第3話 コーヒーは人を写す

 放課後、藤原さんに連れられてきたのは大通りに面したこじんまりとしたカフェ。とはいえコーヒーにうるさい(勝手なイメージ)藤原さんらしく本格的な店でドリンクはコーヒーしか置かれていないというずいぶん強気なキャスティングをしていた。


「一応聞いておくのだけれどコーヒーの好みとかある?」

「ないよ、めったにコーヒーなんて飲まないし」

「そう、じゃあ味覚の好みとかは?」

「それもあんまりない、というか苦手とかそういうのもないしなんでも好きにしてくれたらいいよ」


 それを聞くなり「そう」とだけつぶやいた藤原さんは、メニュー表とにらめっこを始めてしまった。

 メニューにあるのはコーヒーの銘柄のみで、ブレンド、エチオピア、マンデリン、などなど。各種名前が載っているのがちらりと見えた。


 私はそれを横目に席について水を注ぐ。ごくごくと一息に一杯飲み干してから息をつく。今日は少し気温が高いせいか水を欲してしまう。

 ふと店内に目を向けると店に来ているお客に目が行っていた。普段から人間観察を行っている自分の性だろうか、どうしても時間があれば人間に目が行ってしまう。


 正直カフェに行かない私の偏見としては、ここに来るのはおしゃれな人ばかりだと思っていたけれどいたって普通な、いや失礼な感情などなくごく一般的に普通と呼ばれる格好をした人ばかりだなと意外に思った。

 時間帯と店構え、それに値段も関係しているのだろうが学生など一人もいない。一般的だけれどどこか大人な空間だ思った。


 そんなことを考えていると藤原さんが戻ってくるのが見えた。どうやらにらめっこと注文を終えてきたらしい。

 両手にあるお盆には二つのカップと二皿のケーキが載っていた。


「お得意の人間観察は終えた?」

「見てたの?」

「ええ、あなたのその能力はかっているから。それにそのために連れてきたんだもの、思惑通りに事が進んでいるようで安心したわ」

「左様で……それでそちらが熟考の末に選び抜かれたコーヒー?」

「ええそうよ、どちらもマンデリンコーヒーというコーヒーで、調べたところ集中力が上がるらしいわよ。まあコーヒー全般、集中力が上がるという点においては優秀であると言えるけれどね」


 そういってまずは一口藤原さんがコーヒーを口にする。

 私もそれに習って一口。

 とはいえ私からしてみたらコーヒーはどれもコーヒーだ。時々飲むインスタントコーヒーよりドリップコーヒーであるからか苦いなとは思うけれど、それ以上も以下もなく、ただコーヒーだなーという感想しか出ない。

 そんな私とは対照的に藤原さんは「おいしいわね」と一言つぶやいていた。


「それで本題だけれど、さっきの正論じみた答えではなくあなたらしく性格の悪い回答限定で答えを聞かせて頂戴」

「性格悪いって……」

「それは事実だからいいでしょう、早くして頂戴」


 藤原さんが迫るように爪で机に音を立てる。

 しかし、性格の悪い答えというのも今回の場合あながち間違えではないから反論できないところが少し悔しいところだ。


「じゃあ私の意見はコーヒーを飲む自分に自己陶酔しているからという見解を言わせてもらうよ」

「どういう意味?」


 藤原さんの言葉には感情の色はなく、純粋に疑問だから聞いてきたというようだった。普通の人ならば少し怒りを抱きそうな言葉だけれど藤原さんはやはり藤原さんだ、いつも言葉の本質を見てくれる。

 それに対し少し安堵しつつ言葉を続ける。


「つまり、コーヒーというのは世間一般で言えば苦く大人っぽいというのがイメージとして定着している。そして日々の観察で気が付いたんだけど藤原さんは大人を目指している、というよりも大人っぽさを体現しているといってもいい。それほどまでに大人っぽさを目標のようなものにしていると私は思っている。そして大人っぽさというのを体系化している人は少なからずその行動に自己陶酔を含んでいると私は思う。それが今の答えの意味」


 私が話し終えると藤原さんは一言だけ。

「一理あるわね」

 そうつぶやいた。


「いわれてみると確かにコーヒーを大人っぽいと思っている節はある。そしてそれに対してなんの感慨も抱いていないかと聞かれればそれは否定できないわね」

「ならここでお開きにするというのはどう?」

「——という風に言わせたいだけよね、あなた」


 その言葉に私は思わずほほが引きつる。それを見た藤原さんはほら見たことかといわんばかりに鼻を鳴らす。


「あなたの性格の悪さはそんなものではないでしょう? 本音はどうなの言ってみなさい」

「……本音を言えばその自己陶酔以外も考えました。自分がほかの人とは違うものをたしなんでいるという優越感、他者をさげすんでの自己陶酔も含まれているという風に……」

「でも、それは私の性格上はあり得ないと判断したと」

 図星だった。

 確かに藤原さんの言う通り彼女の性格上ありえないことであるというのはわかっていた、わかっていたけれど体裁を保った最適解は何かと考えた結果この回答が正しいと思ったのだ。けれどそれを見破られてしまえば私は何も言うことができない。


「そう、それがあなたの考えね。なら自分の回答は間違っているとわかったうえで提出したわけね。まあいいわ、いじめるのはこれくらいにしておいてさっさと続きを始めましょう、本番はこれからなんだから」

「……ねえ藤原さん、もしかして自分のコーヒーへの愛を自己陶酔でくくられたの嫌だったとか?」

「別にそうではないわよ、ただあなたが私の期待した以上の回答をくれなかったから少し罰を与えただけよ」

「ワトソンにホームズ以上の回答を求める探偵があってたまるか」

 私の叫びに。


「心外ね、私はホームズではなく姫なのでしょう? つまり私は作者、だから自分の駒に期待以上の何かを求めても誰も止めようがないのよ」


 理論の突飛甚だしい。明らかに藤原さんの配役はホームズであるはずなのにまさかの第二の役割を自分に与えてきた。これには返す言葉がない。


「あなたの仮説は一通り聞いたから次は私の仮説を聞いてちょうだい。——いえ、仮説といっても少し違うわね、仮説にたどり着くための足掛かりのようなものかしら」

「妙な言い方だね」

「ええ、仕方のないことよ。それでまずコーヒーというのは意外に奥が深いのよ。コーヒーの銘柄から淹れ方、水の種類、果ては淹れる器具の個性によっても味が変わるという意見もあるわね。それぐらい味に対しての好みのバリエーションが豊かなのよ。コーヒーが性格を表しているといっても過言ではないわ」

「つまり?」


「つまり、コーヒーの味の種類という要素から私の性格を推定し、コーヒーに魅了される理由を探っていこうという話よ」


 これまた面倒くさくなりそうだと、悪くないため息を一つ吐いた。

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