第6話 アネット#2

「アネット!お前との婚約は、破棄させてもらう!」


私の婚約者であるはずの彼は、婚約者であるはずの私にそう言って

婚約者では無いはずの女性を肩に抱いている。


思わず溜息が出そうになるのをどうにかして抑える。


「…失礼ながら殿下、この婚約は私の一存で決まったものではございません。

破棄したいと仰るなら、あなたの父君である陛下と私の父にも確認を取りませんと…」


貴族として育った。

王子の婚約者として育てられた。

そこに、私の意志は介入していない。

勿論、婚約破棄など私がしたくても勝手に出来ないのだ。


だが、私の言葉に怒りをあらわにし、私を指さし強い口調で続けた。


「そんな屁理屈など、どうでもいい!

お前は…ここにいる私が愛した女性、マリーに酷い嫌がらせをしていたな!?

ここにいる者、ほとんどが証人になるだろうな!」


そう鼻で笑った後、同意を求めるかのように周りを見渡す。


今は、私が通っている学園のパーティの途中なのだ。

私達の周りには全校生徒がいる。

しかし、教師だっているはずだ。


そう思いチラリと周りを見るが、私と目が合わないように先生方も目線を逸らす。


この国の王子がしている事だ。

止めようとしたり私を庇えば、後々どんな事になるか…

全員、自分の身を案じているのだろう。

でもそれは仕方ない事だ。


このワガママな王子に少しでも注意しようものなら、すぐに教師をクビになる。

貴族なら領地を一部没収される。

そのような事を今までやってきたような人なのだ。


それを注意し続けた私は、さぞ嫌われている事だろう。


「嫌がらせなど、身に覚えがありません」


私が平然とそう言うと、王子は近くにあったグラスを取り

なんと、私に中身をかけた。


「…きゃ!」


思わず少しだけ声をあげるが、すぐに体制を立て直す。

私は王子の婚約者。

このような事で、動揺してはいけないのだ。

…そう、ずっと教わってきたから。


「ふん。自分がされるとそんな声を出すんだな?

お前だって、マリーにこのような嫌がらせをしてきたのだろう?」


そもそも嫌がらせについて心当たりが無い。

思わずチラリとマリーを見ると、マリーはわざとらしく顔を背けて殿下の陰に隠れた。


まるで、私に怯えているかのように。


「…お前!この期に及んでまだマリーを睨みつけるか!」


その様子を見て更に殿下は声を荒げる。

ああ、もうこうなってしまってはダメだ。


何度かこういう事はあった。

私の声が絶対に届かない場面。


幸い、お父様はまともだし

陛下も…息子を甘やかしすぎではあるが、私の意見はちゃんと聞いてくれる。


だから、こういう時は一度引いて

お父様達と一緒に話すのが一番なのだ。


「殿下。この話は一度持ち帰り、お父様と陛下とご一緒にお話しましょう」


私がそう提案するも、殿下は鼻で笑う。


「ふん。お前はいつもそうだな。

どういう手を使っているのか知らないが、父上もお前の父親もいつもお前の話しか聞かない。

対等に私と話すつもりは無いのか!?」


その言葉に思わずカチンとくる。

対等に話そうとしないのは、一体誰なんでしょうね?

そんな言葉が出かかって、私は笑顔と共に飲み込む。


「とんでもありませんわ。

ですが、婚約の話ともなると親を交えて話すのが常識。

ですから、この場は収めて後日改めてお話しませんこと?」


先程かけられた飲み物のせいでビショビショだが

私は笑顔を絶やさない。

何てみじめなのだろう。


だが、今回はいつものようにはいかなかった。

ここからが、地獄だったのだ。


「…あくまでシラを切るつもりだな?

お前がすぐに婚約破棄に応じてくれれば、おおやけにするつもりは無かったのだがな!」


そう言って王子は腰に刺している剣を抜く。

剣を抜いて良いのは、罪人を相手にする時だけだ。


「…どういう事でしょう?」


まるで罪人扱いのこの状況に、動揺が隠せなくなってきた。

だが、殿下は自分が正義の味方だと信じ切っている様子で続ける。


「マリーへの嫌がらせの中に、殺人未遂があった事は調べがついている!

お前がマリーへ送った菓子に毒が入っていた!」


一体どういう事なのか。

私はマリーと話した事すら数える程度にしかない。

お菓子を送ったことなんて…


そう思いマリーを見ると、マリーは私にしか気付けないぐらい小さくニヤリと笑った。


ああ、この女が何かしたのか。

だけど、調べればそれが嘘だときっと分かるはず。

私は落ち着きを取り戻し、淡々と言ってのけた。


「全く身に覚えがありませんわ。

ですが、そのように剣を向けたという事は

私を罪人と断定しての事でしょう。

…どうぞ、連れて行ってください。

ちゃんと調べれば、私は無実だと分かるはずですから」


そう言って両手を差し出す。


その後はあっという間に騎士達に両手を縛られ

馬車に乗せられ、城の牢屋へと入れられた。

きっと調べればすぐに嘘だと分かる。

そう信じていたし、実際に嘘だったのだろう。


私が牢屋から裁判所へ移動している途中…

何者かに、馬車ごと谷底へと落とされてしまったのだから。

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