第7話 アネット#3

「…そうして私の人生は終わりましたの」


そう力なく笑うアネットに、私の心は張り裂けそうになる。


「未練と言われて思いましたの。

…あの、ここは死後の世界で

あなたは天使様なのですわよね?」


そうエリに聞くアネット。

エリは軽く頷く。


「うん。そうだけど?」


「なら…私が死んだ後どうなったのか。

私を殺したのは誰なのか…

そういった事は分かりますの?」


意を決したようにそう聞くアネット。


「あー…悪いけど、俺ら天使にそんな力は無いんだ」


申し訳なさそうに言うエリを見ると、本当に分からないのだろう。


「そう…ですの。

いえ、申し訳ございませんでしたわ」


そう言ってまた力なく笑う。

どうにかしてあげたいけど、こればかりはどうしようもない。

私がアネットにしてあげられる事なんて何も…


「…ん?」


「ん?どした?」


「アネットは未練を無くすためにここに来たんだよね?」


「え?ええ、そうですわね。

そう案内されましたから」


「でも、死後どうなったかとか犯人が分からないのに

どうやって未練を無くすって…」


私がそう言いかけると、エリが呆れたように言った。


「いや、だからハルの出番だろ?

お前、自分の役目忘れたの?」


「え?あ、代わりに言いたい事を言うってやつ?」


「そ」


そう頷いた後、アネットに向き直った。


「あのさ、アネット。

俺らが…いや、ハルが出来る事が一つだけあって。

それは『言いたい事を代わりに言う』って事なんだよね」


「言いたい事を…ですか?」


アネットはあまり驚いてないように見えた。

どこか、思い当たる事があるのだろう。


「というか、ここに案内されたって事は…

多分アネットの未練は『あの時ああ言えば良かった』

っていう思いが強いんだと思うんだ」


「…!」


エリの言葉にアネットが反応した。

だけどすぐに動揺を隠そうとする。


「な、何の事でしょうか?私は…」


私は思わず、アネットの手を取った。


「ハル?」


「アネット、我慢しないで!

あなたは淑女らしく、ずっと耐えて耐えて頑張ってきたのよね?

我慢するのが当たり前。

言いたい事は言わないのが当たり前。

だから…言い辛いのかもしれない。

むしろ、自分でも本当に言いたい事が気付けていないのかも。


それでも!

一言、アイツらに言ってやりたかった…って思わない?」


私のその言葉にアネットが涙を流した。

私が慌てていると、エリがハンカチを出してアネットに差し出す。


「ご、ごめんなさい。

こんな顔を人様の前で…」


「もう!そんなの気にしちゃダメだよ!

ここにいるのは天使と…えっと、相談員だよ!?

アネットが何しようが何を言おうが、絶対に咎めないし!

なんなら、絶対応援するし!!」


私がそう強めに言うと、アネットは笑った。

上品だけど、先程よりは声を少しあげて笑っている。


「そう、そうね。ハル、ありがとう。エリさんも」


「おう」


そしてハンカチで涙を拭った後、アネットは決意したように私達に話してくれた。


「私…本当はあの2人にガツンと言ってやりたかったんですの」


私達は黙って続きを促す。


「私は…小さい頃からずっと我慢してきましたわ。

ううん。我慢している事にも気付かないくらい、我慢が当たり前でしたの。

だから、嫌な事があったら我慢せずにワガママを言える殿下が…」


何となく優しい笑顔でそう言うアネット。


え!?

も、もしかしてその婚約者の事、ちゃんと好きだったの…?


私はそう思い唾をゴクリと飲み込む。

でも、アネットの次の言葉はそれとは真逆だった。


「大嫌いでしたの」


笑顔のままそう言ったアネットは、何だかスッキリした様子だった。

『面白くなってきたな?』と呟くエリを無視してそのままアネットの話を聞く。


「最初は、羨ましかった。

何も考えずにそうやって好き放題出来る事が。

でも、大人になるにつれて

『ああ。殿下は何も考えていないんだな』と思う日が増えましたの。


ただの一市民なら問題なくても

一国の王子が言うワガママに、周りがどれだけ迷惑するか。


民の税金は、王子のワガママの為に払っているわけではありません。

でもあの人は…平気で『視察』と称して仕事もせずに色々な場所に旅行に行きます。

その資金がどこから出ているか、考えた事もないでしょうね。


そして民たちも…

まさか自分たちが汗水流して働いたお金が、王子の旅行代に消えているとは思わないでしょう?」


私は唖然とした。

明らかに私よりも年下であるアネットがこうやって国の事を考えている。

それはきっと…王子の婚約者として常に周りを考えていたからだろう。


なのに、その王子本人は何も考えていないのだ。


「アネット!」


私は思わず立ち上がる。

驚いたアネットの顔を見て頷いた。


「私が一言、ガツンと言ってやるわ!!」


エリを見ると、隣でパチパチと拍手をしていた。

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