと?それとも、私が嫌がらせをした証拠でも?」


「証拠だと!?」


「ええ。そうです。

このままじゃお互いやった、やってないと押し問答になるだけですわ。

何か証拠があって言ってるんでしょう?

…それとも、まさか。

王子ともあろうあなたが、ただの一生徒の証言だけを聞いてこんな騒ぎを起こしたのですか?」


私が笑顔でそう言うと、王子は顔を赤くしてプルプルと震えている。


「しょ、証拠はありませんが!見ていた人だっています!」


マリーが痺れを切らしたようにそう言った。

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